第173話 エットの人々の依頼(その3)


「お?今日はニワトリか。猫よりはマシだな」


 エットでのクエストを開始してから1週間ほどが経過した。相変わらず個人依頼を周回してるけど、微妙にバリエーションが豊かなので、楽しめてはいる。


 例えば今は民家の屋根の上でニワトリを捕獲しているところだ。「逃げた〇〇を捕まえて!」という名のこのクエストは、きょろきょろと何かを探している様子の女の子に話しかけることで発生する。


 逃げた生き物は日によってニワトリだったり、猫だったり、犬だったり豚だったり。ニワトリか猫なら近所の家の屋根の上に居るし、犬と豚の場合は近所の家の裏庭に居る。なお、猫は逃げるので厄介なのだが、ニワトリは襲い掛かってくるので逆に捕まえやすかったりする。


 強襲してきたニワトリのクチバシを回避し、一瞬で回り込み、背後から両手で挟み込むように抱き上げる。ふふふ。この持ち方ならば口も足も出まい。


 三角屋根の上は足場が悪いけど、慣れたものだ。両手がふさがっているので屋根からひさしへ、庇から塀へと小さくジャンプを繰り返して地上へ飛び降りる。捕まえたニワトリを無事、女の子に引き渡し、次の依頼へ。


 ゲームならば同じ人に同じ依頼をされ、同じ解決方法でクエストを達成するのが一般的だけど、この世界では人々が意志をもって生きている。そのため依頼にも不自然過ぎない程度に変化が起きるのだ。逃げる動物も毎日異なるし、人々の落とし物、兼、お届け物もバリエーションが豊かだったりする。


「ルイ、あそこ!帽子が引っかかってるよ。…帽子で良かったね」

「この前は肌着だったからな。あれは流石にハードル高いわ」


 ニワトリが居たのとは違う建物の屋根の上に、風で飛ばされたと思われる帽子がひっかかっていたので、ついでに回収。


 先日の落とし物はキャミソールのような形をしている肌着だったから、気持ち的に大変だったのだ。ツルツルした手触りで、レースの装飾が付いていて、高級感抜群。俺と同じくらいの年齢の女の子が身に付けてそうなほどサイズ的には小さい。


 エリエルの攻略本にレアケースとして記載があるため、明らかに届けるクエストだと分かっていても、手にするのは少し躊躇ためらわれるブツだ。なお他には手袋片方、靴下片方など。手袋とか靴下とかペアの物って、何で片方だけ道に落ちてるんだろね。どんなシチュエーションで落としたのか、見かけるたびにいつも気になる。


「帽子なら嗅がないだろうし」

「肌着も靴下も嗅がないぞ!?」

「まぁ流石にルイでも…待って。手袋は?」


 なお落とし主は全てユーノさん。何でそんなにあれこれ持ち物が落ちているのかという点については、一応理由があるらしい。


 エットに到着した転生者たちは、領主や教会の偉い人など、重要人物と面識を得ることでルートが派生していく。逆に言うと、偉い人たちは冒険者と何かしらの縁が生まれやすい運命にあるそうだ。


 例えば普通に自分から護衛や配達など依頼する場合もあれば、偶然魔物に馬車が襲われて転生者に助けられたりもする。…屋敷で雇っているメイドがうっかり洗濯物を風に飛ばされて、失くしたりすることさえあるらしい。それらのほとんどが、転生者との縁を結ぶことに繋がっていくそうだ。


 ただ、ユーノさんの場合はレナエルの知識に無い依頼も多かった。エリエルからの報告を受けて熟考したレナエルが、”つまり、半分くらいは天然の…いわゆるドジっ娘ですね” という結論を導き出した時には不憫ふびん過ぎて涙が出そうになった。間の悪い星の元に生まれた身としては、ナチュラルに不運な目に遭うユーノさんに親近感を覚えざるを得ない。


 雑談しつつ移動して、枯れ井戸のそばの魔道具屋さんへ到着。


「今日は坊やのおススメでいいわ。…あの人、何か言ってた?」

「いつもありがとうって言われたから、魔道具屋のお姉さんの依頼だよって返事しといたよ」

「…そう」


 気だるげなお姉さんが頬を染めて視線をそらす。言葉は素っ気ないけど、照れてるのが態度で丸わかりだ。この妙に色っぽいお姉さん、パン屋の真面目そうな青年のことが好きみたい。本当は自分で買いに行きたいけど恥ずかしくて、冒険者に依頼しているようだ。人は見かけによらないというか何というか。


