第43話 新たなる村

 翌日、ソルレイスの村へと出発するのは前回のようにエルロイとユイだけではなかった。

「ついていきますよ? 私は飛行魔法が使えますし」

「ちっ」

「すいません、私は遠慮しておきます」

「そそ、それじゃ私が!」

 ベアトリスの飛行魔法でしたたか酔ったユズリハが辞退を表明すると、ここぞとばかりにコーネリアが名乗りをあげた。

「馬鹿なことを言うな。あんな真似を姫様にさせられるか!」

 が、ガリエラに一喝され断念させられる。

 ベアトリスの飛行魔法は制御が難しく、お世辞にも心地がよいものとは言えない。例えていうなら、振動の激しいジェットコースターのようなもので、荒海の船より性質が悪いとガリエラは考えていた。

「それじゃ今回はガリエラさんが同行ということで」

「やむをえんか」

 深いため息とともにガリエラは頷いた。

 あの空中遊泳をもう一度というのは、歴戦のガリエラをもってしても憂鬱なできごとらしかった。

「それじゃ村長、頼む」

「は、はい」

 緊張でこめかみから汗を流しながら、村長は生き別れになった弟の姿を思い浮かべる。

 ラングドッグ村の貧しさに耐えきれず、新天地に夢を託して出ていった弟。

「――――ベルンよ」

 村長の思念に運命の指針が反応した。

「これは――ソルレイスの村から結構離れますね」

「あそこは魔物の出現率が高いんだが、よく移動したもんだな」

 そういってエルロイは村長に向かって微笑する。

「よかったな。どうやら息災でいるらしい」

 運命の指針が反応したということは、村長の弟ベルンが存命であることにほかならない。

 その意味を察した村長は感激に声を詰まらせた。


「――――もっとも、ソルレイスの村がそうだったように、それほど楽な暮らしじゃあるまい」




「なんという様だ!」

 ヴェストファーレン王国王太子ジョージは憤懣のあまり机に書類を叩きつけた。

 ノルガード王国に派遣した部隊からの報告の束が散乱する。

 開戦以来、満を持して投入されたはずのヴェストファーレン王国軍は各地で戦果を拡大したのだが、現在は完全に膠着状態にある。

 何より第四王子ハーミースによって王都が奪還されてしまったことが大きい。

 あれほど王族だけは皆殺しにしろと命令したはずだったのに、殺せたのは国王と二人の王子だけだ。

 第三王子と第四王子を取り逃がし、第五王子にいたっては結婚式に出席すらしていないという。

 とんだ計算違いもいいところであった。

 国王オズワルドが結婚のため向かったノルガード王国において暗殺されたと発表したものの、国民の反応はそれほど芳しくない。

 ここ数年存在感に乏しい王であったし、あまりにヴェストファーレン王国の反応が早すぎたので出来過ぎだと思われてしまうのである。

 上層部の主だったメンバーはジョージに忠誠を誓っているが、計画を打ち明けることができなかった者たちも多く、ジョージは難しい政権運営を強いられていた。

 それもノルガード王国を占領することができれば、利益を分配することによっていくらでも押さえつけることができる。

 そんなジョージの目論みは王都を脱出した第四王子ハーミースとその一党の反撃によって打ち砕かれた。

 アルドバラ公爵家を中心とした貴族の派閥に加え、レオン王国の援軍があるなどという根拠のない噂によってノルガード国内の貴族がハーミースを中心にまとまってしまったのだ。

 レオン王国の王女カトレアの存在がここにきて効いていた。

 さらに北方へ向かわせた部隊が全滅したり、逃げた王族の捜索にあたらせていた部隊の指揮官が暗殺されて現地の動きが鈍っていたらしい。

 

「暗闇から影が……影が伸びてきて隊長を串刺しに!」

「ええ~~い! そんなはずがないだろう! 暗殺者に殺されただけではないか!」


 そんな言葉が風聞となって、兵士の間では恐怖の対象となっているという。

 この日のために鍛え上げ、必勝を期したヴェストファーレン王国軍が、なんと嘆かわしいことか!

 しかし不幸にして噂は事実である。

 マルグリットとコーネリアを救いにいったエルロイとユイが、行きがけの駄賃とばかりに捜索隊を殺して回ったのだ。

 密室であるはずの寝室で、ユイの影によって人知れず殺されたヴェストファーレン王国軍の指揮官は二桁にのぼる。

 いくら兵士がいても、指揮官のいない軍隊は軍隊として機能しない。

 緒戦においてヴェストファーレン王国軍が、計画通りに動けなかった理由がここにある。

 さらにバスチル関所において、二千の部隊が全滅したことがあまりに衝撃だった。

 二千を全滅できるほどの有力な部隊が攻めてくるとすれば、その迎撃には最低でも五千に近い部隊が必要となる。

 北部の抑えに五千を割かなくてはならないことが、速度こそが命である初期の侵攻作戦においてどれほどの足かせになったことか。


「フーリドマン辺境伯……侮るべきではなかった」


 残念ながら警戒すべきはその人じゃない。

 王太子ジョージの不幸は、その苦悩を理解し補佐してくれる部下に恵まれなかったことだ。

 主に軍部を中心に、戦争に強い将軍はジョージを支持している。

 また宰相をはじめ国内の内政を回す行政官も、ジョージを積極的に支持しているが、こと外交に関してはジョージを補佐できる人材はいなかった。

 ジョージがどうしてスペンサー王国に膝を屈する気になったのか。

 どうして一刻も早くノルガード王国を占領しなくてはならないのか。

 国家戦略をジョージと同じ視点で見る人間がいないことへの孤独が、ジョージの精神を不安定にしていくのであった。


「――――急がなくては、急がなくてはあのカーライル卿が我が国を見限る。味方とするにも資格を要求するのがあの国だ。我が国が味方に値しないとなれば…………」


 悪夢の未来をジョージだけが理解していた。

 基本的に人を信じることのできないジョージだからこそ、スペンサー王国の本音に気づいていた。


「あの国はきっとノルガード王国を陰から支援するだろう。我が国との共倒れを狙って」

 

 ジョージの危惧は完全に事実であった。

 そのときすでに第三王子マイヤリンク侯爵アルトは、スペンサー王国によって保護されていたのだから。

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