第13話 終幕の間の幕間
アインレスト―入口から三十分ほど歩いた場所
アッシュ:「ぐっ」
アッシュ:(動け、動け)
アッシュ:「…………だ、だめだ、はあ、はあ」
アッシュ:(力が入らない。呼吸するだけでも激痛がする)
アッシュ:「でも、ミゼルさんがっ、ぐあっ」
アッシュ:(一歩進んだだけで全身が悲鳴を上げてる。足が、前に進まない。無意識に体が拒否してるんだ)
アッシュ:「くそっ、くそ、くそおおおおおおお」
謎の声:「無理はよくないな」
アッシュ:「っ」
アッシュ:(誰)
謎の声:「そんなことしたって一メートルもいかないうちに体が限界を迎えて倒れてしまうよ」
アッシュ:「あ、あなたは」
謎の白髪男:「名乗るほどの者じゃないよ。たまたまこの辺りを通りすがりただならぬ様子を感じてこの森へ無断で侵入したどこにでもいる好奇心旺盛な野次馬だ」
アッシュ:(嘘だ。この人の着ている白い服の胸にある黒い十字架の紋章。あれはおじさんたちを襲ったトルント族と白仮面がつけていたものと同じ、エルダント帝国の兵士であることを示すエンブレム。つまり、この人は)
アッシュ:「……」
好奇心旺盛な野次馬?:「ふむ、全く信じていないという顔だね」
アッシュ:(僕たちの敵)
好奇心旺盛な野次馬?:「君の想像通り私は野次馬じゃない。私がここにいるのは仕事の都合でね」
アッシュ:(仕事、やっぱりこの人もあのトルントや白仮面と同じで僕やオルランドさんを逆賊の疑いで処刑しようと――)
謎の白髪男:「まあ、そんなことはどうでもいい」
アッシュ:「えっ」
謎の白髪男:「私は勤勉であれど、仕事熱心なわけではない。ただ上司に言われたミッションをただこなせさえすればそれ以外のことはどうでもいい」
アッシュ:「それって」
謎の白髪男:「君はベータ教に仇なす逆賊か」
アッシュ:「………………」
謎の白髪男:「ふむ、質問が悪かったな。君は我々が追っている標的のひとりかい」
アッシュ:「………………」
謎の白髪男:「ふむ」
アッシュ:(なんだ、この人に感じるこの違和感は。妙に落ちついているというか、この世のすべてに興味がないみたいな温度のない雰囲気)
謎の白髪男:「君はとても素直な子だね」
アッシュ:「うえっ」
謎の白髪男:「全部顔に出ていたよ」
アッシュ:(っまずい、やられる)
アッシュ:「く」
アッシュ:(先手必勝、口と鼻をふさいで気絶させる)
ひょい
アッシュ:「えっ」
アッシュ:(かわされた)
謎の白髪男:「なるほど、君もそういうことなんだね」
アッシュ:(そ、そういうことって――)
アッシュ:「へ、う、うわああ」
アッシュ:(く、首が)
謎の白髪男:「ふむ、見えてはいない、つまりそういう訓練をちゃんと受けてはいないということか」
アッシュ:「な、なにを」
謎の白髪男:「まあ、いいか」
アッシュ:「ぐはっ、はあ、はあ」
アッシュ:(息が、できる。いったい何が)
謎の白髪男:「一体も何も、君はすでにその正体を知っているはずだけど」
アッシュ:(っ、まさか)
謎の白髪男:「君がさっき私を窒息させようとしたのも、君を窒息させようとしたのも同じもの、俗に神の意図と呼ばれているものだよ」
アッシュ:「神の、意図」
謎の白髪男:「ああ、神を敬い神に忠誠を誓うものの中からごくまれに神から選ばれた者だけが使うことを許される神の御業、それが神の意図だ」
アッシュ:「………………」
アッシュ:(何を言ってるのか、よくわからない)
謎の白髪男:「だろうね。」
アッシュ:(また心を読まれた)
謎の白髪男:「読んでないよ、君がわかりやすいだけだよ」
アッシュ:「っ……ぼ、僕は、神様、とかいうものには全く無関係、というか無縁の暮らしをしてきました。そんな僕にどうして神の御業を使うことができるんですか」
謎の白髪男:「……ふむ、なるほど、君は賢い子でもあるようだね。これはベータ教、というか神の信仰集団が勝手に言いふらしてることだから。根拠なんて何一つあったもんじゃない。ただそういうものだと思った方がおさまりがいいからみんなそういうものだと思っているだけ、ただそれだけのこと」
アッシュ:「………………」
謎の白髪男:「私に下された命令は逆賊の捕縛、もちろん生死は問われていない。面倒ごとはごめんだが命令は確実に遂行しなくてはいけない。だから君にはおとなしく付いてきてほしいのだけれど」
アッシュ:「……僕には、行かなきゃいけないところがある」
謎の白髪男:「さっき言っていたミゼルとかいう女の子のところかい」
アッシュ:「それもそう、だけどそれだけじゃない。僕を育ててくれたおじさんとおばさんを助けに行かなくちゃ」
謎の白髪男:「その傷で、でかい」
アッシュ:「………………」
