第130話 巣の中腹


 ハーピーの巣、とはいっても山全体がわらに包まれ、大きな卵が並んでいるというわけではない。ただゴツゴツとした岩があちこちに転がった、火山跡のような険しい山道で構成されたフィールドだ。


 所々に分かれ道や行き止まりがあり、一本道ではない。ハーピーは満遍なく点在しているが、特殊なエリアの扱いなのか今のところは戦闘音を聞き付けて周囲の数十羽がこぞって集まるといったことはなさそうだ。


 山道の途中途中には俺の身体がすっぽり入りそうなほど大きな巣が点在しているが、卵などは見当たらなかった。春先から夏にかけて増え始めるという村長さんからの情報通り、今はまだ営巣の時季ではないということだろうか?


 代わりと言っては何だが巣の中には時折アイテムが落ちている。これが宝箱のような扱いなのか?それともハーピーたちが集めた戦利品とか?


「初級ポーションとか落ちてるのはありがたいんだけど…口をつけて飲むのは勇気がいるわね」

「鳥の巣的な感じで羽とか散らかってはいるけど、フン的なものは落ちてないぞ?」

「それでもよ!」


 まぁ宝箱に入ったアイテムとかならまだしも、落ちてたポーションを飲むというのは確かにちょっと嫌か?とはいえ緊急時にはそんなこと言ってられないんだろうけど。とりあえず飲み口のところだけ丁寧に拭って、レヴィのポーチにしまっておくことにする。


 ポーション以外にも剣、鎧、小手などいくつかの武具を手に入れた。しかしどれもフェムでお店で見かけたことのある量産品のようだ。インベントリには余裕があるのでこれらも回収しておいて、あとで売ることにしよう。


 行き止まりの一つで休憩する。交代で見張りに立ち、残りのメンバーはシャロレが作ってくれたサンドイッチとスープで腹ごなしだ。場所が場所なだけに和んでる場合じゃないとは思うけど、山の中腹からの景色は見晴らしが良くて清々しい。


 少し冷たさを感じる山の空気を感じつつ、視界一面にトルヴ周辺の山々、所々には雪が残る景色を見渡しながら弁当を広げていると、まるでピクニックにでも来たかのような錯覚を覚える。動かし続けたことで温まった身体にじんわりとスープが染みて…うん。美味い。身体と心の緊張をほぐして、探索再開だ。


「待って。あれ…」

「初めて見るな。色違いで体格も少し大きいし、上位種か?」

「何匹か居るし、ボスってわけじゃなさそうね」


 休憩を終えて、行き止まり直前の分かれ道まで戻り、もう片方の道を選んで進んだ矢先。道沿いに見慣れない個体を2体発見した。形状はいつものハーピーそのものだが、色と大きさから明らかに違う魔物だと判る。遠目なので少し見づらいが、兜もかぶっているようだ。


 通常種は腰から下が茶色で羽は真っ白だが、この上位種は腰から下が濃い朱色で、羽も赤と白のグラデーションカラーになっている。肩回りや太ももの筋肉が盛り上がっていることも相まって、力強さと獰猛さをその身に纏っているかのような、どこか威圧的な雰囲気がある。


「どう、リーダー?」

「上位種は急激に強さが跳ね上がるけど、初見だからって戦わないわけにはいかないだろ。防御優先で様子見しつつ、慎重にやるしかないんじゃないか?」

「わかった。シャロレ、援護お願いね」

「うん。気を付けてね」


 地形的に物陰も無いためレヴィはその身を晒したまま、盾を構えながらゆっくりと近づいていく。


 警戒範囲に入ったのか、色違いがこちらを振り返り威嚇を始めた、その瞬間。レヴィが突進をかける!


「って、おい!?」

「やぁぁぁあああ!…っ!外した!?」

「レヴィッ!」


 色違いは今までのハーピーとは反応速度が違った。レヴィの突進を鋭くかわしつつ、すぐさま反撃にはいる。レヴィは素早くランスを引いて、何とか盾でガードした。その間に駆け寄っていたシャロレが、レヴィの横からカバーに入る。


「てやぁああっ!」

「グギィ!」


 レヴィに攻撃を防がれ一瞬硬直していた色違いに、大上段から斧を振り下ろしたシャロレ。兜に当たったことで威力が減衰げんすいしたこともあるだろう、斧が兜に当たる大きな音が響き渡ったが、一撃で仕留めることはできなかった。


 しかし威力は十分だったのだろう。大きくノックバックさせたため、ハーピーに致命的な隙が生じる。そこへ、レヴィがすかさず追撃。


「二連突き!」

「ギィィィ!?」


 ノックバックのせいで体制が整っていなかったこともあり、のどとお腹にランスがクリーンヒットした色違いは、悲鳴を残して消え去った。


「ふぅ…ぇ?」


ふ、と気を抜いてしまったのだろう。ほんの一瞬、レヴィが全身の力を緩めた瞬間。逆に彼女は隙を見せてしまっていた。


「レヴィ!!」

「っきゃあっ!?」


 当初から見えていた、その存在を知っていたはずのもう一体。その一体が大きく羽ばたいたかと思うと、鈍く光る羽根を飛ばして遠距離攻撃を仕掛けてきた。


 オーク戦、通常のハーピー戦と、ここまでの戦闘で遠距離攻撃を受けることなど無かった。更に、飛ばしてきた羽根は見た目、威力共に普通ではなかった。完全に不意打ちとなった攻撃を受け、レヴィがひるむ。その瞬間を逃すまいとレヴィに追い打ちをかける色違い。


 しかし、初見とはいえ羽根飛ばしのモーションに異変を察知した瞬間、ダッシュで駆け寄っていた俺は余裕で間に合う!


