第174話 噂の冒険者


「ユ、ユーノ様!?」


 声がした方へ視線を向けると、格子状の門の向こう、館の敷地内に小柄な女の子が立っていた。女の子が現れた地点のすぐ横には門番の待機小屋があり、その影から姿を現したように見える。門の外からは死角になっていて、気付くのが遅れてしまった。


 シンプルなデザインだけどつやつや光る布地。細部の装飾も控えめながら凝った造りで、明らかに平民とは違うと判る。上質だけれども贅沢とまでは言えない、そんなドレスを身にまとい、両手を腰にあてて胸をはっている。少し膨れた頬が赤いのは怒りのせいか、羞恥のせいか。少なくとも、表情やポーズからはお怒りのご様子だ。


「こ、これはですね。ユーノ様が如何に領民のために日々努力されているかを、この冒険者に…」

「言い訳無用ですわ。確かにわたくしを褒め讃えるお話もありましたが…半分くらいは、その…ちょっとした手違いの話しだったじゃありませんか」

「いえ、それはその、ユーノ様の愛らしさを…」

「馬車のステップを踏み外してスネとおでこをぶつけたエピソードは愛らしくありません!!」

「も、申し訳ありません!」


 いや充分愛らしいけど。しかもそれ、結構最初の方で話してたし。ずっと立ち聞きしてたのか?それはともかく。この場に留まるのは危険な香りがするし、とっとと退場した方が良さそうだ。


「じゃ、俺はこれで」

「お待ちなさい」


 …と思ったのだが手遅れだったようだ。軽く頭を下げて素早く立ち去ろうとした俺を呼び止めるユーノさん。けれど、その後は言葉を続けることなく、何かを言いよどむ素振りを見せている。今のところユーノさんに用は無いし、面倒なことになりそうだからお関わりになりたくないんだけどな、とは思うけど無視するわけにもいかない。


「…何でしょう?」

「貴方。最近、私の落とし物を毎日届けにきている冒険者ね?」

「えぇ、まぁ、そうですが」

「入りなさい。少し話を聞かせていただくわ」

「あ、そういうの結構なんで。それじゃ」

「お待ちなさい!そういうの、ってどういうことですの!?」


 右手をシュパッと挙げて爽やかにおいとましようとしたのだが、逃げられそうにない。門番がスピーディに扉を開けているが、ホッとした表情をしているのに気付いた。ターゲットが自分じゃなくなったからって安心してるな?ちくしょう。


「依頼の途中なんですけど」

「それほど時間はかかりませんわ」

「話し相手なら、こいつ置いていきますから。よくしゃべりますよ」

「ルイ!?こいつって言った!?あたしのこと、こいつって!物みたいに!ひどーい!エリエルだよエリエル!長年連れ添った相棒の名前を忘れちゃったの!?さぁ、いつもみたいに甘くささやくが良いよ、リピートアフタミー、はい!エ、リ、エ、ルッ!」

「…ね?」

「ね、じゃありません!私は、貴方から、話を聞きたいのです。これは命令です。お二人とも、いいから早くいらっしゃい!」

「はぁい」

「何であたしまで…」


 どうやらお話は避けられないようだ。ユーノさんも領主一族だし、下手に逃げてトラブルになっても後々面倒だろう。ここは嫌々ながらも付いていくしかない。


 通されたのは庭の一角だった。手入れの行き届いた植栽に囲まれた、芝生のお庭。ちょっとしたパーティくらいはできそうな広さだが、今はテーブルなどが置かれることも無く解放され、庭本来の美しい様相を呈している。


 ただ隅の方に、品の良いガーデンテーブルと椅子が4脚だけ残置されている。一人で本でも読んだり、少人数でお茶したり、のんびり過ごすのにちょうど良さそうな感じのスペースだ。


 ユーノさんはおかけになって、と俺たちに言うと、テーブルの側に控えていた使用人に何事か指示していた。座ってしばらくの間ユーノさんは口を開くことも無く、俺たちの様子を観察するかのように視線を飛ばしてきている。のだが。


 俺は当然、場をつなぐ話題を振るようなスキルは持ち合わせていない。視線を無視して何となく庭を眺めつつ居心地の悪い時間を我慢していると、お茶が運ばれてきた。使用人の方々が一礼して場を離れると、ようやくユーノさんが口を開いた。


「さて、ルイさんとエリエルさんでしたわね?改めまして、わたくしはユーノ。領主の娘ですわ」

「何で俺たちの名前を?」

「先程そちらの天使様がおっしゃってたでしょう…」


 ちょっと疲れた感じのユーノさん。どうしたんだろう。毎日頑張ってるからだろうか。


「はぁ。貴方たちとお話をしていると長くなりそうです。わたくしも忙しい身ですから、簡潔に質問に答えてくださいませ」

「…の割りに、長々と立ち聞きした挙句にお茶に誘ってるわけだが」

「何か?」

「いえ、別に。ところでご用件は何でしょう?」


 口の中でつぶやいたのだが、しっかり聞こえていたようだ。単に聞き取りにくかったわけじゃないというのは、ジト目がちなユーノさんの表情で判る。確かに、いちいちツッコミを入れてたら話が進まないし、さっさとお暇したいところだ。余計なことは言わないことにするか。


「まず、何故わたくしにつきまとうのですか」

「は?」

「毎日毎日わたくしの持ち物を探し歩いて、恥ずかしくありませんの?」

「待て待て待て!俺は、いや私は他の依頼のついでに貴方の持ち物を拾ってるだけで、わざわざユーノさんの落とし物を探してるわけじゃありませんよ!」

「その言葉、本当ですか?他の依頼をこなす道すがらにそんなに私の物が落ちている、とでも?」


 言われてみれば、もちろん不自然だろうとは思う。


 エリエルの ”こうりゃくまにゅある” に従って依頼をこなしているため、俺はある程度ユーノさんの持ち物がどこに落ちているか見当をつけて移動している。そのため高確率で拾うことができているわけだが、エリエルの誘導無しではこれほど見つけることはできないだろう。けれど、それを正直に話すわけにはいかない。


「毎日毎日、様々な個人依頼を受けて、街の中を走り回ってますから。人よりも多く発見する機会があるのでしょう」

「それだけで見つかるものかしら?」

「加えて、ユーノ様はたくさんの物を失くされておられますので、街を歩けば落とし物に行き当たると申しましょうか」

「うぐ…」


 まぁユーノさんのせいだけではなく、お付きの人がどこかに忘れてきたり、猫がくわえて持っていってしまったりという、本人のせいではないケースも多いみたいなのだが。


「ま、まぁ、その説明に納得してあげないこともありませんわ。貴方がわたくしに好意を寄せているという噂もありましたから、真偽を確かめる必要もありましたし。それは良いとして…」


 おい。良いとして、じゃない。良くないぞ。俺の知らないところで、何かとんでもない噂が流れてるじゃないか。どこで?誰が?あの話好きの門番か?あいつなのか?小さな女の子に好意を寄せて落とし物を集めるって、ほぼ変態じゃないか!とんだ風評被害だ。


 少なからず衝撃を受けて顔を引きつらせている俺を気にする様子も無く、ユーノさんは俺の腕輪に視線を向け、話を続ける。


「貴方たち転生者は、地元民に迷惑をかけているという自覚はありますの?」

「うん?」

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