謎の白髪男:「……ふう、仕方ない。ちょっと傷口にさわせてもらうよ」
アッシュ:「え、ちょ」
謎の白髪男:「骨は、折れてるね。でも内臓に損傷はないみたいだ。これなら……ふん」
アッシュ:(な、何を…………あ、あれ)
アッシュ:「治った」
謎の白髪男:「あくまで応急処置だけどね。あとでちゃんとした人に見てもらったほうが良い」
アッシュ:「どうして」
謎の白髪男:「君を捕まえるのは簡単だ。だけど私は君に興味がわいた。できれば生きて君を確保したいと思っている。でも君はどうしても抵抗するだろ。たとえ勝ち目が一パーセントもないとわかっていても」
アッシュ:「う、うん」
謎の白髪男:「だから君の目的を達成させてあげることにした。私と君の目的はお互い混ざりあわないものではないからね」
アッシュ:「え、それじゃあ」
謎の白髪男:「約束しよう。私は君の目的を必ず果たさせる。だから君は君の目的が達成した後おとなしく私についてくると約束してくれ。そうすればこの後の君の処遇について口添えしてあげよう。もちろんこの約束ができないというのならその時は――」
アッシュ:「約束します」
謎の白髪男:「即答だね」
アッシュ:「だからお願いします。ミゼルさんと僕のおじさんとおばさんをたすけてください」
謎の白髪男:「……素直な子は嫌いじゃないよ。じゃあ、行こうか」
アッシュ:「行くって、どこに」
謎の白髪男:「どこって君のおじさんとおばさんがいそうなところだよ」
アッシュ:「え」
謎の白髪男:「運が良ければそのミゼルって子もそこで会えるかもしれないね」
アッシュ:(この人にはおじさんとおばさんがいる場所がわかってるっていうの。もしかしてそれもさっき言ってた神の意図の力)
謎の白髪男:「じゃないよ」
アッシュ:「っ」
アッシュ:(またっ)
謎の白髪男:「これはただの推理、いや推測といった方が正しいかもね」
アッシュ:「推測――」
ブワッ
アッシュ:「うわっ」
アッシュ:(な、なんだこの炎。いつの間に僕たちを囲んで)
謎の白髪男:「もうここまで来たのか。さすがに速いな」
アッシュ:「っ、これもあなたたちの仕業ですか」
謎の白髪男:「まあ、そういうことになるね」
アッシュ:「なんてことしてくれたんだ。この森には僕たちだけじゃない。アイアンドッグやダーティア、いろんな生き物がこの森で命を育んでいたんだぞ。それを自分たちの都合で、こんな」
謎の白髪男:「賢いと思っていたけど、やっぱり子供だね。私たちも任務に失敗すればそれなりの罰を受ける。最悪粛清さ」
アッシュ:「……」
謎の白髪男:「こちらも命がけなんだ、仕方ないだろう」
アッシュ:「自分の命のためならほかの命がどうなってもいいっていうのか」
謎の白髪男:「命だけじゃない。自分の誇りも、だ」
アッシュ:「……僕はその考え方、嫌いだ」
謎の白髪男:「……こんな答えのない問答をしていても時間を無駄にするだけだよ。それより君ならこの状況でどうする。どこに逃げる。どこにきみのおじさん、おばさんは隠れ潜んでいると思う」
アッシュ:「っ、どこって」
謎の白髪男:「森に火が放たれ、兵士に追われるこの状況。そこで君だったらどこに身を隠すのかい」
アッシュ:「そ、そりゃ」
アッシュ:(森は燃やされて隠れる場所はどんどんなくなっていってる。そもそも炎に巻き込まれたらいくらおじさんたちだってひとたまりもないはず。だったら)
アッシュ:「森の外、森の出口付近に行けば逃げてくるおじさんたちと――」
謎の白髪男:「ぶー、残念」
アッシュ:「えっ」
謎の白髪男:「正解はその逆。森の一番奥だ」
アッシュ:「え、どうして」
謎の白髪男:「簡単な話だ。君がさっきたどり着いた結論、それは君のおじさんもたどり着く。当然敵も」
アッシュ:「っ」
謎の白髪男:「だから裏を読む。一番火の影響を受ける森の奥にあえて隠れるのさ。うまくいけば私たちにこの炎で焼け死んだと思わせられるからね」
アッシュ:「な……」
アッシュ:(それって)
アッシュ:「めちゃくちゃだ。いくら出し抜くためでもこの炎に包まれたら焼け死ぬだけですよ。そんなのただの自殺行為――」
謎の白髪男:「でもないんだよ」
アッシュ:「えっ」
謎の白髪男:「周りを見てごらんよ」
アッシュ:「っ」
アッシュ:(どうして)
アッシュ:「こんなに周りの木が燃えてるのに僕たちのところまで火が全然来ないんだ」
アッシュ:(まるで僕たちを避けてるみたいに)
アッシュ:「まさか」
謎の白髪男:「君のおじさんたちも使えるんだろ、私たちと同じ、神の意図が、ね」
アッシュ:(使える、僕と同じ力をおじさんもおばさんも、そして、この人も)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます