第176話 運なのか縁なのか


 それから。


 仲間たちはギルド依頼を、俺は個人依頼を受け続けている。エットに到着してからまだ2週間経たないくらいだろうか。貢献度が貯まっているのは間違いないんだろうけど…。いざ領主からお呼びがかかったとしても、ウルガーの助命をお願いする理由、この場合は何らかの対価とかだろうか、そういった手段は、まだ思いついていない。


「お金払うから見逃して、とか?」

「いくら払えば良いか分からんけど、領主様に歯向かった犯罪者がお金で釈放されるか?」

「じゃあ何か珍しい物あげるから交換で、とか?」

「珍しい物なー。領主様が持ってないような珍しいもの…世にも珍しい天使モドキなら一匹居るけど、さすがにウルガーとは交換してくれないだろうしなぁ」

「どこの愛くるしい天使のことを言ってるのか知らないけど、ダメに決まってるだろうね!」

「痛ひぇえよ、引っ張んな」


 今日も依頼をこなす道すがら。雑談がてらに相談しながら街を歩いていたら、肩に乗っていたエリエルが何故か俺の頬っぺたを両手でつねってくる。


 ルカが居るときはルカの頭の上がほぼ定位置なのだが、ここのところ街に滞在しているので、あまり呼び出せていない。それもあってか、エリエルは俺の肩や頭の上に乗ってることが多くなっていた。どんなからくりなのか重さはあまり感じないから邪魔ってほどじゃないんだけど。


「まぁお金とか物とかで釈放してもらっても、根本的な解決にならないからな。立ち退きの原因を解決しないと、またウルガーが揉めて捕まることになるだろうし」

「ヌルの貧民街の人たちに仕事を見つけてあげて、自立できるようにしないとってこと?」


「そだな。それにヌル全体が少し寂れてた感じだし、昔みたいに転生者が出入りしてくれたら買い物とか飲食とかでお金落としてくれて、少しは賑やかになるんだろうけど…ズルいかもしれないが天界にお願いして、転生者がヌルに定期的に集まるようなイベントを実施してもらうとか、できないもんかね?」


 まだ俺がヌルに居た時。冒険者になる前の頃だけど、クリスマスイベントでタルキー狩りをしているお姉さんたちがいた。例えばあんな風にヌル限定のイベントを開催すれば、転生者を集めるのは容易いだろう。


「んー、私もちょっとそれ思ってさ。この前教会でお祈りした時に頼んどいたよ。でも、できたとしても、たぶんすぐには無理だと思う。それに、そう何度もってわけにはいかないだろうね。ヌルばっかりエコひいきするわけにもいかないからねー」

「ま、そうだろな」


 エリエルも同じことを考えてくれてたみたいだ。ダメっぽい予測の部分まで同じ意見みたいだけど。寂れた村や街は世界のどこかに同じように在るだろうし、天界がヌルだけを優遇する理由も無いだろう。困ったときの神頼み、とはいえど、まずは自分たちで何とか努力してみないといけなさそうだ。


「そういえばユーノの立ち退き手続きが進んでるんでしょ?受け入れ先も見つかったとかいう話だし」

「それなんだよなぁ」


 数日前のことだ。アーティが冒険者ギルドの依頼を眺めていると、討伐依頼の中に見慣れない依頼を見つけた。依頼の内容は廃農場の魔物討伐で、良く見ると依頼人がユーノだった。不審に思い、マイリーさんに少し調べてもらったそうだ。


 マイリーさんは商人ならではの情報網を持っているようで、そういったことが得意みたい。商店の店員さん達の協力もあったみたいだけど、あっという間に背景を調べ上げてきた。


 集まった情報によると、ユーノはヌルの貧民街の住人たちの引っ越し先として、エット近郊の廃農場を選んだようだ。


 それなりに大規模な農場で、昔はエットに野菜や畜産加工品を供給していたらしい。過去に魔物の襲撃に遭ってからは放棄され、今は管理人のような人だけが近くの小屋に住んでいる模様。その廃農場から魔物を一掃して、ヌルの人たちの引っ越し先にしよう、というわけだ。


「早くしないと、ウルガーを解放してもらう前に、ヌルの人たちがお引越しさせられちゃうんじゃない?」

「いや、廃農場の討伐にはそれなりに時間がかかるみたいだ」

「何で?エットには冒険者の人たちがたくさんいるじゃん。速攻で誰か引き受けて、パパッと終わらせちゃいそうじゃない?」

「依頼を受注する冒険者の条件に、"地元民に限る" って書いてあるんだと」

「えぇえ…」


 この数週間滞在してみて改めて実感したのだが、エットには入れ替わり立ち代わり、多くの転生者たちが訪れている。


 この都市は確かに規模が大きいけど、転生者の多くが序盤に通り過ぎたであろう街だ。先のエリアに進んでいるはずの冒険者たちがわざわざ戻ってきてまで訪れるほどの理由もないと思うんだけど…。ここでしか手に入らない、限定版の人気スイーツでも売ってるのか?


