第177話 再会


「バクチョウさん!」

(ポチャン)

「こんなところで会うなんて、奇遇だね」

「このお兄さんも、久しぶりに会ってお話を始めるより先に釣り始めてるし…」

「エリエルさんだったかな?すまないね。僕にとって釣りは、息をするより自然な行為なんだよ」


 相変わらず、近所の優しいお兄さんといった感じだ。前に会った時よりも日焼けしたのか、顔や腕の皮がむけてボロボロになっている。黒と肌色がまだらになってて痛々しいけど、ちょっと男らしいというか精悍な雰囲気が漂っている。


「バクチョウさん、焼けました?」

「そうなんだよ。職業柄、年中日焼けしてるんだけどさ。ほら、例の新エリアのせいで」

「新エリア?」


「おや?知らなかったかな?今まで僕らが活動していた、ここノルドエリアの南の、ハサルラートエリアが解放されたんだよ。広大な砂漠が広がっていてね。エットから見て南東にある砦を越えると入れるんだけど」

「あぁ!新エリア!」

「ルイ…忘れてたでしょ?レナちんに叱られるよ?」


 エットに来る前…。確か、ヌルに向かう途中の道でレナエルに教えてもらった気がする。レベルキャップの解放と、新エリア解放のお知らせがあったとか何とか。


「どうやら忘れてたみたいだね?ふふ、君は前に会った時も情報にうといような感じだったけど、相変わらずのようだ」

「すみません。レベルも低いしのんびり周ってるんで、最前線の状況は俺には関係ないかなーって思うと、つい」

「いや、のんびり巡るのもまた良し。フナに始まりフナに終わるように、物事には順序というものがあるからね。急ぐ必要はどこにもないさ」


 そう言いながら早速竿を上げ、ウグイをクーラーボックス風の箱にしまい込むバクチョウさん。マジックバッグなんだろうな、あれ。肩ひもを付ける位置が微妙にずれてるし、たぶんお手製なんだろう。既製品にない違和感があるけど、バクチョウさんには似合ってしまうから不思議だ。


 相変わらずの物腰の柔らかさ、釣り好き、釣り上手。突然の再会ってのもあるけど、久しぶりに変わらない姿を見ることができた時って、何で嬉しくなるんだろう。


「でも砂漠とかって、釣りしてないと生きていけなさそうなお兄さんには無縁の場所じゃないの?」

「いやいや、とんでもない。情報ではオアシスがあるのは間違いなさそうだし、未確認だけど砂の中を泳ぐ魚とか、そんなのもいるかもしれないよ?常在釣場。君たちも釣り人なら、いついかなる場所においても釣りができる可能性を求めなきゃ」

「ねぇルイ?釣り人になるのって、結構大変なんだね」

「今の話を聞いたら大変そうだけど、バクチョウさんのはちょっと意識高めな釣り人達の話だと思うぞ?」


 普通は砂漠と聞いて、よし釣りに行くかって思考にはならないと思うし。


「でもそれならハサルラートじゃなくて、なんでこんなところに?バクチョウさんだけじゃなくて、エットではやたらと転生者を見かけますけど…」

「あぁ、なるほど。まずそこから疑問なわけだ。それはね…」


 バクチョウさんの説明によると、転生者がエットに多いのは幾つかの理由があるらしい。


 まず、エットの地理的な要因。この街はメインルートの分岐点になるだけあって、各地へ向かう中継点のような扱いになっているそうだ。つまり、この街を起点に西へ、東へ、南へ向かうことが出来るため、待ち合わせや買い物などのさまざまな用途で位置的に便利なんだとか。


 さらに今は時期的な要因もあるとのこと。新しく解放されたハサルラートは、エット南東の砦から向かうことになる。途中に点在する村や街は小規模なものが多いため、あれこれ物資を揃えようとした時にはどうしてもエットまで戻らざるを得ないみたい。つまり、新エリア解放というタイミング的にも、エットを利用する転生者が増えているんだとか。


「そんなわけでね。僕も食料や消耗品を補充しようとエットまで戻ってきたんだよ。用事を済ませて砂漠に再挑戦しようとしてたんだけど、ふとその前に川の水を汲んでおかないといけないことを思い出したんだ。それで、桟橋まで来たら懐かしい竿があるじゃないか。思わず声をかけてしまったってわけさ」


