第46話 思わぬ再会

 あと一口だけでも、としつこくリグラドがすがりついているうちに、ソルレイスの村の方角から猛スピードでやってくる一騎の影があった。

 見るからに並の馬より遥かに馬体が大きく、漆黒の鬣をなびかせたその馬の名をエルロイは知っていた。

「――――ティルファング」

 そうそう、ティルファング……紅の狼の愛馬って…………

「なんでガリエラが知っているの?」 

 エルロイの問いにガリエラは答えず、迫ってくる騎影に視線を送り続けた。

 やがてティルファングの巨体と、その上に乗る男の姿がはっきりとし始める。

 紅の狼の由来である赤の鎧は着ていないが、横幅のある鍛え上げられた肉体は遠目にも明らかだ。


「ぴ」

「ぴ?」


 何か意味不明な声が聞こえたような気がして、エルロイはガリエラのほうを見るが、彼女は一点を見つめたまま動かない。

 ようやく馬の速度が落ち、トロットになるとトルケルはゆっくりとティルファングから降りた。


「お待ちしておりました我が主」

「さすがに紅の狼は馬上がサマになるな」

「あの…………!」


 二人の会話に割り込む女の声。

 それは予想通りガリエラのものであった。


「生きておられたのですねデルフィン殿下!!」


 ガリエラが乙女の顔をしていた。

 感激で瞳を潤ませ、両手を固く握りしめて肩を震わせている。

 エルロイが一度も見たことのないガリエラであった。というか本当に同一人物なのかと疑ってしまうほどだ。


「私を知っているのか君は」

「草原の民のガリエラを覚えてはいらっしゃいませんか?」

「うん…………?」


 草原の民といえばレダイグ王国が併合した少数民族で、草原を獣のように疾駆する身体能力の高さで重宝していた記憶がある。

 共に戦場を駆けた彼らの一人一人の顔を思い出し、トルケルは頭を捻って苦しそうに唸った。


「一人、心当たりがあるにはある…………」

 

 そう呟いてトルケルはもう一度穴が開くほどガリエラの顔を見つめた。


「だが、俺の知るガリエラはこんな美女ではなく、ちんまい男の子だったはずなんだが」

「び、美女…………」


 ぶるる、と蕩けた至福の笑みを浮かべてガリエラは身体を震わせた。

 何それ怖い。こんなのガリエラさんじゃない。


「あれ? ガリエラさん? どうしたの?」

「男の…………子?」


 先に美女というパワーワードに反応していたが、その後のちんまい男の子という言葉がようやくガリエラの脳に浸透してきたらしかった。


「いやいやいや、だって髪の毛も短かったし、いまより全然肌も浅黒かったし!」

「私、何度も殿下に料理を差し入れたりしたと思うんですけど!」

「最近の男の子は料理がうまいなあ、とは思っていた」


 二人のやり取りをベアトリスは肩をすくめて笑った。


「この方もエルロイ様とは別方向で朴念仁らしいですわね」

「デルフィン殿下はエルロイ殿下みたいな女の敵ではない!」

「だからどうして俺にはセメントなんだよ!」


 秒速で断言したガリエラにエルロイは抗議する。

 二股をかけた記憶もなければナンパした記憶もないのに理不尽だ、と思うエルロイであった。


「今の私はトルケル――ソルレイス村のトルケルだ。もうデルフィンの名で呼ばないでくれないか?」

「殿下のお望みなら――――」


 不承不承という体のガリエラにトルケルは続けた。


「はっはっはっ! それにしてもあのおねしょしていた小さなガリエラがなあ……」

「うわあああああああああああああああああああ!」


 さすがトルケル、朴念仁の面目躍如はデリカシーのない反応である。


「これはひどい……」

「どこがよかったんでしょうかガリエラさん」

「言わないで! 私の記憶なかの殿下を穢さないでえええええ!」


 エルロイとベアトリスの容赦のない言葉に、がっくりと膝をつくガリエラであった。


「ようこそ我が主、件の村の情報を集めておきましたぞ」


 有能なところがさらに残念に思えてしまう。

 エルロイとユイは互いに顔を見合わせ、まずはトルケルとガリエラの関係を聞くことにするのだった。



 今日も短くてすいません!

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