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 これはスクープではなく特集と言うことになるだろう。

 地方都市の強い味方でありながら、時として商店街の宿敵となるショッピングモール。

 放課後の時間帯であるからか近くの高校の生徒も屯する二階テナントのゲームセンターに、彼の姿はあった。

 私はと言えば、実に平凡な高校生然とした、素行不良の四文字と対極にある優等生を見事に装い、いや事実そうであると私は信じて疑わないのだが、ゲームセンターに屯する類いの高校生のような見た目にはならないよう努めた。具体的には、制服を着崩さず、背筋を伸ばし、凜とした表情でゲームセンターに立ち入る。

 それは即ち、余裕を見せると言うことなのだ。

 先ほどまでの疲労困憊っぷりを隠す。汗の名残はあるが、明らかな疲れは隠せていることだろう。息の乱れた記者なんぞの話しに誰が耳を貸すものか。余裕とは持つものでなく装うものなのだ。記者に必要なのは、相手に見くびられない佇まいでいることなのである。

 件の彼はコインゲームに、こちらもご老人方に囲まれた中で黙々と楽しんでいた。昨今のご老人はパチンコとゲームセンターの両輪で人生をエンジョイしているという根も葉もない噂を耳にしていたが、どうやら事実であるらしい。

 暗い店内。煌煌と光る巨大な円形のゲーム機。コインが吸い込まれる高音と、筐体から鳴り響く音楽の混沌。ゲーム機を囲むように並ぶ椅子に小さく丸まったご老体の背中。そこに混じって大きな体躯の男がいれば悪目立ちもするだろう。

 彼こそが今回のターゲット、三年四組、湯之島ゆのしま誠吾せいごだ。どこの部にも所属しておらず、ひたすらに勉学に勤しむことで有名な彼だったが、今では立派な、サボりの常習犯である。

「また来たのか、お前」

 湯之島誠吾の背に立ち声を掛けようとした手前で、彼の方から先制攻撃が飛んできた。

 私は一瞬の怯みをねじ伏せて、虚勢と胸を必死に張った。

「どうも先輩殿。私こと久瀬涼人、本日もまた懲りずにやって参りました」

「どうしてここって分かった」

「全ては情報でありますよ先輩殿。放課後近くになると専らこちらにいるとの噂を耳にしましてな」

 湯之島は舌打ちした。

「……門和佐かどわさか」さすがはご友人。正解である。

 中学時代から親交のある同組、門和佐克則かつのりがぽろりと零した湯之島誠吾の居場所と言う名の秘匿は、阿漕な私にホイッと掬われ現に私はここに立っている。簡単ではなかった。カマをかけ、カマをかけ、この場所を聞き出したのはつい数時間前のことであったから、それはそれは苦労の末であったことを誰かしらに労って貰いたいものである。

「あいつを口説き落としたのか。ったく、よくやるよ、ここまで執念深いと感心するわ」

 これは驚いた。唯一の労いが取材対象者からとは。

「でも悪いね。別に誰にする話でもないんだ。帰ってくれ」

 湯之島誠吾は、頑として私に取り合ってはくれなかった。第十三号で特集を組もうという算段であったから、かれこれ二週間は粘っていることになるだろうか。

 情けない! 記者として恥ずべきだ!

 何故二週間も掛かっているのか。理由は単純なのだ。下準備が足りなかった、その一言に尽きる。これこれこのような疑問があるから教えてくれ、とこちらの興味をキャッチボールのように投げてしまえば、湯之島はバシッと受け止めて返してくれると油断していたのだ。

 恥ずべきである。私は記者として傲っていた。春日雫や谷汲華奈の入部により「先輩」と呼ばれる存在になって二ヶ月と少々。私は後輩という程良く見上げてくれる二人の新米記者によって、先輩面をすることに慣れていたのだ。

 結果、私は油断していた。だからこうして湯之島には容易くあしらわれる。帰ってくれと、言われてしまう。

 とは言え、無駄な二週間という訳ではない。人間は反省の上に立って己を律することのできる生き物であると信じる私は、ただでは起きぬ偉大な先輩へと変身を遂げたのだ。

 つまり、準備は万全なのである。

「先輩殿」

「なんだ」

「氏、変えなかったのですね」

 渾身の一言であった。

 その瞬間、湯之島誠吾の動きが止まった。投入したコインはじゃらじゃらとゲーム機に吸い込まれていく。周辺は賑々しい。放課後のゲームセンターは学生の声で少々息苦しいくらいだ。

 湯之島は動かなかった。周辺の騒がしさとは対照的に、彼の時間だけが、秒針ほども動かなかったのだ。

 構わない、といった具合に、私は湯之島の隣の椅子に座った。

「教えてくださいませんか先輩。あなたがどうして、優等生であったあなたがどうして、学生の本分足る勉学を疎かにし、登校さえも拒否して、ファストフード店で懸命に働いて稼いだバイト代をゲームセンターに注ぎ込むのか」

 湯之島は嘆息する。膝を上下に動かし、貧乏揺すりをする様は焦りと言うよりは苛立ちのように思えた。

 暫し待つ。

 湯之島はコインが失われたゲーム機をパンと軽く叩いて、のっそりと立ち上がった。

「書くのか。俺のことを」

「もちろん」

「面白い話じゃないぜ」

「面白いですとも。誰かがひた隠しにするものは等しく、我々には蜜の味であります」

 湯之島は舌打ちをする。

「どうせ大方予想は付いた上で来てんだろ?」

「予想は予想です。事実ではない」

「答え合わせに来たと」

「あなたの口から聞きたいだけです」

 湯之島は沈黙した。私も立ち上がり、互いの間に流れる静寂に割って入るゲームセンターの騒がしさも、彼の言葉の一切をかき消すほどの力は持ってはいないと知る。

 湯之島は、自嘲するように、こう言った。

「コーヒーっていける口? 俺、最近覚えたんだよ」

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