藤林裏葉の第一印象
たくみん
第1話 告白
錯覚と第一印象、どちらも通ずる部分があると思う。俺はよく優しいと言われる。第一印象でも、実際に人と接してみてでもである。
裏表という言葉がある。自分は、表の世界に生きているのか、裏の世界に生きているのか、どちらだろうかとふと思うことがある。哲学の領域になってくるだろうが、少し考えてみたいと思う。表の世界とは、見えるもの、つまり、観測できるものだと思う。逆に裏の世界は、観測できないもの、つまり見えないものだと思う。表の世界は、今ここ。裏の世界は、今ではない過去あるいは未来、ここではない宇宙の裏側あるいは心の世界や空想世界だろうか……。であるならば、自分は裏表どちらの世界にも同時に生きているということになる。
では、第一印象とは裏だろうか表だろうか。俺は裏だと思う。表から受け取った情報を錯覚にしろ自分で解釈したものだからである。「印象」という言葉が全てを物語っている。そういう意味では、第二印象も第三印象も同様である。そうやって表と裏は相互的に作用し合って成り立っている(あるいは裏においては成り立たないこともある)ものなのだと思う。
「なあ、お前って彼氏いたっけ?」
大学からの帰宅途中、カタンコトンと揺れる電車の中で、俺はそう尋ねた。
「ヒョータ君こそ、彼女はいないの?」
質問を質問で返してきたのは、同級生の裏葉。
「質問したのは、俺だ。答えろ」
「うん、いないよ。……これでいいでしょ? 君も答えなよ」
「いないよ」
夕日が車窓から差し込んでいる。
「じゃあさ、俺と付き合ってみる?」
ふざけているわけでもなく、だからといってさして本気というわけでもなく、なんとなく聞いてみた。冗談だと思われるならそれでいい。
「ごめん、私、恋だの惚れた腫れただの、自分についてのことはあまり興味ないの」
「そっか。じゃあ他人の恋だの惚れた腫れただのには興味あるのか?」
「うん、いろいろ聞かされることは多いし、そういうの聞くのは、そんなに嫌いじゃあないかな」
藤林裏葉、彼女とはたまたま隣同士の席になり、どちらからともなく、話すようになり。確か課題でわからなかったところを彼女に聞いたんだっけか。その後、帰るルートも似通っていたため、成り行きで一緒に帰るようになった。いわば、友達。
「あ、あの子……」
「どうした?」
裏葉の視線に倣い、振り向いて見る。あ、ロングの黒髪。
「ほら、あの子も同じ学部の子だよ」
「ああ、鈴木さくらか。男子から定評のあるマドンナ的存在だな。見た目の美しさもさることながら、あの子、とにかく優しいんだよ」
「面識あるの?」
「ああ、あの子ともお前と似たような出会い方したよ。しかし、あの子は賢くてだなあ、しっかりしたいい子だよ」
「君、あの子のこと好きなの?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど。なんせお前に振られたばっかだぞ」
「うふふ。実は私、あの子と同じ高校だったんだよね」
「なんだよ、俺よか知ってんじゃん」
「まあね。あ、降りてくみたいだよ」
ここが最寄駅なのか。ロングの黒髪が、電車を降りて行く。
ん? 気のせいだろうか? 鈴木さくらの後ろ姿に、何かモヤのようなものが見えたような……。
ダダン!
扉の閉まる音だ。
「大丈夫?」
「あ、ああ」
「ねえ、君、私と付き合ってみない?」
唐突な質問だった。さっきの仕返しか?
「ごめん、俺、好きな人がいるんだわ」
「そ、そっか……」
なぜだろう、裏葉、瞳が潤んでいる。少し泣きそうな顔をしている、のか?
