辺境に追放された第五王子ですが幸運スキルでさくさく生き延びます
高見 梁川
第1話 追放
チートといっても一人でできることには限界がある。
そう思ったのは五歳になり前世の記憶が蘇ってかなりあとのことだった。
幼いながらエルロイ・モッシナ・ノルガードという耳慣れぬ名が自分なのだと納得するまでに三日近い日数を必要としたと思う。
前世では故郷の田舎で兼業農家を営みつつ、歴史だけは長い小さな神社の宮司を勤め、境内の傍らで小さな飲食店を開くごく平凡な一般人だったのだが。
そんな俺がどうして異世界転生を果たしたのかまるで意味がわからない。
そういえば二年ほど前、「う~~ま~~い~~ぞ~~目から竜の鱗が滝落ち!」と叫んで無銭飲食して消えた爺がいたな。まあ、さすがに神とは関係ないだろうが。
ピコーン! 旗
そんな小市民な俺がノルガード王家の五男として生を受けたのは良かったが、そのとき俺は気づかなかったのだ。
世の中の真理を見落としていたとも言える。
――出る杭は打たれるということを。
ライバルらしいライバルのいない宮司として生きていたことが災いした。
前世の記憶チートと浮かれていたあのころの自分を殴りたい。小一時間説教したい。
神童の噂が立つほど優秀な弟を兄やその取り巻きたちがどう考えるか、気づいたときにはもう遅かった。
正直転生して授けられていたチートがなければあっという間に暗殺されていたことは間違いないだろう。
幸いにして前世の記憶以外にもうひとつ、いや、ふたつ俺には大きなチートが授けられていた。
ひとえに今まで生き延びることができたのはそのチートのおかげだ。
すなわち、重大な危機下における幸運(オールオアナッシング)――絶体絶命のピンチにありえないほどの幸運が訪れる――そしてもうひとつ、優秀な戦闘員にして優秀な侍女、兼使い魔であるユイ・ケストリアルがいてくれたことだ。
俺よりも背が高いユイの身長はおよそ百七十センチを超える。
釣鐘型の魅惑のバストを誇り、妖艶な顔立ちは後宮にいる美姫に勝るとも劣らない。というか勝ってる。少なくとも俺はそう思う。
クリスティーナ・ピメノヴァを思わせる清楚かつ西洋的な顔立ちで、前世平凡な日本人であった俺にとってはまさに高嶺の花の美貌であった。
「これよりは生涯御傍に、ご主人様」
初めて出会った日にユイに傅かれたときには転生の幸運を神に感謝したものだった。
すぐに怨嗟に変わったがな!
初めてユイと俺が出会ったのは、六歳の誕生日、父である国王に図書室の禁書を見る許可をもらった日のこと。
俺は王族以外に閲覧を禁じられている禁書を読みながら興奮に胸を高鳴らせていた。
平凡な魔法などではなく、チートと呼ぶに相応しい魔法がないものか。
そのときまで、俺はチートというものが他者からどれほどの警戒を受けるものか、ということを全く知らずにいた。
物音もなく近づいた暗殺者にすんでのところで気づけたのは、確実に重大危機化における幸運(オールオアナッシング)のおかげであろう。
これが人生初めての暗殺者との遭遇であった。
暗殺者の白刃がわずかに頸動脈を逸れ、俺の右頬から額にかけて一筋の絵を描くように切り裂いた。
ぱっと噴きあがった鮮血の一部が、ちょうど読みかけていた禁書に滴るように降りおちる。
まさにその瞬間、禁書に封印されていたユイは王族の血を贄として顕現した。
「可愛い私のご主人様、解放の盟約に従い我が力を預けましょう」
ユイの影が蛇のように蠢いたと思うと、暗殺者はひどく取り乱し逃げることを選択したがすでに遅かった。
暗殺者自身の影が暗殺者の足を拘束し、悲鳴をあげる間もなく暗殺者は自らの影の沼へひきずりこまれるように落ちていく。
そして暗殺者の姿は消え、俺は九死に一生を得た。
あのときまでの俺はこの異世界でチート無双をしようと、魔法の訓練や知識の吸収に手段を選んでいなかった。
しかし能ある鷹は爪を隠すという格言は正しい。
いい気になって自分の能力を秘匿することを忘れていた俺は、やはり転生前の庶民の器でしかなかったのだろう。
いかに優秀な才能を誇ろうと、一人で立ち向かえる力など精々百ほどの敵を相手に無双する程度にすぎない。とりわけ未成熟な幼少期は特に。
