第27話 荒野の魔女の正体
「さ、先ほどまでの私は忘れてください!」
顔を赤らめ、小動物のようにぷるぷると首を振る美女が、先ほどまでの老婆とはどうも信じることができず周囲の視線が集まっている。
その視線がさらに美女を恥ずかしがらせているのだが、しばらくしてようやく落ち着いたのか、コホンと咳払いをして美女が語りだした。
「改めて、私がベアトリス・カリーナ・マールバラです。今は荒野の魔女と呼ばれています。歳をとるとどうしても外見に精神が引きずられるので困ります」
見たところどうみても二十代の前半、銀髪に碧眼という絵にかいたような美女である。
柔らかそうな双丘のボリュームも素晴らしい。
「そこの宿六! いやらしい目で私を見ないでくださいませ!」
「歳に引きずられてたんじゃなかったのかよ!」
「ここ、これは――貴方は特別といいますか……死に分かれた夫に顔がよく似ているので、つい……」
そういうとベアトリスは胸のロケットを開いて一人の男の細密画(ミニアチュール)を見せた。
確かにそこには、赤毛である以外はエルロイが成長するとこんな男になりそうだという美丈夫の姿がある。
だが驚いたのはそんなところではない。
「これ……マールバラ国王、ファイサル三世と書いてあるんですが?」
「ええ、私の夫はファイサルですけれど」
「スペンサー王国建国前の話ですから、二百年以上は前の話になると思うんですが?」
「ええっ! もうそんなに経ちましたの?」
本気で驚いたようにベアトリスは唇に手のひらをあてた。
「とすると…………あなたは二百歳以上ということなのでしょうか?」
おそるおそるユズリハが問いかける。隣のガリエラも興奮に表情が輝いていた。
「もともと魔女と呼ばれるくらい魔法は得意でしたから……何よりスペンサー伯に復讐するまで絶対に死ぬわけにはいかなかったので」
「そうか、クーデター以前はスペンサー家は伯爵家だったんだな」
「そうです! 王家の血を一滴も引かぬ田舎貴族でありながら、蛮族を味方につけ、戦だけで成り上がったあの裏切り者……!!」
あまり歴史教育を受けられなかったエルロイでも、北部七雄の成り立ちはいささかなりと知っている。
もともとスペンサー家は南部の辺境を任された田舎貴族であった。
領地の周辺には人狼を含めた亜人の集落があり、しばしば家畜や農作物が襲われ、魔物の襲撃に対処する必要もあることから、軍隊だけは精強と謳われていた。
ところが時の当主、チャーチル・スペンサーが亜人たちを徒党化し、領地を数倍に拡大させたことでスペンサー家は一気に国内最大の領主となる。
もちろんそれだけでは国王の所有する直轄地には及ばないのだが、ちょうどティアロン王国との戦いに敗北した隙を狙って王都を急襲。
そのまま国王を殺害して長い内乱の末に王位を簒奪していまに至る。
たった一人、陥落する王都から逃げ出したベアトリスは、遺品となった国宝だけを共にして荒野を流離い続けてきたのだという。
若返りの秘薬はスペンサー王国への復讐のために、およそ二十年後にレシピを完成させた。
「軍用魔法も磨いたつもりです。一矢を報いるくらいは自信がありますが…………」
いかに優秀な魔法使いでも一人で一国を全て相手にすることはできない。
そんな無力さと戦いながら、スペンサー王国軍や傭兵から命を狙われているうちに、いつの間にか二百年もの時間が経過していた。
もっともここ百年以上はスペンサー王国からの追手は途絶えているという。
まあ普通は王妃が二百年以上も生存しているとは考えないわな。
ごくり
ユズリハとガリエラの生唾を飲みこむ音が静かな室内に響いた。
「…………それじゃベアトリス殿下は光冠草の若返り薬を飲んで今まで生き延びてきたのですね?」
「はい。ですが誰でもできるというわけではありません。まず私と同程度の錬金術の精度がないと効果が半減するでしょうし、内包された体内魔力が少ないと効果が薄いです。何より――」
「何より?」
「この秘薬で若返るたびに、歳をとる速度があがります。私も今はこんな姿ですが、五年もすれば先ほどの外見に戻ってしまうでしょう」
「五年ほど、か。ということは一年で十年近く歳を取っちゃう?」
「デリカシーってもんがないね、この宿六は」
「また婆さんに口調が戻ってるぞ?」
「くっ……この容赦のない返し……ここまで旦那様(ファイサル)に似ているとは……」
小さいベアトリスの呟きをエルロイは聞き逃した。
「うん?」
ベアトリスが必死に何かに耐えるように悶えている。
「この人は別人……この人は別人……」
エルロイが疑問を感じるのを華麗にスルーして、続けてユズリハが問いかけた。
「一度秘薬を飲んでしまうとどのくらい加齢が加速するんでしょうか?」
「人によって誤差はあると思いますが……十年以上若返ると倍の速度で進行するでしょうね……」
「さらに続けていくと二倍三倍になっていくというわけですか」
「ある意味、麻薬だな」
一度服用したが最後、若さを維持するために秘薬を飲み続けなくてはならない。目が飛び出るような価格の秘薬を、である。しかも流通している絶対量自体が少ない。
「光冠草の花の品質もありますし、ダウングレードもできます。肌年齢を維持する程度ならそれほど副作用もありませんよ?」
「それ、ここの材料でどのくらい量産できるのか詳しくご説明をお願いしても?」
「旦那様、この人怖いです」
「誰が旦那様だっ!」
「す、すいません、あまり夫に似ていたのでつい…………」
照れてしまって顔を隠し座り込んでしまったベアトリスに、ユズリハとガリエラの視線はどこまでも冷たかった。
「どう思います?」
「――この才能は失えない。殿下が手綱を握れるならよしとしよう」
ユズリハとガリエラは互いにマルグリットとコーネリアという主君を持つ身ではあるが、彼女たちの利害のためにベアトリスの情報は黙認しようと決めたらしかった。
「はふぅ…………」
「おい、若返ったんじゃないのか! まさかもう老化が?」
「実は身体が弱いのは若返っても変わらなくて……はふぅ…………」
「死ぬなあああああああ!」
その日からラングドッグ村に病弱で、若いんだか年寄りなんだかわからない一人の魔女が住みつくこととなった。
荒野の魔女の加入により、ラングドッグ村は一万の兵力が攻めてきても心配する必要のない過剰戦力のたまり場になろうとしていた。
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