第129話 巣の入口~前哨戦


 トルヴは山合の村ということもあり、春の訪れは遅い。村の周囲にはまだ雪が残っているところも多く、風は強くは無いが少しピリついた冷たい空気が、木々の日陰にまだまだ残っている。


「ハーピー退治日和だな」

「うん。日向ひなたに出たら気持ちいいね」

「確かに気持ち良く晴れてるけど…ハーピー退治に適した天気ってあるのかしら?」


 フェムのギルドにトルヴの依頼を届けると同時に、受注しておいた。3人での挑戦は推奨できないのですが、と受付嬢に心配されたが。レベル的にはぎりぎり大丈夫でしょう、と受理してもらう。


 そしていよいよ当日。伐採所を抜けて、さらに奥のハゲ山へ。道を進むにつれて視界から急激に緑が少なくなり、黄土色の巨大な岩があちらこちらに姿を現し始める。ゴツゴツとした山道を抜けると、明らかに他の場所とは異なる雰囲気の広場に出た。


 広場には多くのハーピーが点在しており、奥には山頂へ続くと思われる細い道がある。その道に侵入するのを妨げるかのように羽を広げているもの、逆に地上で羽を休めているもの、様々だ。どちらかと言えばまだ通り道といった様子で、ここは巣というよりは巣の入口に当たる場所なのだろう。


「うわぁ。見て見て!うようよいるよ!何だかサハギン沼を思い出すねぇ」

「確かに雰囲気は似てるな。狩場共通の雰囲気なのか、ひょっとしたらあの沼の辺りにもダンジョンが生まれたりするのかもな。にしても多いな、ハーピー」

「ねぇねぇルイ?ルイはハーピーのお胸は気にならないの?みんなおっきいよ?」

「お前このタイミングで、それ聞く?」


 ハーピーの巣を攻略することを決めた話し合いのあと。俺たちはそれまで以上に準備に力を入れた。目標が明確になったことでやることも増えたけど、その分だけ充実した日々を過ごすことができたように思う。そして迎えた当日である。


「さっきの遭遇戦での感触からすると、この数でも楽勝だと思うけど。油断は禁物ね。気を引き締めてかかりましょう」

「うん。この先にはボスもいるだろうし、何があるか分からないんだから。慎重に行こうね」


 レヴィとシャロレは気合い十分だ。こちら側のアホ天使と俺とのゆるい会話が聞こえているのかいないのか分からないが、この二人の様子なら問題ないだろう。


 レヴィはフェムで購入した白金色の胸当てに金の縁取りが施された美しい鎧と盾。シャロレはトルヴで作ってもらったレザードレスを着用している。


 レザードレスはレザーアーマーよりは装甲が薄いが、全体的にかなり丈夫な造りになっていて、胸部、肩、腕の関節のあたりには補強も入っている。何よりシャロレの体に合わせて作ってもらっているから動きやすさは抜群だし、スカートのようなデザインを採用していて見た目も少し可愛らしい。


 心持ち大きめに作ってもらったそうで、シャロレが成長したり、中に何か着こんだりすることも想定している。今はクリーム色だが染色アイテムを使えば防具の色は変えられるらしいので、取り合えずそのまま使うことにしたようだ。


 魔物との戦いも経験して、二人とも今では見違えるような佇まいだ。一人前とは言わずとも、駆け出しの冒険者としては充分合格点だろう。


「打ち合わせは何度もしてきたから大丈夫だと思うけど、即死さえしなかったら俺が必ず癒すから。ヘイト管理する必要があるけど、何かあったら迷わずポーション使うんだぞ?」

「うん。でも頼りにしてるね」

「安心してリーダー。あたしはもちろん、シャロレにもルイにも指一本?爪一本?触れさせないんだから!」

「よし。それじゃ、いくぞ!」


 俺の号令で二人が突入する。一拍おいて、俺も続いた。


 ホバリングしていた直近のハーピーに、勢いよく突進するレヴィ。こちらに気づいて戦闘態勢に入ろうとしたその瞬間を、ランスの一突きで貫き通す。


突撃チャージ!」


 助走をつけた一撃がハーピーに致命傷を与えた。クリティカルヒットだったのだろう。今のレヴィの実力では、普段なら2撃、3撃と、倒すまでに複数回攻撃する必要があるのだが。脚力を活かしたスピードと、力の乗った一撃が見事に決まった。


「ムーン…サルトォ!」


 シャロレは地面で休んでいたハーピーを急襲する。慌てて立ち上がり、羽を広げて飛び立とうとしてできた大きな隙に大技を叩き込む。踏み込み、前から後ろへと一旦振り上げた大斧ラブリュスが、三日月の弧を描いてハーピーへと振り下ろされた。


「ギィッ!?」


 驚きと恐怖の表情で固まったハーピーは身動きをとる暇もない。そのまま真っ二つになり、青いエフェクトとなって消えて行った。ランスより大振りでモーションが遅い分、一撃の威力は斧が勝っている。


「改めて見ると、二人とも凄いねぇ…勇ましいというか何というか」

「努力の賜物たまものだな。けど初手の奇襲が成功しただけだし、これからこれから。」

「ルイ?リーダーがサボっていては皆に示しがつかないのでは?」

「あぁ。…二人とも、打ち合わせ通りに隊列を!お互いの立ち位置を考えて、囲まれないように立ち回るんだ!」

「えぇ、分かったわ!」

「はい!」


 1対1で戦えたのは奇襲が成功したからに過ぎない。すでに周囲のハーピーは異変に気付き、俺たちを包囲しようと集まりつつある。


 数的にはこちらが圧倒的に不利な状況。当然、囲まれれば万が一ということもある。なので方針は命を大事に、安全第一だ。


 レヴィは最前線で敵の攻撃を防ぎつつ戦線を維持。シャロレはその横からハーピーの数を減らしていく。俺は後方から指示を出しながら、二人が打ち漏らしたり危なくなりそうになった時に割って入り、状況が改善したらすぐに後に下がって。


 もどかしい戦い方ではあるが、今回は3人の連携を高める訓練の総仕上げでもある。なので、俺は出過ぎないように気を付けていた。入れ替わり、立ち代わり、レヴィとシャロレはもちろん、俺とレヴィ、俺とシャロレの組み合わせで一体、また一体とハーピーを片付けていく。


 そうして30分ほど戦い続けただろうか。無事に広場のハーピーを倒しきることができた。


再出現リポップまでどれくらいかかるか分からないけど、ここで休むのは危険な気がするな」

「そうね。まだそこまで消耗してないし、休むなら少し進んでからにしましょうか」

「この ”ハーピーの羽” ってドロップアイテム、何に使うんだろうね?」

「枕の中身とか?」

「枕などに使われているのは羽毛、ふわふわした羽のダウンです。こちらは羽根、しっかりした感じのフェザー。使うとすれば羽ペンとかでしょうか?」


 今は明確な用途は無いけど、のちのち何かに使えるかもしれない。大した手間でもないので、手分けしてドロップアイテムを拾ってまわり、巣の入口へと向かう。


「…ところでルイくん?」

「ん?」

「やっぱりハーピーのお胸は気になるの?」

「…シャロレ、その話はまた今度にしような」


 俺が早足になったことで隊列が乱れたのは仕方ないことだと思う。

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