第185話 戦果、残らず
それからの戦いは一方的だった。アーティが回避盾の役目を果たしてノービストレントのヘイトを集め、流れ弾の果実をレヴィの盾が防ぎ、シャロレはウルガーと共に次々と根を断ち切っていく。
再生の速度をダメージ量が上回り、ノービストレントの動きが鈍り始めた頃、長かった戦闘は終局を迎えた。抜き身の大太刀を背負うような姿勢で力を溜めていたウルガーが、やや水平に近い袈裟斬りの一閃を放つ。
「グルルルルォォォォオ!
「ギイイイイイィィィィィィィ!?」
存分に力を込めた一撃は大木を断ち切らんばかりの勢いで食い込み、その傷跡からは燃え上がるようなエフェクトが噴き上がる。
「すごい…一撃で…」
「一撃ってわけじゃねぇさ。根っこの回復を止めたのもあるが、嬢ちゃん達がちくちくやってくれてたダメージ分は、ちゃんと蓄積してたんだろうよ」
「それでも、凄い威力に見えたわ。溜めっていうの?ランスでもできるかしら…」
致命の一撃を受けた大木は、その動きを止め、ゆっくりと傾き始めたかと思えば、やがてズン、と地響きを立てて倒れた。そのまま、薄青いエフェクトになって消え去った。
「今度こそ、終わり、かな?」
「次にまた何か出たら、もうアーティ置いて逃げるわよ…」
未だ完全には緊張を解けない状況とは言え、昼過ぎから夕暮れまで続いた連戦により疲労困憊だったのだろう。レヴィとシャロレは、その場にへたり込むように座り込んでしまった。
辺りは薄暗くなりつつあり、廃農場の隅に残してきた馬車の灯りが遠目に浮かび上がっている。少し離れた場所にも同様の灯りが見えるのは、ウルガーが乗ってきた馬車だろう。
「…で?話してくれるんだろうな?」
双剣を腰の鞘に納め、不機嫌そうに鼻先にシワをよせ、ウルガーを睨みつけながら問いかけるアーティ。遠目に馬車の光を確認し、続いてウルガーが大太刀を持つ手元へと目を向ける。その手首には鎖の外れた手枷が腕輪のように嵌っていた。
「予想はついてんだろう?」
「…まぁな」
「あの、どういうことなんですか?」
「ん?あぁ、そういや結局、こっちの嬢ちゃん達は誰なんだ?」
「この2人は…」
自己紹介を兼ねて、お互いの事情を話し合う。領主に捕らわれた自分を助けるために見知らぬ冒険者たちが動いていたことに驚いたウルガーは、レヴィとシャロレに一言詫びてから、自身の置かれた状況を話し始めた。
ウルガーの説明によれば、この廃農場の魔物を討伐に来たのはいわゆる労役の一環とのことだった。
領主の館における彼の扱いは一般的な犯罪者とは少し異なる様子で、牢に入れられることもなく、客間のような部屋に軟禁されているそうだ。普段は手枷をはめられて常に監視されている状況ではあるが、体罰を受けたり食事を制限されたりすることもない。多少の行動の制限はあれど、それ以外はごく普通に過ごしているようだ。
領主の命に歯向かった罪人のわりに厚遇されているのは、どうやら領主あるいは領主の娘の意向が働いているらしい。
また、この廃農場の討伐依頼については、ユーノが領主の許可を得てウルガーに命令したとのこと。ただ、先に廃農場に向かった冒険者が自分の目の前で取り押さえられた狼獣人と同一人物であるとは気付いていなかった模様。当然、ウルガーにも地元民の3人の冒険者、としか知らされていなかったそうだ。
本来であればガニーサックやブーズー=ビーを掃討する時点からウルガーも合流するはずだった。3人から廃農場の依頼に出発する旨の報告を受けて、ギルドの職員が領主の館へ連絡したのだが…ウルガーは二度寝した上で寝過ごしたらしい。
ユーノが手配した馬車の御者に ”準備してくる” と告げて部屋にこもったウルガーと、既に出発したものと思い込んで部屋を覗かなかった監視の衛兵と、準備に随分時間がかかるんだなぁと待ち続けた馬車の御者が、奇跡的にレヴィ達3人を危機に追い込んだようだ。
笑い話のように語るウルガーを見る3人のジトリとした視線から何かを感じ取ったウルガーは咳払いして真顔に戻り、続ける。
