第30話 悲劇の幕を開けるもの
ミストレア―タルクたちの家
トルテ:「……うん、どこ行くんだテオ」
テオ:「うえっ、トルテ」
タルク:「こんな夜中に、どうしたんだテオ」
テオ:「タル兄っ、ええと……と、トイレだよ、トイレ。ちょっと寝る前に水飲みすぎちゃって」
タルク:「そうか。一応、気をつけろよ。カルトがさっきの復讐に来るかもしれないからな」
テオ:「はは、カルトは馬鹿だけど、そんな卑怯なことする奴じゃないよ」
タルク:「そう、だな。でも用心に越したことはねえ。俺たちのことをよく思ってねえ奴らはいっぱいいるからな。いくら今までが大丈夫だったからって、これからも大丈夫なんて保証はねえからな」
テオ:「タル兄……」
トルテ:「タル兄は心配しすぎだよ。そういってはよく仕事を抜け出して俺たちがいじめられてないか隠れて見張ったりして、あれ、みんなにばれてるからね」
タルク:「なっ」
トルテ:「タル兄、顔赤いよ」
タルク:「う、うるさい。テオもとっととトイレ行って戻ってきなさい」
テオ:「はーい」
*
ミストレア―祠近くの茂み
テオ:「……おーい、どこだあ、ミスケー」
小さい獣の声:「……ナア」
テオ:「おっ、いたいた、ミスケ、ご飯だよ」
ミスケと呼ばれる黒い小型の獣:「ナアオ」
テオ:「相変わらず変なとがった耳だな。しかも片方だけ」
ミスケ:「……」
テオ:「わかった、わかった。そんな顔しなくてもご飯はちゃんとあげるよ。ほらっ」
ミスケ:「ナアッ」
テオ:「ふふ、うちの残りもんだけど。けっこうおいしいだろ」
ミスケ:「むしゃむしゃむしゃ」
テオ:「……俺、カルトが羨ましいんだ」
ミスケ:「ナッ」
テオ:「カルトだけじゃない、タル兄もトルテも、みんな目的とか守るものがあってそれのために頑張ってる。カルトは外の世界を見るため、タル兄は親の死んだ俺たちを守るため、トルテは……俺を守るため…………」
ミスケ:「…………」
テオ:「知ってるんだ。俺だけが、俺だけが何もない」
トテ、トテ
テオ:「っミスケ」
スリスリ
ミスケ:「ナアー」
テオ:「……そうだな、俺も頑張らないとな。タル兄たちを守れるくらいに」
ミスケ:「ナア……むしゃむしゃむしゃ」
テオ:「ふふ、お前はよく食うな……ん、あれは」
ローブを被った杖を持つ老人:「………………」
テオ:「キュルート村長」
ミスケ:「ナアッ」
テオ:「あ、ミスケっ」
タタタッ
*
深い霧の中
マーキュリー・シーン:「この先に……」
ガラトルト:「ああ、この先にガンマ教の残党が隠れ潜んでる村があるぜ」
マーキュリー・シーン:「濃霧の中、よく方向感覚狂わずこれるね。さすが私が抜擢したガイド役だ。私一人だったら、絶対迷っていたよ」
ガラトルト:「……けっ、よく言うぜ。どうせその神の意図とか言うとんでも能力で村の場所はすぐに見当がついてたんだろ。でも村はあのじじいの力で守られてる。だから、あれを突破できる俺が必要だったんだ。何がガイド役だ、ただのカギじゃねえか」
マーキュリー・シーン:「君は、そのワイルドな見た目に反して変なところで細かいところを気にするね。それよりもっと気にするところがあるだろ、そのぼさぼさのピンク髪とか、ぼろぼろに破けた帝国の騎士服とか。もしかして君、それをかっこいいと思ってるんじゃないだろうね。自分イケてるとか思ってるんだったらすぐに美意識の矯正をしたほうがいいよ。重症だ」
ガラトルト:「うるせえな。髪の毛は生まれつきだし、服は戦闘でぼろぼろになったただけだ。そんなこと気にしてるほどこっちも暇じゃねえんだよ」
マーキュリー・シーン:「はあ、全く。君に何を言っても無駄らしい。あのちゃらんぽらんと同じで」
ガラトルト:「どうでもいいこと言ってねえで早く行こうぜ。俺はな、あのじじいをぶっころしたくぶっころしたくてたまらねんだよ」
マーキュリー・シーン:「そうだね。今だけは僕も君と同じ気持ちだ。相手は違うけどね」
ガラトルト:「へっ、そんじゃいっちょお里帰りと行きますか」
マーキュリー・シーン:「ああ、行くぞガラトルト」
ガラトルト:「おおよ」
霧の中から発せられた声:「待て」
マーキュリー・シーン:「ん」
ガラトルト:「けっ、さっそくおでましか」
コツ、コツ、コツ、コツ
マーキュリー・シーン:(杖か。何か木の棒のようなものが地面をたたく甲高い音が同じリズムで聞こえる)
霧の中から現れた老人:「久しぶりじゃのう。ガラトルト」
ガラトルト:「ああ、久しぶりだな。くそじじい」
マーキュリー・シーン:(この腰の曲がった全身よぼよぼの老人がガンマ教の司祭、キュルート・キュスコポンポス)
「……ふ、お初にお目にかけます。私はエルダント帝国最強の騎士の一人、スターズのマーキュリー・シーンというものです。どうかお見知りおきよ」
キュルート:「っ」
(こやつ)
ガラトルト:「ああん、なに言ってんだ急に」
キュルート:「ほう、今時にしては礼儀正しい若者じゃの。感心感心。してわが村に何か用ですかの。我らが村ミストレアは人里を離れこの岩の荒野で細々と暮らすつまらない村じゃが」
