第42話 お風呂回
ラングドッグ村に最近建設された百平方メートルほどの木造施設がある。
その名を聞いたコーネリアが悲鳴をあげた。
「うそ……お風呂があるの? こんな辺境に?」
「おおお、落ち着きなさい。まだすぐに入れると決まったわけじゃないわ」
「入れますよ? 温泉ですから」
「ふおおおおおっ!」
マルグリットの口から漏れてはいけない悲鳴が漏れる。
それも無理はないだろう。
王都を脱出してからというもの、水浴びとお湯で身体を拭くことしかできなかった乙女にとって、入浴は魂の渇望だった。
「どど、どうやってこんな場所に温泉を?」
「私が運命(フェイト)の指針(ガイドライン)で掘り当てたのよ」
自慢げにベアトリスが笑った。
荒野の魔女であったときには気にならなかったことではあるが、今は男性の目が気になってしまうのだから仕方がない。
温泉は乙女の身だしなみにとって、特に有用な施設であった。
さらに掘り当てた温泉の成分は、炭酸水素泉で、肌の角質や毛穴の汚れを乳化して洗い流すクレンジング効果があり、不要な角質を取ることで肌を滑らかなに保ことができる。保温効果も高いので冷え性の女性にもピッタリだ。
(私もちょろい女だったってことかしら?)
湯脈さえ見つけてしまえば、あとは土魔法で掘削していくだけである。
簡素な温泉が完成するまで二日とかからなかった。
「早く! 早く入らせて!」
「あせらないあせらない。男どもが涎を流して見てるわよ?」
ハッとなってコーネリアが後ろを振り向くと、ロビンを筆頭に男たちの視線が女性陣に集中しているのがわかった。
「ニヒッ」
「ニヒッじゃないわ! このすけこましいいいいいい!」
「ぶべらっ!」
そして吹き飛ぶロビン。ある意味真の男であった。
ベアトリスが瞳だけは決して笑わずに、にこりと笑った。
「――――断っておきますが、お痛をする人は私が荒野の魔女と呼ばれる理由を思い知ると思いますよ?」
「ひゃ、ひゃい…………」
そこまで言われてあえて挑戦しようという命知らずは誰もいなかった。
「ふわあああああ! 生き返る!」
「はしたないですよ? コーネリア」
真っ先に湯舟に飛びこんだコーネリアは、蕩けたような笑みを浮かべて身体を伸ばした。
マルグリットも苦笑いしているが、その表情には明らかな歓喜がある。
一般に入浴というのは貴人の贅沢とされている。
綺麗な水の確保、加温と維持、そして清掃とよほどの財力と人手がないと維持できない類のものであるからだ。
もちろん、かつてのラングドッグ村には夢のまた夢の施設であった。
ベアトリスとエルロイという反則的な魔法士が揃っているからこその荒業である。
湯舟も大きなヒノキ造りで、六人ほどの女性陣が足を伸ばしてくつろぐには十分な広さがあった。
「――――こうしてみると……」
コーネリアが周りの女性陣を眺めてため息を吐いた。
ベアトリスを筆頭に、圧巻のバストボリュームを誇る面々に、コーネリアの女のプライドはズタズタだ。
このなかでもっとも巨大なバストを誇るベアトリスは、なんと恐ろしいことにGカップである。
全体重のうち二キログラム以上がバストのみで占められているということになる。
次のに大きいのが意外なことにガリエラ。
こちらもFカップだが、鍛え上げられた胸筋によって実に均整の取れた身体に見えるから不思議だ。
そしてほぼ同点のEカップがユイとマルグリット。
肌の白さと極上の柔らかさが同居した、見るからに品のよいバストであった。
最後がユズリハであるが、こちらもE寄りのDカップで巨乳よりの美乳といってよい。
Aカップ寄りのBカップであるコーネリアとの戦力差は、絶望的に開いていた。
「どうしてなの? 私と同じお母様から産まれたのに……お姉様とお母様は胸が大きいの?」
「こ、こらっ! 私の胸を掴むのを止めなさい! 貴女最近おかしいわよ?」
「胸の格差が憎い…………!」
エルロイが貧乳派なのであればコーネリアもここまで拘らなかったであろうが、割とわかりやすくエルロイは巨乳派である。
特に谷間に視線を吸い寄せられるらしく、胸元が開いたデザインの服を着ると食いつきが違うとはユイの言である。
どうやって自分はエルロイを誘惑していけばよいのだろうか?
いかにして胸以外のアピールをしていくべきか、コーネリアが必死に考えていたときである。
「ところでユイさんはエルロイ様のご寵愛をいただく気はあるのかしら?」
ベアトリスが爆弾を投下した。
「どういう意味かしら?」
ユイの冷ややかな声をベアトリスはあっさりと受け流した。
「だって貴女がご寵愛を受けてくれないと私の順番が遅くなりそうなんだもの」
「うぐっ……」
言われてみれば誰の目にもエルロイに対して好意を抱いているユイが、キスだけで止まっている理由がないのだ。
エルロイにだってその気がないというわけではない。
若者らしく性欲を持て余していることを、実際に誘惑して反応を見たベアトリスは察している。
「それとも、何か手を出せない理由があるのかしら?」
ビクリ、とユイの肩が震えた。
ベアトリスの言葉が図星であったことをその場にいた女性陣が察するには十分な反応であった。
「だって――ご主人様が思い出してくれないから」
「えっ?」
「私たちが出会ったときのことを……ご主人様が思い出してくれないから……思い出してくれないと私は――――」
エルロイと愛し合うことが怖くてできない。
それはユイにとって罪の記憶だから。
「――――事情があるのは察するけど、彼に恋をする乙女たちの想いがあるのも確かなの。だから――――」
一拍の間をおいてベアトリスはユイに宣告する。
「貴女がいつまでも立ち止まっているなら、私は彼女たちの味方をするわ。もちろん、私自身のためにも――――」
「貴女に何ができるというの?」
「影使い(シャドウマスター)、確かに素晴らしい能力だけど、かつてマールバラ王国にいたころ、影使いを殲滅したのはこの私よ」
それが嘘か本当かはわからない。
しかし荒野の魔女であるベアトリスにはその言葉が真実であると想えてしまうだけの威厳があった。
正しく一触即発の空気のなかで、睨みあう二人をガリエラの一言が止めた。
「止めときな。男をめぐって女同士が争うなんて、自分の魅力に自信がないと白状しているようなものさ」
「ぐぬぬ…………」
「これは一本取られましたわ」
まだ納得がいっていない様子のユイとは対照的に、ベアトリスはすぐに引いて嫣然と笑う。
もともと本気ではなかったのだろう。
「――――全てはエルロイ様の意思のままに、ということですわね」
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