第164話 今から本気出す

 状況的に、ちょっとマズいかな、とは感じていた。けれど、それでも大丈夫だろうとどこか楽観的に考えていた。だから明らかにこちらの存在を看破して声をかけられたのは、今でも信じられないくらいだ。認識阻害を見破るアイテムやスキルといったものが存在するということだろうか。


 ただ、仮に向こうにこちらの存在がバレたのだとしても、現状では身動きのとりようが無い。動いたり声を発したりすればこちらの位置をより正確に伝えることになるだろうし、相手のことが何も判らない状態で先制攻撃を仕掛けるのは危険だろう。ここは黙って、逃げの一手か?


 そう結論を下して身を低くし、どのタイミングでどちらへ逃げるか考えを巡らせていたのだが。ふと、先程の声をどこかで聞いたことがあることに気づいた。


「このような夜更けに、宿の裏口で息をひそめているとは。さては賊の類だな?」


 この張りのある声…宿の入口でぶつかりそうになった人じゃないか?名前は確か…シェリーとかいったはず。聞いた話では、宿の亭主に俺のことを名前付きで質問してたとか。くそっ、俺を探してる人だとしたら最悪じゃないか!でも確か礼儀正しい人、とも言ってたし。ひょっとしたら話せば分かるかも…。


「っ!?」

(ザンッ!)


「ん?外したか?賊のくせに中々の手練れだな」


 おぉい!いきなり斬りつけてきやがったぞ!礼儀正しい人とやらはどこへ行ったんだよ!距離があったのと、もったりとした白い霧に突然の動きがあったのとで何とか気づけて回避できたけど、危うく悲鳴をあげるところだった。


 けどおかげで、確信が持てた。俺がすぐに飛び退いたせいでまた霧の中に沈んだけど、一瞬見えた全身は確かにシェリーさんだった。


「あの方が滞在された宿で盗賊行為を働こうとは、不届き千万。麦の灯りの守護者たるこの私が、亭主に変わって成敗してくれる!」

(っく、おぉ!…うぉ!?)


 言い終わるか言い終わらないかというタイミングで、シェリーが殺到してきた!大股で踏み込みつつ斬り上げてくる剣を、慌てて杖で受け止める。下段から物凄い衝撃が伝わってくるものの、ダメージは無い。しかしどういうわけか、俺の身体がグイッと浮かされてしまった!続けざまにシェリーが攻撃をつなげてくる。


「春二番!からの、玉風ぇ!!」

「くうっ!?」


 二連撃、からの剛撃。浮かされて無防備になったところに連撃、強撃が流れるように襲い掛かり、為す術も無い。これは…コンボってやつか!?


 対戦格闘やアクションRPGなど様々なゲームにおいて、技と技をつなげて繰り出すことをコンボという。複数の技を組み合わせて一つの技のように、一連の流れで繰り出すのだ。そうすることで技の待機時間クールタイムを考慮しつつ効率よく火力を出したり、攻撃の隙を無くしたり、敵を無防備にして反撃を封じ込めたりする。


PvE(プレイヤーバーサスエネミー:対魔物戦闘)はもちろん、特にPvP(プレイヤーバーサスプレイヤー:対人戦)においては必須の技術といえるんだけど…自分で実際に食らってみると厄介だなこれ!


「ふむ?これも全て防いだか。なるほど…さては、特殊イベントといったところか?おかしいとは思っていたのだ。これほどに通い詰めたにもかかわらず、麦の灯りの主人は心を開いてくれなかった。恐らく、ここで賊を捕らえて突き出せば、新たな展開が待っているに違いない」


 …何か都合のいい解釈をしているな?俺を捕まえて宿の主人に突き出しても、たぶん困惑するだけだと思うぞ?盗賊と勘違いしてるだけなら説得にも応じてくれるだろうから、試しに話しかけてみるか。


「さぁ、大人しくお縄につくが良い。安心しろ、峰打ちだ!」

「いや、それ両刃の剣だよねっ!?」


 シェリーが使っているのは刀ではない。両手持ちの西洋剣で、直剣の両方に刃がついている。峰自体が無い以上、手加減を目的として刃のついてない方で斬るとか、できるわけもないのだ。あまりの物言いに、ここまでせっかく黙って耐えてきたのに、思わず声に出してツッコミを入れてしまった。


「ようやく声を聞かせてくれたな、ローブの小男!」

「俺は盗賊じゃない、話を聞け!」

「賊は皆、そう言うのだ。大人しく捕まりさえすれば、あとで話を聞いてやる!」


 再び始まる猛攻撃。どうやらシェリーは風属性の両手剣を使っているようだ。。攻撃を繰り出すタイミングでカッコいい技名を叫んでるけど、モーションとしては2連撃や大振りの強撃に近い。ただし通常の2連撃などとは異なり、剣が風を纏って速度や威力を増しているような感じがする。


 攻撃パターンを注意して観察してみると、俺の位置を見失った瞬間に範囲攻撃のスキルを繰り出して、当たった感触があった場所で見当をつけているようだ。普通に剣を振ったり突き出してきたりすることはほとんど無くて、多彩なスキルを次々と繰り出してくる。これが転生者の戦い方ってわけか…。


「どうした!攻撃してこないのか?見たところヒーラーのようだが、マナボールを飛ばすなり何なり、攻撃手段は、あるだろう!」

「ちょっと!!黙って聞いてれば、ひどいじゃん!」

「む?」

「お、おい!?」


 他人から見えないモードになって隠れているよう指示していたのだが。エリエルが突然、俺たちの戦闘に割り込むように飛び出してきて、スキルを連発していたシェリーの鼻先に陣取って苦情を入れ始めた。


「盗賊なんかじゃないって言ってるでしょ!それに、あたしみたいな天使が同行してるんだよ?盗賊とかの悪いやつじゃないに決まってるじゃん!」

「天使…だと!?」


 手のひらサイズとはいえ、エリエルの見た目は天使と言われれば10人中4人くらいは信じてもらえそうなくらいの容姿をしている。そのため多少の効果はあったのだろうか。シェリーは驚き、剣を下げ、攻撃の手を止めた。おぉ!今日は珍しく役に立つ方の天使じゃないか!あとで2~3秒くらい褒めてやらんと…。


「いや…待て。この香り…ねっとりと甘いのに、それでいてしつこくない。まるで花の蜜を砂糖で溶かしたかのような…まさか…貴様等…ハチミツパンを口にしたな!」

「えぇえ!何でバレたの!!」


 確かにエリエルは、宿を出る直前にハチミツパンを食べていた。シェリーの鼻先に飛んで行ったときに匂いでもしたのだろうか。


 それを嗅いだシェリーの反応は劇的だった。わなわなと震えながら、鬼の形相へと変貌を遂げる。


「金品を狙うだけならいざしらず、あの御方と宿の主人が心を込めて生み出した至高のパンに手をかけるなど…私でさえ販売初期に食べて以来、久しく口にしていないというのに!!貴様等は…断じて許しはしない…絶対にだ!!!」


 放たれる殺気が半端ない。今までは確かに手加減してたんだろうなっていうのが、嫌になるほど分かってしまう。これ、あれだ。もう光弾も虫笛も効かないってやつだ。説得するとか、そんな状況じゃない。


 エリエルにはあとで2~3時間説教をくれてやるとしても、だ。倒せそうにない中ボスが、さらにパワーアップした感じなんだが。どうやってこの窮地を切り抜けようか。ていうかこれ、ちゃんと逃げれる系のボスなんだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る