週刊言責とは!

1ー1

 遂に梅雨入り也! 小雨が絶え間なく降り続く六月上旬。校内には放課後を告げるチャイムが響く。

「いやぁ、今週号もまた好調な売れ行きを見せているようだ! 購買部はてんてこ舞いだと悲鳴を上げておったよ!」

 パイプ椅子の背もたれに身体を預け、あまり様になってもいないだろうに腕を組みながら、私はこれでもかと鼻を伸ばしていた。長机の上には本日購買部にて販売された、我らが力作、週刊言責第十二号が堂々鎮座している。

 大岐斐高校南校舎一階の端に位置する狭い一室には「文芸部」と掲げられているにもかかわらず、文芸部としての活動がこの部屋で行われたことなど皆無だった。実を言えばここは旧文芸部の部室であり、現在では新たな部屋の存在に押しやられ放置されている。教室の半分ほどしかないこの狭い空間に隠れ蓑以外の役割を見出していないのでどうでも良いことなのだが、看板に偽りあり! ということだけはお知らせしておこう。

 室内に屯する我々は本日この場を、〈週刊言責編集部〉と呼称する!

 我々は秘密クラブであるが故に特定の部室を持たず、隠れ家を転々とすることでその存在を秘匿のものとしていた。秘匿を暴く我々は何よりも秘匿の中に隠れているのだ。

 話しを戻して……私の興奮と悪声に顔を顰めながら、丸々とした目でこちらを一瞥し、

「大声出さないでくれますか先輩。きもいっすよ」

 と吐き捨てたのが、部に所属する一年生の春日雫かすがしずくだ。湿度に負けた髪をいじりながら、私以上に我が物顔でパイプ椅子を占拠していた。なんて度し難い。

「随分とまあストレートな表現で貶してくれるじゃないか雫よ。だが待て、大声を出さずにはいられまい。今週もまた皆が楽しむ紙面を提供できたことを誇って何が悪いか」

「喜ぶのはいいんすよ。静かにしろってことでね」なんと口が悪い!

 私はそれらを、ええい構わぬ! と切り捨て、高まった感情を言葉に変換し続ける。

「とりわけ東杉原の件は盛り上がった! 彼は女子生徒らに人気だった。彼女らは悲しみに暮れたことであろう。男子諸君は東杉原を羨みながらも、しかし敗者となった女子生徒を我先に食らおうと群がっておったよ。分際を弁えたハイエナ根性。愉快千万! それも良し!」

 と私が誇れば嫌な顔をする、反射的久瀬嫌悪症の春日雫はさて置いて、しかしもう一人、私に難癖を付けることが生き甲斐なのでは? と思われる女生徒が一人。

「でも久瀬くん。あの東杉原先輩のスクープ写真を撮ったのは華奈ちゃんでしょう? あまり誇らないでくれるかな?」

 笑顔を見せながら優しげな口調で凶刃を突き刺してきたのが、部内唯一の同輩である藤橋ふじはしまいか女史だ。彼女は我が編集部の副編集長であり立ち上げメンバーでもあった。黒髪ロングで如何にも優等生と言った風貌は、彼女が大人たちを欺くために作り上げた虚像、すなわち戦略であることをここにお伝えしておくので、男子諸君は騙されないように。

「夜の写真をここまで綺麗に撮ったのは華奈ちゃんのお手柄なんじゃないかな」藤橋は女神のような微笑みで私に突っかかる。

「そうだそうだ! 頑張ったのは華奈っちだ!」おのれ雫、君は私を弾劾できるならなんでも良いのだな。藤橋に乗っかってまで私を罵倒するか。

「た、確かに、華奈の収めた写真はまさしく芸術のそれだった。それは認めよう。しかし藤橋、雫、考えてみ給え。報道とは個人プレーではないのだ。まさしくチームで、我々は常に互いを助け合いながら真実を追及するものであるから、個人の手柄ではないかと叫ぶのは些か違うのではなかろうか」

「だから一人で誇るなって言ってるんだよ?」

 おおっと笑顔で銃口を突きつけるが如き圧力。さすがは優等生という仮面を幾重にも被りながら内面は実にサディスティックな藤橋まいか。私の心を縮み上がらせる術を心得ている。

 白状しよう。言うまでもないかも知れないが、この久瀬涼人、心の底より藤橋まいかを恐れている。

 彼女の内面に蠢く真っ黒なそれはそんじょそこらの悪童を小指で弾いて地球の裏側まで吹っ飛ばしてしまうほどのものだ、私程度が太刀打ちできるものでもない。彼女の優等生という仮面は分厚く、皆はその仮面に易々と騙されてしまう訳なのだが、しかし私はその仮面の奥を一度ならず二度も三度も垣間見た生き字引であるから、恐れてしまうのは必然と言って然るべきだろう。

 ちなみに、藤橋と最もフランクな関係を築けているのは雫だ。雫の図太さだけは見上げたものである。生来の軽さも相まって、その点で私は春日雫を凌駕できる自信は皆無であった。

 不思議なバランスで形成された週刊言責編集部は、それぞれのジャーナリズムで以て週刊言責を彩るべく、日々邁進しているのである。

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