マーキュリー・シーン:「ご謙遜を。このような枯れはてた土地で死ななかっただけですでに素晴らしい偉業ですよ」
キュルート:「ほっ、ほっ、ほっ、それはそれは。帝国の騎士様に褒められるとは長生きもするもんじゃわい。」
ガラトルト:「おおい、てめらさっきから何をグダグダくっちゃべってんだ。マーキュリー、てめぇこの村の中にぶっ殺してえ奴がいるんだろ。だったらさっさっと中にいる奴ら全員皆殺しにしてこいよ。このじじいは俺様がずたずたにしておいてやるからよ」
マーキュリー・シーン:「はあ、君は政治というものが何もわかっていないね。いいからそこでおとなしく待ってていてくれ」
ガラトルト:「ああん、なんだよそれ」
マーキュリー・シーン:「帝国は君たちガンマ教を国に仇なす邪教として粛清の対象と認定しています」
キュルート:「ほっ、ほっ、ではそこの野蛮人の言うように我々を騎士様は皆殺しにするのですかな」
ガラトルト:「な、誰が野蛮だ」
マーキュリー・シーン:「いいえ」
キュルート:「…………」
ガラトルト:「な、マーキュリーっ、てめえなんて」
マーキュリー・シーン:「こちらにあなた方へ危害を加えるつもりはありません」
キュルート:「ほう……」
ガラトルト:「てめえふざけんな。俺はこのくそじじいをぶっ殺せるっていうからわざわざここまで来たんだぞ。それを今更――」
マーキュリー・シーン:「君もさっき自分で言ってたじゃないか。自分は戦力ではなく、あくまで僕の目的を果たすツールとしてやってきたと」
ガラトルト:「て、てめえ」
マーキュリー・シーン:「ガンマ教司祭、キュルート殿。我が帝国の誇り高き戦士が無残にも逆賊の少年に殺される事件が発生しました。我々は気高くも清い精神を持つていた彼の無念を晴らさねばなりません。私は彼の上司であり、帝国の、いや世界の正義と秩序の象徴スターズなのですから」
キュルート:「…………」
マーキュリー・シーン:「キュルート殿。確かにデルタ教徒は昔、革命という名の戦争を起こし多くの民を巻き込みました。その罪は重く一生消えないことでしょう。しかし、昔の過ちが未来を、今を生きている者たちに背負わせその者たちの可能性を狭めることは間違っていると思うのです」
ガラトルト:「おい、マーキュリー、てめえ、なに言ってんだ」
マーキュリー・シーン:「ガンマ教司祭キュルート・キュスコポンポス。我が同志を討ちし悪逆非道な大罪人、アッシュというの名の灰色の少年の身柄をこちらへ渡してください。そうすれば我々ふたりここでの出来事は一切の口外をしないこと、ベータ教の神にかけてここに誓います」
キュルート:「……」
ガラトルト:「なんだよそれ。なんだよそれはあああ」
マーキュリー・シーン:「…………」
ガラトルト:「ふざけるなよ。マーキュリー・シーンーっ、俺は昔ミストレアからこの俺様を追放したあげくにこの濃い霧の中で俺の事を殺そうと不意打ちしてきた薄汚ねえタヌキじじいをぶっ殺すためにここに来たんだ。なのにてめえは――」
マーキュリー・シーン:「安心しろガラトルト」
ガラトルト:「っ、何」
キュルート:「ほっ、ほっ、ほっ、それはそれは」
マーキュリー・シーン:「どうせ、そうなる」
キュルート:「よくもまあそんなに空言をぺらぺらと並べられるものじゃの、国はおろか民をも裏切ったまがい者の騎士が」
マーキュリー・シーン:「……交渉は決裂、帝国への反逆への意志あり。粛清で構わないかな」
キュルート:「構わないも何も、初めからそのつもりじゃったんじゃろうが。このエセ騎士が」
マーキュリー・シーン:「ふ」
ガラトルト:「へへ、なんだかよくわからねえが、やっちまてもいいんだよな。マーキュリー」
マーキュリー・シーン:「ああ構わないよ。でも――」
ガラトルト:「しゃっ、死ねえええええくそじいい」
キュルート:「ぬっ」
マーキュリー・シーン:「君じゃ、勝てないよ」
ガラトルト:「がっ……ぐはっ」
キュルート:「若造が、いきがるなよ」
バタン
マーキュリー・シーン:「……やっぱり」
ガラトルト:「ぐっ、まだだ、まだ俺は、負けてねえ」
マーキュリー・シーン:「どこからどうみても君の負けだよ。相手をなめすぎ。老いても相手はガンマ教徒を統べる司祭、サテライト如きが相手になるわけないでしょ」
ガラトルト:「う、うるせえ」
マーキュリー・シーン:「キュルートは私が抑えてるから君はとっとと村の中で殺戮してきなよ。好きだろ、弱い者いじめ。でも髪の毛が灰色の男の子と金髪の女の子はだめだよ僕の獲物だからね」
ガラトルト:「うるせえっていってんだろ。こいつは俺の獲物だあああああああ」
マーキュリー・シーン:「はあ、全く」
*
マーキュリーたちがいる場所から少し離れた岩陰
テオ:「た、大変だ、早くみんなに知らせなきゃ」
ミスケ:「ナッ」
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