第132話 小さいことは…


「レヴィ!大丈夫なの!?」

「大丈夫よ、気にしないで!…少し視界が悪いけどね」


 二人に心配をかけないように大声で応え、続けてレヴィは小さな声でつぶやいた。スプリンクルハーピーとの距離が至近なのでルイ達ほどではないが、視界はどんどん悪化しており、相手の姿も徐々に捉えられなくなりつつある。


 敢えて胸だけを攻撃していたわけではない。目や口などの急所が集まり、大半の生き物の急所であろう頭部、そしてノド、腹部。当然そのような弱点を攻撃しようと、狙ってはいたのだ。


 けれど例え前傾姿勢気味のハーピーであったとしても、そもそも体が大きい。長物であるレヴィのランスでさえ、頭部には届かなかった。かといって動きの激しい翼や足は攻撃を当てづらく、突き入れたランスは自然と胸部に当たる。…決して大きな胸に嫉妬して突っつきまわしていたわけではないのだ。


 ただ、違和感は感じていた。腰や腹に当たるであろう攻撃も、何故か吸い込まれるように胸に当たる。ふわふわの羽毛に包まれているからか、それとも別の理由でふわふわだからか、衝撃を吸収されているような頼りない手応え。スプリンクルハーピーは敢えてダメージの少ない胸で攻撃を受けているのではないかと疑いもした。


 だが時が経つにつれ、吹雪のように舞い散る羽毛で視界が妨げられるようになり、今更ながら相手には別の狙いがあったことに気が付いた。真っ白な世界から突如として現れる爪、爪、爪。様々な角度から襲い掛かる攻撃は徐々に危険度を増していく。


 この不利な空間から脱出しようと大きめにサイドステップ、バックステップを繰り出してはみたものの、まるで生き物のように追従してきて、羽毛が織りなす球体から逃れられそうにない。


 本体が見えにくくなったため、相手の攻撃を防ぎ、回避しつつ、その出元を頼りにお返しとばかりにランスを突き入れる。


 白のまだら模様の中に突然現れる鮮やかなオレンジ。コントラストのおかげで視認はしやすいが、次々と繰り出される鋭い攻撃に、盾の防御も間に合うか、間に合わないかというギリギリの戦いが続く。


 羽毛が目や口に入らないように気も使うし、このままでは精神的な消耗がきつい。時折聞こえていたスプリンクルハーピーの鳴き声も、周囲の戦闘音も、徐々に遠くなってきた。異常な環境のせいで時間の流れもあやふやになっていく。


 どれほど長く攻防を続けたのか、それほど時間は経っていないのか。ふとレヴィは絶え間なく続いてきた攻撃が止んだことに気づいた。


「倒せたの?…いえ、そんなはずは…」


 カウンター気味に攻撃は続けてきた。そこに多少の手応えを感じていたとはいえ、倒せるほどのダメージを与えたとは思えない。困惑するレヴィの脳裏にふと、何故だか急にルイとの訓練が思い浮かんだ。


 ・・・


(ガッ!ゴッ!…ガンッ!)

「ふっ!やっ!はっ!」

「お?盾の扱いはかなり上達したな?だが…まだまだ甘い!」


(ガゴッ!)

「きゃっ!?…へへーん、そうはいかないわ…」


(コツンッ!)

「あ痛っ!?」

「油断大敵、連撃を切り抜けて気を抜いた瞬間が危ないんだぞ?」


 上から、右から、左から。それに続く少し難しいルイの連続攻撃を上手く受け流す。上手にできた。嬉しくなってホッと気を抜いたところに、素早く踏み込んできたルイの杖が頭に直撃する。


「ずるいじゃない!あんな速い攻撃、どうやって受けろっていうの!?」

「気合いだ」

「気合い、とか、じゃなくて、ちゃんと、教えてよ!」

「うーん、俺はそう習ったしなぁ」


 しゃべりながらもルイの攻撃の手は緩まない。オークやハーピーでさえもこれほどの速さで攻撃してくることは無いが、複数の敵に囲まれることを想定して、ルイ1人で細かく動きながら2~3匹分の魔物の攻撃を再現している。レヴィは息切れしながらも何とか防ごうとするが、徐々に対応しきれなくなっていく。


「ん-。あ!一部じゃなくて全部を見るんだって言われたな。相手の手元、足元、目線…そうそう。そんな感じそんな感じっ」


 ルイのアドバイスに従って点で見るのではなく、全体をふんわりと把握するようにしてみる。完璧にとはいかないまでも少しずつ、ルイの動きが分かるようになってきた。


「あとは見るだけじゃなくて感じることが大事らしいぞ。…ヒゲで」

「あたしには生えてないわよ!」

「生えてないなら生やせと…」

「あなたのおばあ様、何を教えてくれてたの!?」


 ・・・


 …あまり役には立たないアドバイスも多かったが、訓練をきっかけにして戦場を把握することの大切さを知った。気合いとか、ヒゲで感じるとかは無理だとしても、自分には自分のやり方がある。それは…。


「…上!」


 人より優れたレヴィの耳がピクリと反応し、上空から降り注ぐ微かな異音を捕らえる。その刹那。素早く盾を上方へ掲げて、自らの全身を覆い隠した。


(ッザザザザザガガガガガガッ!!)

「ッ!?くぅっ!」


 激しい雨を傘でしのぐかのような行為。けれど盾で防いでいるのは色とりどりの羽根、羽根、羽根。虹色のシャワーを浴びるかのような美しい光景だが、盾に当たって弾かれる音の響きは凶悪そのものだ。


 凄まじい衝撃が、盾で防いでいるレヴィの腕に、肩にのしかかる。重みは全身から足へと伝わるが、天性の脚力で踏みとどまる姿はびくともしない。例えどれほど強力な攻撃であったとしても永遠に続くはずもなく。突如降り始めた羽根の豪雨は徐々におさまり、やがて止んだ


 これまで自分が小柄なことを気に病むことはあっても、誇ることは無かった。けれど今、自らが構えた盾にすっぽりと隠れることができなければ、手足に重傷を負っていたに違いない。


 白い羽毛は虹色の羽根に洗い流されたのか、そのほとんどが霧散したようだ。周囲に色が戻り、風景が戻ってきた。同時に、安堵の表情をした仲間の姿も目に映る。


「…小さいってのも、悪いことばかりじゃないわよね!」


 レヴィはそう言って盾を正面に構え直し、不敵な笑みを浮かべた。

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