王宮で味方を作り政治的基盤を得るために、むしろ幼少期のその才能は邪魔だった。
神童の噂が広がれば広がるほど、異母兄弟全てに警戒された俺は、たちまち身に覚えのない悪評を被った。
兄たちが怪我をすれば、それは全て俺がやったということにされた。
さらに城の侍従や侍女たちの間で体調が悪化するものが相次ぐと、それも俺の魔法の実験の失敗によるせいだとされた。
抗弁しようにも王宮にまるで味方がいない。
母の身分は名もない下級貴族だったから、わざわざ俺の後ろ盾になるような酔狂な貴族は誰もいなかった。
法衣貴族になっていた叔父と、会頭が母の幼馴染だという王都のキルケラン商会だけが、かろうじて後ろ盾といえば後ろ盾だった。
そんなわけで判定する側の人間が敵ばかりだから、いろいろと罪を捏造された俺はやがて神童の噂に快くしていた父である国王の信頼も失ってしまう。
こういってはなんだが、危機化における幸運(オールオアナッシング)がなければこの時点で俺は闇に葬られていたのは確実だ。
それほど日常茶飯事的に暗殺、毒殺、謀殺の危機が発生していた。
いまなら毒の粉をペロリとやれば、ドラマの刑事のようになんの毒か当てられるよ。
度重なる暗殺の危機を乗り越えた十二歳の春、とうとう俺は王妃の暗殺未遂の容疑者として逮捕されるにいたった。
第一王妃であるカサンドラ妃が後宮内の回廊で小柄な男に襲われ、首筋に斬りつけられたというのである。
「エルロイよ! エルロイが私を殺そうとしたのよ!」
カサンドラは激高して国王に直訴した。
後宮内に忍び込むことができる男は限られる。さらに小柄な男となれば――基本的に騎士は体躯に恵まれた大男がなるので、疑いの目が俺に向いたのは無理もない。
ほとんど取り調べらしい取り調べもないまま牢獄に送られたときには、これまでかと思ったものだ。
かろうじて俺の首が繋がったのは、幸運にも誤魔化しようのない確実なアリバイがあったからだ。
偶然第一王子アンヘルの妃であるマルグリットが、ちょうど魔法のアドバイスをもらおうと俺の私室を訪れていたのである。
なんとか疑いの晴れた俺だが、さすがにこのまま王宮に置いておくわけにはいかないと父王も判断したらしい。
翌日には王国の北の辺境、というより一応王国領だと主張しているだけの空白地(ウロボロスラント)を大公の地位とともに与えるという名目で追放された。
つき従ってくれたのは、乳兄弟であるロビンと叔父にあたるヨハン。そして使い魔のユイだけ。
下級貴族の出身であった母は二年前すでに心労で他界していた。
――――と思っていたのだが、出立の当日、新たに二人の仲間が追加された。
「ごめんね。エルロイ君は何も悪くないのに」
「気にしないでくださいマルグリットお義姉様。むしろお義姉様のおかげで僕の首は繋がったようなものです」
小柄だが巨乳で母性あふれるマルグリットを見ると、無意識のうちに胸が暖かくなるような衝動を覚える。これが母性か。
「全く! 男の嫉妬ほど見苦しいものはないわよ! しかもエルロイはまだ十二歳なのに! 尻の穴の小さな男ね!」
「淑女がそのようなことを口にしてはいけません。コーネリアお義姉様」
語気も荒く憤慨するコーネリアを見て俺は苦笑した。
彼女は第二王子の婚約者で、さらにコーネリアとマルグリットは姉妹だ。もっとも彼女は姉に似ず長身でスレンダーだが。
どういうわけか鼻つまみ者の俺と仲良くしてくれる。
そのせいで第一王子と第二王子からの反感が増してしまうのは、まあ役得だからと諦めるしかあるまい。
二人ともノルガード王国と長年の友好関係にある隣国、ヴェストファーレン王国の王女である。
本来は二人とも我が国に来る必要はなかったのだが、幼いころから非常に仲の良い姉妹で、同じ国で暮らすことを強く望んだことから二人ともノルガード王国へ輿入れの運びとなった。
魔法先進国であるヴェストファーレン王国に産まれた二人は、俺の持つ得意な魔法の発想に興味を惹かれたらしく、いつしかプライベートでも親しくする関係になっていた。
その彼女たちにとって、俺が王都を追放されるというのは、我慢がならない出来事らしかった。
「改めて紹介するわね。私の護衛のユズリハよ。得意は弓、魔法も風魔法を得意としているわ。その辺の騎士なんか足元にも及ばない」