 ローブをすっぽり被っていたのに、どうして俺だとすぐに判ったのか疑問だったんだけど。どうやらバクチョウさんは顔や姿ではなく、竿を見て俺だと見破ったらしい。


 確かに今、釣り糸を垂れている竿は、以前バクチョウさんと会った時に使っていたものだ。バルバラの家に居た時に作ったお手製の竿だから、ちょっと特徴的ではあるけど…他の人の竿とすぐに見分けがつくほど目立ってるわけではないと思うんだが。認識阻害のネコミミローブも、釣りバカには通用しなかったようだ。


「じゃあ本当にタイミングが良かったんですね。久しぶりに会えて嬉しいです」

「僕もだよ。あれからどうしてるかなって心配してたし。砂漠に人を待たせてなかったら、もっと話をしてたいところなんだけど…」

「あ、じゃあゆっくりできませんね」


「ちょっと待たせるくらいなら良いんだけどね。向こうの環境がかなり過酷なんだ。昼は灼熱、夜は極寒。身体を冷ますための飲料とか、逆に温めるための食事とかが重要でね。不足したら、すぐ命取りになるんだよ。だから、エットで集めた物資を早く届けてあげないといけなくって。まあ川の水も、その一つなんだけど」


 そう言いながらバクチョウさんは竿を上げ、またもウグイをクーラーボックスに放り込む。再び新しい釣り糸を垂れると、今度は竿を桟橋に固定して川の水を汲み始めた。


「お兄さん…川の水…飲むの?」

「あっははは!もちろん、そのままは飲まないよ。加熱して蒸留するんだ。僕たちの元の世界では、蒸留水を作るには水も燃料も大量に必要だから大変だったけどね。この世界では簡易錬金の手法で、結構簡単に作れるから」


 バクチョウさんいわく、蒸留した水をさらに簡易錬金して砂漠専用の飲料アイテムにしたり、料理アイテムの素材にしたりするそうだ。飲料アイテムは製作過程が純粋な料理とは微妙に異なるようで、地元民と違って料理が不得意な転生者でも、それなりの品質のものが出来上がるらしい。


 ただ、暑さ寒さ対策の効果だけを目的とした「アイテム」なので、味はお察しだそうだ。本当は同じ効果がある、ちゃんとした飲み物や食べ物を持ち込みたいけど、まだ地元民に作ってもらって流通させるまでには至ってないんだとか。新エリアへの挑戦は準備だけでも大変みたいだ。


「まあ必要最低限の準備だけなら大した手間でもないよ。いざとなれば取引所でも買えるからね。問題は、取引所でも扱ってないような物なんだ」


 新エリア解放に伴って、需要が高まっている物があるそうだ。ポーションなどの回復薬はもちろんのこと、例えば美味しい料理なんかも過酷な環境での心のより所となる。そんな嗜好品や必需品を中心に、いくつかのアイテムの価格が高騰しているんだとか。さらに…。


「あとはそうだね…暑さ寒さもそうだけど、砂漠は乾燥がひどいから肌荒れがひどくってね。僕も日焼けには慣れてる方だけど、目とか鼻とかつらいし、唇とかもガサガサになって大変だよ。女性の冒険者なんかを中心に、砂漠には行きたくないって駄々をこねるメンバーも出始めて困ってるって、知り合いのクランリーダーがぼやいてたよ」


「水を飲んだりとかじゃダメなの?」

「水分を補給するだけじゃあね。飲み過ぎるとお腹もタプタプになっちゃうし。口の端とか切れて痛いから、せめてリップクリームとか塗り薬でもあれば良いんだけど」

「乾燥…塗り薬ねぇ…。………それだ。それ!良いんじゃないか!?」

「何なに?急に大声出して。びっくりするじゃん」

「ルイくん?どうしたんだい?」


 欠けていたピースが、ぴったりはまった感じだ。これがうまくいけば、ヌルの問題は解決するかもしれない。


「バクチョウさん、ありがとうございます。おかげさまで何とかなりそうです!」

「え?あぁ、うん?よく分からないけど、僕の話が何かの役に立ったのなら何よりだよ?」


 川の水を汲み終わったバクチョウさんの手を握って激しく上下に振り、水しぶきを飛ばしながら感謝を伝える。追加で幾つかの質問と、お願い事。突然のことにバクチョウさんはやや戸惑ってたけど、快く引き受けてくれた。


 慌ただしくて申し訳ないけど、急にやることが増えてしまった。次に会えた時は一緒にゆっくり釣りましょうね、と約束して別れた。

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