第71話 網目のほころび

「「「「オオオオオォ」」」」


 漁師たちが一斉に船へと乗り込み、雄叫びをあげながら次々と出航していく。船は半数は右方、残り半数は左方へと分かれ縦列に並んでいく。上空から見れば浜のワウミィを頂点にしたVの字のような陣形だ。


 鶴翼の陣と言っただろうか、鶴が羽を広げたような形で両サイドから囲い込み、敵を挟み撃ちにする陣形だが、こちらの狙いはワウミィのところまでアングラウを誘いこむことにある。


 湾の中央で円を描いていた三艘は徐々に速度を落とし互いに距離を取りつつ、舳先へさきをアングラウへ向けて横一直線に並んだ。


「「「「灯りィ!」」」


 三艘に松明が灯る。打ち合わせの時に雨や波しぶきは大丈夫なのか聞いてみたら、濡れても消えないように硫黄や石灰を混ぜるなどの工夫がしてあるそうだ。イカ釣りなどが有名だが、明かりを利用する漁もあるので、こういった知識や技術は漁師の得意分野なのだろう。


「「「叩けェ!」」」


 松明に火を灯した三艘の船上では、漁師たちが続けざまに慌ただしく動く。櫂とは形が少し異なる、先端が平たい長い棒を持った男たちが一斉に海面を叩き始めた。松明の光と、波を叩く音で、アングラウをおびき寄せるのだ。


 確かに効果はあった。青白い2つの明かりを灯した黒い小山がゆっくりと三艘の方へ近づいてくる。かと思うと徐々にスピードを上げ、見た目にも高く波しぶきを上げて迫ってきた。


「「退けェ!」」


 右方の船だけを残し、残りの二艘が後退する。右方から左方へ、斜め一直線に並ぶ形になると、アングラウは右方に照準を定め突進してきた。右方の船は海面を叩くのを止め、迎撃体勢へと入る。


「マイトォ!放てェ!!」


 小山の周辺に複数の爆発が起こる。現在の漁では使用が禁止されている漁具だそうだが、これを用いて右方が迎撃。アングラウが右方の船を攻撃してきたら中央の船が銛を投擲してヘイトを稼ぎ、おびき寄せる。


 中央の船に寄ってきたアングラウを左方の船が攻撃して引き寄せ、そのまま鶴翼の左方が攻撃。その後は鶴翼の左方の攻撃、鶴翼の右方の攻撃と繰り返し、アングラウを突出させて、最終的に浜へとおびき寄せるのだ。


 ・・・


「おおい、次から次へと沈んでいくぞ!」

「それでいいんだよ!元々、古い船や沈没間際の古い船の寄せ集めだ。普段使いの漁船を戦いに投入しちまったら、生き残っても明日からおまんまの食いあげだからな」

「放り出された人たちは外周の救助船まで泳ぐんだよな?」

「あぁ、その中で、負傷した奴を見つけて回復させるのが俺たちの役目…早速かよ!行くぞ!」

「待てって縁掴むからぁあぁああ!?」


 さすがは村一番の漕ぎ手。二人乗りの小さな船とはいえ、負傷者に向けて海上をぐんぐん疾走する。激しく揺れる船と暗い海のせいで見にくいが、船の進行方向に範囲を狭めて目を凝らすと、負傷者を発見することができた。


「発見!5秒…3、2、1,ヒール!」

「おし!急速旋回、退避!」

「待てって横Gがぁぁああぁぁ!?」


 ステータスの恩恵による身体能力のお陰で物理的には何とかなっているが、気持ちの面で追いついていない。早いところ慣れないと、先が思いやられる。


「ふん!大丈夫そうじゃねぇか。次だ次!」

「くそ。泣き言いってる場合じゃないか。やってやるよ!」


 安全圏ギリギリまで退避しようとするも、すぐに次の沈没船へと向かうことになる。なかなかハードだぞ、これ。雨はそれほど強くないが、目の周りだけ拭って暗い海に再び目を凝らす。


「右舷、2時の方角!」

「どれ…あれか!捕まってろ!」


 長い戦いになりそうだ。


 ・・・


「今のところは順調…か」

「かなりの数の船が沈んじゃったけど、大丈夫なの?」


「それも予定通りじゃ。漁師たちが沈没覚悟で右翼左翼から銛などで攻撃。順番に攻撃することでヘイトを調整しながらアングラウを左へ、右へと揺らしながら浜まで誘導する。浜は遠浅。この辺りまでくればアングラウも腹が海底に当たって動きが鈍るし、深海へ逃げることもできなくなる。さらに、ここまでの漁師の攻撃で体力も多少は削れておる。そこを狙って、わちがとどめを刺す」


「確かに戦いが始まってかなり時間も経ったし、アングラウも半分以上近づいて、もうすぐ浜に入るから順調ではあるんだろうけど。でも、何だか時々変な動きをしてない?」

「変な動き?」

「うん。銛を投げる漁師さんの船に突進するんだけど、時々違う方向を気にしてるっていうか。あの、青白い灯がクッて別の方向に動いてから、漁師さんの船に向かうの。徐々にそのクッていうのがクーウッって長くなってる感じ。しぶしぶ漁師さんの方に向かってるみたい」

「しぶしぶ?…違う方向を気にする?漁師のヘイトが足りていない?だが攻撃はいつも通り、順番に変わりなく…攻撃?・・・まさか!?」


(ドッ…パーン!)


「ルイ!!」

「しまった!ヒールヘイトか…何故、気づかなんだ!」


 エリエルの悲鳴に合わせてワウミィが走り出す。緊急用に用意していた小船は戦闘の邪魔にならないよう、少し離れた場所にあった。


「船を出せぇ!船をぉ!」


 あらん限りの大声をあげて走るワウミィの頭には、もはや作戦も何もなく。


 ただ、あのちょっと変わった優しい少年を助けるため、一刻も早くアングラウの下へ向かうことだけを考えていた。


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