 それはともかく、冒険者自体は充分すぎるほどに滞在している。しかし、転生者が圧倒的に多く、地元民の冒険者は少ない。うちの3人でさえ珍しい方じゃなかろうか。


 ユーノが転生者のことを良く思ってないのは直接聞いたし、一応言うだけ言ってはみたけど、やっぱ考え方ってそう簡単には変わらないんだろうな。地元民に限る、なんて条件が付いてたら、この依頼を引き受ける冒険者はなかなか現れなさそうだ。…となると…ふむ。みんなには一応、可能性だけでも伝えておいた方がいいのか?


 なお、あの日以来、落とし物を届ける依頼は回避している。また絡まれたら面倒だってのもあるけど、妙な噂を流されるのはまっぴら御免だ。これ以上落とし物を届け続けて、ユーノに付きまとう不審者として俺が犯罪者扱いされても嫌だし。他の依頼のついでにこなせるので貢献度的にも美味しいクエストだったのだが仕方ない。


「まぁ廃農場の魔物討伐は時間がかかるにしても、このままだと領主様の呼び出しもそう遠くはないと思うよ?」

「みんな頑張ってるからなー」


 アーティは毎朝マイリー商店に顔を出している。依頼の方はレベル的にも体力的にも問題は無さそうだけど、さすがに毎日毎日同じような討伐クエストを受け続けるのは精神的に疲れるみたいで、依頼の進捗報告と同時に俺に愚痴る日が増えてきた。そんなときは…。


「大体よぉ。こんなこと続けてて、本当に領主に会え…」

「今日も頑張ってくださいね」

「シャロレさーん!僕、頑張っちゃいますよー!!」


 シャロレが一言で追い出すようになっていた。アーティの扱いが更に雑になってきたというか何というか。まぁ慣れてきたのは良いことだけど。


 そんなシャロレの方は問題なさそうだ。毎日同じような仕事で飽きるかと思いきや、苦にならないらしい。採取や狩猟の腕があがるだけでなく、少量ながら経験値も入ってレベルアップできているのが嬉しいらしい。


 元々自分に自信が無いタイプだっただけに、努力して成長できることにはコツコツ真面目に取り組めるようだ。受験勉強とか得意そうなタイプだな。

 

 レヴィはマイリ-商店に帰って来ない日が増えた。馬車を使ってエンや、時にはヌルまで、泊りがけで配達というか輸送の依頼を受けているみたいだ。


 なおレヴィのレベル的にこの辺での活動に危険は無いのだが、念のため遠くまで行く時にはレナエルが護衛についてくれている。魔物は全く問題ないのだが、たまにレヴィに言い寄る野郎共が現れているようだ。その度にレナエルによってトラウマを植え付けられているという噂だけど。…どんな対応してるんだ?怖くて聞けそうにないが。


 そんな雑談をしているうちに、エットを貫いて流れる川へと到着。


「貢献度貯める方だけが順調過ぎるのもなー。どうしたもんかねぇ」

(ポチャン)

「真剣に悩むフリをしながら、今日も釣りを始めるのもどうかと思うよ?」

「依頼のついでだよ、ついで。考え事をするにはちょうど良いんだ。ウグイも釣れるし」

「昨日もそんなこと言って、ゴミばっかだったじゃん」

「川の掃除も兼ねてんだよ」

「やっぱ街のボランティア妖精じゃん」


 エリエルにはそういったものの、今日こそウグイを釣り貯めしてやるつもりだ。

マイリ-商店では何だか家事をする気になれなくて、掃除もできず、洗濯もできず。少しフラストレーションが貯まってきていたところ。そんな理由もあって最近は、個人依頼用のゴミ…ではなくウグイ釣りをする時間が増えていた。


 それが良かったのかもしれない。


 巡り合わせは運なのか、縁なのか。


「やぁ、ルイくん。久しぶりだね」


 急に声をかけられて驚いた。振り向くとそこには、日焼けした浅黒い肌。ポケットの多いベストに、厚手のズボン。見知った顔の釣り人のお兄さんが立っていた。

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