「う、裏葉?」
「えへへ、なんでもないよ」
ヂリヂリヂリヂリヂリヂリ‼︎
「なんだ? 夢か」
時計の針は7時を過ぎていた。
朝食はご飯派かパン派かと聞かれれば、ご飯派なのだけれど、出かける直前はパンを食べる。したがって、袋のバッグ・クロージャーを外し、パンを一枚取り出してオーブントースターに入れる。コーヒーと紅茶、どちらにしようか。とりあえずヤカンに水を入れて、コンロの火を起こす。ううん、僅差で紅茶の勝ちかな。リプトンのティーバッグを取り出して、マグカップに入れる。
今日も大学か。今日は9時からの講義だったな。
さて、行きますか。と腰を上げ、リュックを背負い、扉に手を添える。
正直言って、大学には友達に会いに行っているようなものだ。過酷な受験戦争を乗り越え、開放された気分を味わえるのは、日本の良いところなのかもしれない。いや、悪いことなのかもしれないけれど。どちらにせよ、どうせなら満喫すべし。
「おお、おはよう!」
話しかけてきたのは、増田優。男子友達だ。こいつとの馴れ初めは……。そう、入学初日、筆記用具を忘れたとかで、優の方から馴れ馴れしく喋り掛けてきやがったんだ。
「おはよう。朝っぱらから元気いいな」
「ん? そうか? なあ、友達どのくらいできた?」
「ん、10人くらいかな」
「はやっ! どうやったら、そんなに早く友達できるんだよ?」
そうだった。こいつは元気のいいやつじゃなかった。むしろ根暗なやつだ。
「いや、別に普通にしてるだけだけど?」
「それって、本当に友達なんですかねぇ」
「はい?」
スー、ガチャン!
「おーい、起きろー」
ん、寝てた、のか?
どうやら電車の中で寝てしまったらしい。まだ、眠気が残っていたのか。携帯で時刻を確認する。8時34分か。授業までには全然間に合いそうだ。
「あ! 鈴木さくら!」
「ん? ああ、ほんとだ」
「今日も美人ですなー」
「そうですなー」
言いながら、あのモヤのことを思い出す。あれはいったい何だったのか。
「さあ、帰ろうか」
「ん、ああ」
藤林裏葉だ。
カタンコトンと揺れる電車の中、夢で見た光景と同じだ。
「なあ、昨日の話の続き」
「昨日? 昨日は、君、一人で帰ったんじゃなかったの?」
「え、そっか、そうだっけか」
しくじった。昨日の一連の話は、夢の中の出来事だった。
「なあ、お前って彼氏いたっけ?」
「君こそ、彼女はいないの?」
「質問したのは、俺だぞ」
「うん、いないよ。……これでいいでしょ? 君も答えなよ」
「いないよ」
同じだ。夕日が車窓から差し込んでいる。
「じゃあさ、俺と付き合ってみる?」
「ごめん、私、恋だの惚れた腫れただの、自分についてのことはあまり興味ないの」
「そっか。じゃあ他人の恋だの惚れた腫れただのには興味あるのか?」
「うん、いろいろ聞かされることは多いし、そういうの聞くのは、そんなに嫌いじゃあないかな」
と、突然、裏葉の目が見開いた。
「あ、あの子……」
「ん?」
裏葉の視線に倣い、振り向いて見る。ああ、そうか。ロングの黒髪がそこにはあった。
「ほら、あの子も同じ学部の子だよ」
「鈴木さくらだな。男子から定評のあるマドンナ的存在だな。見た目が美しいだけじゃなく、とにかく優しいんだよね」
「面識あるの?」
「ああ、課題でわからないところ教えてもらった。あの子、話してみると気さくで賢くて、しっかりしたいい子だよ」
「君、あの子のこと好きなの?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど。なんせお前に振られたばっかだぞ」
「うふふ。実は私、あの子と同じ高校だったんだよね」
「なんだよ、俺よか知ってんじゃん」
「まあね。あ、降りてくみたいだよ」
そうだった、ここが最寄駅だった。
ダダン! 夢の中で見たあのモヤを思い出す。あれはいったい何だったんだ。
「大丈夫?」
「ん、ああ」
「ねえ、君、私と付き合ってみない?」
唐突な質問だった。
「ごめん、俺、好きな人がいるんだわ」
「じゃあなんでさっき告白してきたのよ」
「気まぐれだ。そっちこそなんでさっき俺を振ったんだよ」
「冗談に決まってるじゃない。というか冗談で告白して振られちゃうなんて……、なかなか堪えるものだね」
「だろ? 思い知ったか」
「思い知りました」
そっか、こいつ、本当は俺のこと……。
俺はいつも夢を見る。というか夢というのは誰でも毎日見るものらしく、覚えているかいないかの違いだけらしいが。というわけで俺もいつも夢を見る。もちろん俺だって全て覚えているわけではない。時間が経てば経つほど、その記憶は泡沫に消えていく。だがそれは普通の夢ではない。次の日、一日分の出来事を夢で先んじて体験するのだ。本来夢というのは、脳内の整理によって生じるものらしい。だから、見るなら、過去の事柄のはずだ。しかし、俺の場合、見るのは、未来の事柄なのだ。とはいうものの、それは正確なものではなく、実際とは少しズレたものなのだけれど。場合によっては相手の心の内を、知ることができる、夢のような夢なのだ。
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