第163話 夜霧の中で
単純な話だ。転生者たちにはレヴィやシャロレ、アーティといったメンバーについては知られていない。なので、そのまま出て行ってもらっても全く問題ないのだ。
ただ俺の場合は髪の色がバレてるくらいだし、身長とかの容姿についても情報が洩れ伝わっている可能性がある。ローブの認識阻害も何らかの手段で無効にする手段があるかもしれないし、ここは慎重を期すべきだろう。
そこで、みんなには表から普通に出発してもらい、転生者たちの目を引いている間に、俺が裏口から出るという作戦を提案した。
案の定シャロレが心配して反対したが、馬車よりルカ単騎の方が圧倒的に速い。お互いにとって、むしろ安全な策なんだということを説明してどうにか納得してもらった。いざ戦闘となればみんなに居てもらった方がいいかもしれないけど、逃げるの前提なら身軽な方が良いだろうし。
「転生者って、宿の入口の向こう正面に1人居るのと、表通りの右と左に1人ずつ見つけたよ。で、裏には誰も居なかった。霧が濃くってさー。すぐ近くまで行かないと、全然見えないの。霧、すっごいんだよ?ルイも絶っ対驚くと思うよ!」
「霧が濃いのは俺らにとってはラッキーかもな。けど、でかしたエリエル。この世に降り立って初めて役に立ったな?」
「初めてなんてそんなわけないじゃん!大体ルイはいっつも私のこと△※□〇×※☆…」
「分かった分かったいつもありがとな、役立つ天使にはパンくれてやるから」
「焼き立てハチミツパンぬ!!」
時刻は深夜、朝はまだ遠い。いつもなら今から焼き始めという時刻なのに、麦の灯りの亭主は俺たちの出発に合わせてパンを焼き上げてくれた。インベントリにしまっておいたそれを取り出した瞬間、濃厚なほどに甘い香りがふわりと立ち昇る。エリエルは早速かぶりついているけど…パンぬって何だよ…。
これでもかというほどの好意をありがたくいただいて、宿の主人には御礼代わりに高級ハチミツのストックを無理やり押し付けておいた。俺の手持ちも少なくなってきたし、ハチミツは色んな使い道があるから、またどこかで手に入れないとな。
…ん?ハチミツ?使い道?…エンとヌルはお隣さんだ。距離的にも徒歩で1日。馬車などの移動手段があれば半日かからないくらいだろう。ハチミツをエンで調達して、ヌルで加工したらそれなりの産業になるのでは?
少なくとも俺が採取してた時は時間経過でリポップしてたし、量的にも問題ないと思う。エンのハチミツを勝手にヌルに持って行っていいかどうか、とか色々問題はありそうだけど、検討してもいいかもしれない。
「ルイ?そろそろだよ?レヴィ達とタイミングを合わせないと」
「お、そうか。じゃ、行くか」
ふと思考に沈みそうになってしまったけど、今は目の前の、この状況を突破することに集中しないと。
フードを目深にかぶり直し、懐中電灯代わりにするつもりでバルバラの杖を取り出して、厨房の扉に手をかける。
そっと開いた隙間から、白い霧の中に身を投じた。
宿の裏手は軒下から通りに面していたはずだが、辺りには濃い霧が立ち込めていて、足元以外は全く見えない。
完全な暗闇になっていないのは月明かりのせいだろう。真っ白な世界を夜空の上からぼんやりと淡く照らし、建物や樹木が織りなす街の景色を影絵のように浮かび上がらせている。
輪郭の定まらない白と黒の世界は、今にも切り裂き男や首なしの騎士が飛び出してきそうな怖さも感じるけど、思わずぼうっと見惚れてしまうほどに美しくて幻想的だ。
「すごいよねー。見慣れたエンの街が、まるで別世界みたい」
「本当だな。こんな状況じゃなけりゃ、散歩がてらにあちこち見て回りたいくらいだ」
さすがに小声で話しかけてくるエリエルに、心から同意する。雪とか霧とか、いつもと違う天気って、何でテンションがあがるんだろうな。北国出身の人だったら雪とか見るだけでうんざりするのかもしれないけど。
普段と異なる気象条件は事故の原因になったり厄介者だったりすることもあるけど、反面、綺麗だったり何かの役に立ったりすることもある。例えばちょうど今みたいに、人目を忍びたい時は大助かりだ。
「方向分かる?」
「あぁ。足元は見えるからな。道沿いにこのまま…」
行く先をエリエルにも教えてやろうと足元から道沿いに視線を上げると、まっ白な霧の中に黒い人影がぼんやりと浮かび上がった。影の大きさから考えても、まだそれなりに距離がありそうに思われた。
(ルイ!?)
(シーッ!…この霧に、認識阻害のネコ耳フードだ。動かなければ、気付かず通り過ぎてくれるはず)
ライトの魔法を使う前で良かった。小声でエリエルに注意を促し、足を止め、息をひそめる。シンと静まり返った影絵の街に、カチャリ…カチャリ…と、金属鎧特有の硬質な音だけが響き渡る。規則正しく聞こえ続けるその音は、徐々に近づいてきて・・・急に、止んだ。
こちらに近づくにつれ、少しずつ大きくなっていた人影。その大きさに変化が無くなったことからも、どうやら人影は立ち止まったものと思われた。
彼我の距離は、まだ少しある。こちらからは相手の影しか見えないし、向こうからは猫耳ローブの効果もあって、俺たちのことを認識することすらできていないはずだ。少なくとも今までの経験では、霧でも何でもない明るいお日様の下でも、この距離で相手に気付かれたことは無かった。
だから大丈夫、人影は何らかの理由で、ただ立ち止まっただけ。冷や汗をかきながら心の中でつぶやいた瞬間、呼応するかのように。白く
明らかな、抜剣の気配。嫌な予感は、高まる一方。
先程までひんやりと心地よかった夜霧が、今は不快なほどに冷たく感じられる。
どうか勘違いであって欲しい。ごくわずかに残されているはずの可能性に、望みを託して、息を殺す。そのまま、身じろぎもせずに様子をうかがっていたのだが…。
「そこに居る者、姿を見せよ」
期待を打ち砕くかのような
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