「ジャンピンッ…グッ、タァー!からのっ…ゴルフスイングッ!!」


 レヴィに襲いかかろうとする色違いへと飛び掛かり、十分な助走と遠心力を込めたハンマーで色違いを打ち落とす。さらにそのままバックステップで距離を取ってから、再度踏み込む形での下振りコンボでトドメだ。念のため、振り終えた残身からすぐに周囲を警戒するが、おかわりは無さそうだ。


「ふぅ。レヴィ、大丈夫か?ケガは?」

「え、えぇ。大丈夫…ごめんなさい」

「良かった。びっくりしたね?」

「ま、気にするな。で、何で急にチャージをかけたんだ?」

「それが…」


 レヴィによると、簡単に言えば怖くなったらしい。盾でじりじりと近づく間に、過度に緊張感が高まってしまった。本来ならば相手が動き始めてからも盾を構えてそのまま近づき、初手は相手に譲ってガードするくらいの慎重さで行動すべきところ。だったのだが、気持ち的に耐えられなかったのだ。


 これまで戦闘開始はチャージで奇襲するのがパターンだったこともあり、敵が動き始めた瞬間、もはや無意識的といってもいい反応でチャージを発動してしまったようだ。


「最近はオークとか通常のハーピーとかばっかりで、格上相手の戦いも無かったからなー」

「本当に、ごめんなさい…」


 消え入るような声で謝るレヴィ。うつむき加減に、あからさまに落ち込んだ様子を見せている。ここまで順調だっただけに、ちょっと落差が大きすぎたのかもしれない。だけど。


「良かったじゃないか。今、経験できて。それこそボス戦の時だったら致命傷になったかもしれないんだし」

「でも…」

「レヴィ?レヴィは随分強くなったよ?けど俺たちは俺含めて、駆け出しのひよっこのひよこ豆だらけのパーティなんだぞ?失敗なんか、して当然の当たり豆だ。こんなこと、これからも何度でもあるさ。けど今みたいに、みんなでカバーすりゃいいんだよ。せっかくのパーティなんだから」


 レヴィが真面目なのは良いことだけど、気にし過ぎは良くない。レヴィは前向きで元気な突進力が持ち味だ。トルヴで過ごしたこの数か月、たった数か月の短い間でさえ、その明るさに何度も助けられてきたのだ。身体は小さいかもしれないけど、うちのパーティ的に彼女は俺たちを引っ張って行ってくれる、しっかり者で頼りになるお姉さんみたいなポジションだと思っている。


「ルイ、貴方…えぇ、そうねリーダー。過ちは繰り返さない。物語の英雄たちだって、一度たりとて失敗したことが無い人なんか、いないんだからね」

「そうそう。そんな感じだ」


 うん。レヴィが良い顔になった。相手の言葉を聞き入れる素直さと懐の深さも美点だと思う。さ、この調子で…。


「あぁ…ルイくん…素直なレヴィも良い…」

「シャロレ、お薬の時間ですよ?」


 出発しようかと思ったのだが、視界の端でレナエルがシャロレに鎮静効果のある俺謹製のハーブティー(おくすり)を処方しているのが見えたので、俺も含めて全員落ち着くために小休止。レヴィも軽傷だったけど、一応満タンまで回復しておいた。


 レナエル先生いわく、あの色違いの名称はハーピーナイト。俺に気を使って、初回の戦闘が終わるまでは名称、特徴など黙ってくれてたようだ。名前くらいは先に教えてくれて良いし、特徴はケースバイケースだけど危険性があるようなら適度に警告してほしいとお願いしておく。


 幸いすぐに倒すことはできたが、通常種に比べて速さと攻撃力があり、攻撃パターンも増えている。ただ先程の戦闘の通り、今の俺たちなら気を付ければ苦戦することは無さそうだ。せっかくの機会だし慣れるためにも、どんどん倒しながら先に進むことにした。


 それから。何体ものハーピーナイトと戦った。レベル的には問題ない相手だったので、すぐに安定した狩りができるようになる。


 フィールドに落ちているアイテムにはMPポーションや毒の状態異常を回復させるキュアポーションなども見かけられるようになったが、武具など装備関連は相変わらず大したことが無い。今後の長旅のことを想えば資金的には助かるけど。


 やがて岩山の道も終わりを迎える。山頂と思われる地点には大岩があり、ここを曲がれば目的地は目の前だろうと予測がついた。3人で岩陰から覗き込むと…巨大と言って差支えないほど大きなハーピーが鎮座しているのが見えた。

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