つまり今は生活に不自由している訳ではない。領主専属の冒険者、というよりむしろ隷属と言ってもいい状況だが、不当な扱いをされているわけでもない。長屋暮らしに比べれば今の方が快適だ。まさか一生労役に服すなんてこたぁないだろう…。
「だから、俺のことは忘れろ。嬢ちゃん達も、すまねぇな。巻き込んじまってよぉ。もう一人居るっていう…あれだ、ルイとかいう奴にも詫びといてくれや」
そう言って、話は終わりだとばかりに背を向け、ウルガーは馬車へと歩き始める。
「ちょっ、てめぇ!待てよ!タイガーファングのやつらはどうすんだよ!お前を慕って集まった奴らだろうが!」
「貧民街の人たちもよ。あなたの帰りを待ってるんじゃないの?」
「…ヌルの問題はな、ちっとやそっとじゃどうにもならねぇ。俺もあれこれ手を尽くしてはみたが、結局は無理だった。ユーノの嬢ちゃんがやってる方法も完全に間違ってるわけじゃねぇからには、逆に俺が居たらあいつらの邪魔になっちまうんだよ」
その瞬間。
夕闇に溶けつつあった灰色の長躯が跳ね上がり、くすんだ黄色の巨躯を殴り飛ばした。
殴ったアーティは一撃を加えたのみで、追い打ちをかける様子はない。殴られたウルガーは口の端から血をにじませ、よろめき踏みとどまるが、それだけだ。
荒い息を吐いて、ただ睨みつけるアーティと、視線を合わせることもなく俯いたままのウルガー。ごく短い静寂は続く怒声により破られる。
「頼られるからってか?俺が居ない方が、だと?あいつらのためなんかじゃねぇ、自分のためじゃねぇか!」
「っ!?」
「お前はただ、逃げたいだけだ。いくら頑張っても、前みたいに失敗するんじゃないかってビビってるだけじゃねぇか!」
呆然とアーティを見返すウルガー。やや口を開く素振りを見せるが、声は出ない。それは、アーティの指摘が正鵠を射たものであったことを端的に表していた。
「見損なったぜ、ウルガー。ヘタレてる今のお前なんかより、
「アーティさん」
「…シャロレ…さん…」
宥めるようなシャロレの呼びかけに、激昂していたアーティがやや落ち着きを取り戻す。その様子に安堵したレヴィも、いつもとは異なる優しい声をかけた。
「アーティ、言い過ぎよ?ウルガーさんにとって恋人を助けられなかったのは、そう簡単に立ち直れるようなことじゃないでしょうし。お姉さんを失ったあなたがウルガーさんを許して、連れ戻しに来てるのは凄く立派だと思うけど」
「失った?…いや、そりゃ間に合わなかったのはショックだろうがよ。立ち直れないほどじゃねぇだろう?それに、別にあの女は…」
「アーティ」
それまで黙って言われるがままだったウルガーが、漸く口を開いた。打ちひしがれたような表情で、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「お前の言う通りだ。俺は心のどこかで、また失敗することを恐れてたんだろうよ。だからヌルの件にしたって、何をするにも中途半端になっちまった。結果が、このざまだ。過去を引きずってるのは分かっちゃいるがな。お前にしても里のやつらにしても…アイツにも、面と向かって詫びたところで俺の中でケジメがつかねぇ。…そもそも詫びようにも、もうアイツは帰ってこねぇしな」
「アォン?帰って来ねぇのはお前じゃねぇか」
アーティの問いかけを優しい冗談とでも受け取ったのか。ウルガーは苦笑して、再びアーティたちに背を向ける。
「どの道、失ったものは戻らないし、もうヌルにしたってなるようにしかならねぇ。手下どもや貧民街の連中には苦労をかけるが、やり直しがきくのは良いことだろうさ。ま、もしもまた今度、何か頑張らないといけねぇことが出来たら、その時は俺も前向きに考えてみるとするか。嬢ちゃんたちみてぇによ」
そう言い残して、ウルガーは領主の手配した馬車へと立ち去った。
アーティを気遣ってレヴィとシャロレは声をかけることができず。
アーティ自身もどこか腑に落ちない様子で。
3人は依頼を達成した満足感とは程遠い後味の悪さと、大量のドロップアイテムを抱えてレナエルの待つ馬車へと戻っていった。
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