第91話 シャロレの印象


 もうダメだ。そう思った。


 不安は大きかったけど、レヴィの力になりたくて付いてきた。その決断は間違ってなかったと今でも思う、けど。これだけのオークに囲まれて。私ではもう、守ってあげられそうにない。いっそのこと体当たりしてでも、レヴィだけでも逃がしてあげたい。そう考えて、手にした弓を強く握りしめたとき…彼が現れた。


 真っ白なポワ・クルーに乗って、耳の付いたローブに不思議なメガネ。薄く水色に光る綺麗なハンマーを手にした姿は、ちぐはぐな組み合わせなはずなのに、何故かとても素敵に思えた。


 堂々と胸を張るその姿には不思議な安心感も感じられて。ついさっきまで自分の人生が終わりを迎えるんだっていう絶望感と、友人を助けられなかった罪悪感に押しつぶされそうだったのに。暗く沈みきっていた私の心が爽やかな一陣の風に払われ、あの人が背にしている秋空のように晴れ渡っていく。


「助太刀する!二人とも、自分の身だけ守っておいてくれ。ヒール!」


 少し高めの大きな声をかけられ、傷が癒えるのを感じる。ハンマーを手にしてるのにプリースト?いえ、それよりも、まだ子供?少し混乱しつつ、何故かメガネを外した彼の姿を改めてよく見てみても、何かに邪魔されているかのように、その姿は茫洋としている。


 けどダメ、よく考えたら、この子一人でこの数のオークの相手ができる訳が無い。今更ながらに少しだけ冷静さを取り戻し、"私たちを置いて逃げて" と叫ぼうとした時には、もう戦闘が始まってしまい・・・一瞬で終わった。


 その戦いは一方的だった。見た目からは想像できない力強さと、速さ。流れるようなハンマーの動きで私たちを苦しめたオークを次々と倒していくその姿は、まさしく女神さまが遣わしてくださった救世主のようで。


 声が出なかったというよりは、見惚れてしまったのだ。


「綺麗…」


 私は元々猟師だし、魔物との戦いは得意じゃない。動物相手の狩猟でも時々罪悪感を感じるような性格で、戦闘なんか当然、好きじゃなかった。けれど、目の前で繰り広げられる戦いの躍動感。その美しさ。


 嫌で仕方なかったはずの戦闘なのに、何だろう、この焦がれるような感覚。戦いが終わっても答えが見つからないままにぼうっとしていると、自己紹介が始まった。あ、御礼。御礼言わなきゃ。


 彼はルイと名乗った。子供っぽいからルイ君?でも命の恩人だし、やっぱりルイさんと呼ぼうか。ルイさんはエリエルちゃんとルカ君と旅をしているみたい。フードをとった顔は少し幼い感じもするけど、すごく整った顔立ちだ。


 綺麗な顔なのにくるくると表情が変わって、ただの元気でやんちゃな子どものように思えてしまう。なのに、野営準備はすごく手慣れていた。特に料理の腕は私でも敵わないくらいで、本当に驚いた。私よりも料理が得意じゃないレヴィは少し居心地が悪そうだったけど。


 自分と歳がそんなに違わなさそうな少年に戦闘で助けられ、野営で助けられ。そんなとこからも反発心があったのか、お夕飯の時にレヴィが怒ってしまった。


 普段はどちらかといえば冷静で、というか背伸びして大人っぽく振舞ってることも多いのに。危険な目に遭って少しトゲトゲしてたのかもしれないし、ルイさんの少し構ってくれない感じも原因だったのかも?


 だけど、言われたことは的を射ていて。彼が言葉を選びながら話す内容も、それを話す時の表情も、何だか大人っぽかった。本当に不思議な人だ。


「…シャロレ、まだ起きてる?」

「え?うん、起きてるよ」


 今日一日でたくさんのことがあって。テントに潜り込んではみたものの、なんとなく眠れず。主にルイさんのことについて考えていたら、隣で同じく横になっていたレヴィが声をかけてきた。


 外は魔物除けの香を焚き、ルカ君が寝ながら?見張ってくれている。周囲に異変があったらすぐに目を覚まして、一鳴きして教えてくれるんだそうだ。すごくお利口さんだ…明日は触らせてもらえるかな。


「あたし…ちょっと眠れなくて」

「ルイさんのこと?」


 私と同じように、レヴィも今日一日のことを思い出してたみたい。二人旅を続けてきた私たちにとって今日の出来事は、横になってすぐに眠るのを妨げる程度には刺激的だったんだと思う。


「あいつの言うこと、ほんの少しは分かるような気がする。でも、納得いかないの」

「どうして?ルイさん、たぶん私たちのことを思って言ってくれたんじゃないかな」

「だとしても、よ。私は騎士になりたいの。そのためにここまで来たの。何が幸せかなんて、自分で決められるわ」

「うん…そうだね。でも、今日は危ないところだったよ?……ねぇ、王都までルイさんに護衛してもらうのは、どうかな?」

「えぇ!?なんで!あいつに頼らなくったって!…頼らなくったって…」


 ガバッて上半身だけ勢いよく起こしたレヴィは、すぐにその勢いを無くしてうつむく。たぶん、分かってはくれてるんだと思う。このままじゃ良くないって。だから私は続ける。


「ルイさん、たぶん冒険者としてはそれなりに経験がある人なんだと思うよ。オークの群れも一瞬だったし、野営もすっごく慣れてた。私のことは…時々見てるかもしれないけど、ちゃんと気を遣ってくれてるし、レヴィのことも全然馬鹿にしてないよ?むしろ、色んなアドバイスしてくれるんじゃないかな?」

「んー、確かに他の冒険者とは全然違う感じだけど?っていうか、転生者っていう雰囲気もあまり感じないのよね。何でかしら?…まぁいいわ。シャロレが言うなら、明日聞いてみる」

「うん、そうしてみて」


 ゆっくりと身体を寝かせ、再び横になったレヴィはしばらくの間、起きている気配があったけど。それほど経たない内に穏やかな寝息が聞こえてきた。


 明日、ルイさんは引き受けてくれるかな・・・。

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