「どうぞご遠慮なくお使いください」
ユズリハは黒髪の楚々とした美人で、まだ二十歳を過ぎたばかりでマルグリットに長く仕えていたはずである。
すらりと伸びた長い手足と均整の取れた体形がマッチして、まるでモデルのようだが、彼女の弓術はヴェストファーレン王国でも五本の指に入ると謳われた。
その凄腕の彼女を追放される俺に貸し出してくれるという。
本当にもうマルグリット王女には頭があがらないな。
「私は傭兵のガリエラをつけるわ。三年分の給料は先払いしているから、それ以降はあなたがガリエラにしっかり給料を払ってね?」
「給料分の働きは期待してくれ」
「こちらこそよろしく」
ガリエラはしっかりとした体躯の褐色美人で、剣を得意とする。
傭兵としてはかなり名が通っているらしいが、コーネリアに恩があるらしくここ数年は護衛に徹している。
以前そのあたりの事情を聞いたが、やんわりと濁されたので何かしら話ずらい事情があるのだろう。
大剣を振るうに相応しい見事な筋肉を纏いながらも、華やかでメリハリのついたプロポーションは色気という点ではユズリハに勝る。
なぜかユズリハの視線の温度が下がった気がした。
いかんいかん、と俺はガリエラの巨大なバストから慌てて目を背けた。
「それにしても二人ともよろしいのですか? これから行くウロボロスラントは王国領とは名ばかりの辺境でど田舎もいいところですが……」
二人の好意はありがたいが、さすがにそんな第一線級の人材を領地というのもおこがましい辺境についていくのには抵抗がある。
収益化だって、ウロボロスラントにはどうやら三つの村が確認されているようだが、その人口は合わせても二千名に届くかどうかで、これは一般的な男爵が持つ領地の半分程度でしかないのだ。
ただし土地だけは広い――というより全王国領の三分の一以上ただし人の居住地は千分の一――ので開拓が順調であれば、将来性はあると俺は判断しているが。
それを他の人がどう捉えるかは別問題であろう。
「お気になさらず。姫様の命とあらばいつどこなりと」
「ま、しばらくぶりに魔物を相手に傭兵稼業するのも悪くはないさ」
「そう言ってくれるとありがたいです」
辺境はいまだ魔物が闊歩する危険な地域で、その開拓はここ三百年以上も停滞しているという。
戦力としては申し分ない二人がついてきてくれるのは本当に心強い
「それではお義姉様方、感謝の印にこれを」
「これは?」
エルロイに渡された魔道具らしきブレスレットを受け取ってマルグリットは可愛らしく小首を傾げた。
「魔石に触れて発動すれが一刻(二時間)ほど姿を消すことのできる魔道具です。相手から見えないだけで触れることは可能ですからご注意を」
「そ、そんな魔道具をいつの間に!!」
愕然としてマルグリットは目を見開く。
「最悪の場合、これをつかって牢から逃亡するつもりでした」
「…………ソデスカ」
気まずそうに思わずマルグリットとコーネリアは視線を逸らした。
そうでもしないと本当に俺の命はいつ誰に消されてもおかしくない状態にあったのである。俺にとっては実に切実な問題だった。
「ありがとう。場合によってはこれで家出させてもらうわ」
「いやいや、洒落になりませんて。側室に害されそうになったとき、とか。そういう意味ですよ?」
「人生、いつどこでどうなるかわからないものよ?」
「どうしてそんな遠い目をするのですか、お義姉さま?」
なぜか空を見上げて嘆息するマルグリットであった。
彼女たちも彼女たちなりにストレスの多い生活をしているのだ。正直なところエルロイも兄たちが良き伴侶であるとは思えなかった。
「――――そんなことより、ユズリハに連絡用の鷹を預けてあります。ちゃんと定期的に連絡をよこすのですよ?」
「マルグリット姉さまだけなんてだめよ! 私にもちゃんとよこしなさい! できればお土産もつけて!」
「…………鋭意努力します」
そうして俺、エルロイ・モッシナ・ノルガード十二歳はこうして一抹の不安を感じながら遥々西の辺境を目指して出発したのであった。
――――波乱万丈を約束されたエルロイの伝説は、今日ここから始まるのである。
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