 なおこの会話、まるで挨拶をしながら通り過ぎるかのように依頼を受けている。普通に考えればちょっと失礼な対応だけど、それが許されるくらいの仲にはなったんだと思う。


「おう坊主。今日のツマミは何だ?」

「干し肉だよ」

「またかよ!たまには違うモン持ってこいや」

「…って言いながら、結局受け取るんじゃないか」

「ツマミにゃ違ぇねぇからな!ガッハハハ!」


 続いて広場へ。いつものベンチに陣取っている酔っ払いドワーフには、前日のゴミ回収の報酬で貰った干し肉を渡している。エリエル曰くウグイの塩焼きでも良いみたいだけど、ウグイは狙ってると意外と釣れない。


 昨日は4連続でゴミが釣れた時点で、諦めることにした。物欲センサーって実在するよね。…くそう。今日こそはウグイが釣れるまで粘ってみるか?割と真剣に悩みながら次の依頼へ。


「ルイ先生、お待ちしてました!今日の成果を見てください!」

「分かったから、その先生ってのやめてくれよ…」


 見習い錬金術師の青年は、何故か俺から錬金術を教わるようになっていた。最初は陽光草を受け取って報酬の劣化ポーションを渡してくるだけの、気の弱そうなお兄さんだったのだが、今はいきなりツンとする匂いの劣化ポーションを押し付けてくる不審者になっている。


 匂いだけで失敗作と分かるけど一応色を見て、光に透かし、失敗した原因と思われる部分を教えてあげる。なお失敗作を捨ててくる依頼は健在なので、そのまま腰に吊り下げる。匂いが染みそうだからカバンには入れたくないし。


 錬金術について教えるのは良いんだけど、俺の姿を見かけた瞬間、久しぶりに主人に会えた犬のようなすごい笑顔。かつ猛スピードで駆けてくるのは本当にやめてほしい。こんな展開もあるの?って聞いたら ”また貴方は…” ってレナエルが頭を抱えていた。


 …俺のせいじゃないよね?なお青年は教えても教えても、何故か錬金術の腕前が上達しない。レナエル曰く、自らが望む運命を切り開くために、人よりも少し多めの努力が必要なタイプなんだとか。いつか報われると信じて頑張って欲しい。


 運命といえばーーー


「お?今日は帽子か、ありがとう。いやー、ユーノ様の落とし物がだいぶ集まったよ。ルイくんだったね?君には感謝しているよ」

「ついでですからお気になさらず。でも、だいぶってことは、まだあるんですか?」

「まだまだあるよ?というか、昨日も視察から帰って来られた時に髪留めを無くしておられたからね」

「キリがないじゃないですか…」


 領主の館の門番をしている衛兵に落とし物を届ける。ほぼ毎日通っているので、彼ともすでに顔見知りだ。門番はヒマというのもあるんだろうけど、落とし物を届けるたびに話しかけてくるようになったので、毎回少しだけ雑談に付き合っている。


 彼曰く、ユーノさんは真面目な人で、今も領内の街のとある問題を解決するために日々頑張っているのだとか。…たぶん、ヌルのことなんだろうな。


 如何に頑張り屋なのか熱く語ってくれるのは良いんだけど、所々に微笑ましいエピソードが混じる。半分はドジっ娘属性のせいなんだろうけど、残りの半分がちょっと気になる。


 転生者は冒険者、冒険者と関わると言えば依頼、依頼と言えば何らかの問題の解決、ということになる。転生者と関わる運命にあるということは、何らかのトラブルに巻き込まれやすい体質と言えるのかもしれない。生まれつきそういう運命にあるというのは何かと大変そうだし、偏見とかもってしまっても仕方ないのかもしれない。


 彼も熱心に話をしていたし、俺もちょっと余計なことを考えていたせいで注意力が不足していた。


「仕事中のおしゃべりは関心しませんわね」


 衛兵の背後から小柄な女の子が近づいてきているのに、気づかなかったのだ。

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