第59話 山道を抜けて渓流へ

「そろそろ川に出るはずなんだけどな」

「もー飽きたよー」


 4日目。草原から続いた道は山林へと入っている。かろうじてわだちが残る山道は木々に囲まれ薄暗く、少し空気もジメジメしている。エリエルもルカも草原の道行の元気が少しずつ無くなってきた。


 やや下降気味の雰囲気に追い打ちをかけるように、時折ゴブリンの上位種であるホブゴブリンやオークが現れ始めた。オークはゲームでは豚のような姿で描かれたりもするが、この世界のオークはどちらかといえばイノシシに似た姿だ。


 ゴブリンよりも大きめの体格、濃いめの体毛、下あごから上へ突き出た牙が特徴で、こん棒や粗末な槍を持った個体が多い。敵の強さ的には俺の適正レベルよりも少し上だったが、覚えたての二連撃がかなり有効で、良い経験値稼ぎになってくれる。ホブゴブリンで稼ぐ経験値もあって、すでにレベルが2つ上がっていた。


 ガサガサと音を立てながら現れるので分かりやすく、不意打ちを食らうことは無いのだが、木々に遮られて見通しが悪いため、どうしても慎重に進むことになる。


「しょうがないだろ。敵もまぁまぁ出てくるし、山道で視界も悪いんだから」

「…私はルイがトントン、ゴンゴン、してるから遅いんだと思うよ」


 そこに叩きやすそうな樹があるんだから仕方ない。これでもだいぶ我慢している方だ。植生が変わったのか生態系が変わったというべきなのか、高級ハチミツはほとんど落ちなくなった。


 代わりに、様々な果実、木の実が落ちる様になってきた。これらも純粋に自然のものというよりは採取アイテム扱いのようだが、食料の補充になるのでありがたい。ありがたいことなんだぞエリエル!


 ルカ単独なので馬車よりも移動速度は断然早いはずだが、敵との戦いは経験値的にも必要なので、いちいち降りて戦っている。また、叩きたくなる雰囲気の木だけはハンマーでトントンしてるので、結果として馬車とそう変わらない移動速度になっている、と思われる。


  “まあ急ぐ旅でもないから” 、と言うと、エリエルも本気で言っているわけではないようで、ため息交じりに “しょうがないなぁ” と応じてくれた。


 そうしてホブゴブリンゴンゴン、オークゴンゴン、木々をトントンしながら半日ほど歩いただろうか。


「水音?」

「川が近いかも!?」

「クルゥ!」


 待ちわびた川の気配を感じ、3人同時に走り出した。


「わぁ、やっぱり、川!」

「おぉ。やっとたどり着いたか!」

「クルーゥ!」


 急激に視界が広がったかと思うと、目の前に渓流が現れた。いかにも山中の小川といった風情で、ゴツゴツした岩が辺り一面に配され、陽光を反射してキラキラと輝く流れは速い。心地良いせせらぎの音も、山歩きの疲れを癒してくれるかのようだ。グンと上がったテンションの勢いそのままに川へと近づき、手を入れてみると冷たい!


「よし、休憩しよう!」

「そうしよう!」

「クルクルゥ!」


 しばしの間、小川に手を入れ、足を入れ、軽食を摂りながら疲れを癒した。目を離したすきにルカが飲んでいたが、体調には問題なさそう。綺麗な水だから大丈夫かな?俺たちは一応、煮沸した方が良いかもしれないけど、飲み水に困った時のために少し汲んでおくか。


 ルカは水だけではなく、川の端を泳いでいた魚もクチバシで器用に捕まえて食べていた。こちらもお腹を壊さないか少し心配だったけど、どうやら平気そうだ。山道でも木の実を食べたりしていたが割と雑食らしい。比較的調理したものには興味を示さないけど、好き嫌いが無いのは良いことだ。たんと食べて大きくなってほしい。


 休憩を終えたがまだ日が高かったので、そのまま下流に向けて移動する。鬱蒼とした山林の中よりも、目に映る光景は明るくて色合いが鮮やかだ。せせらぎの音も心地良い。景色が変わって気持ちも新たになったこともあるだろう、ルカから降りて足取り軽く進んでいたのだが。


「ルイ、川沿いの岩をコンコンするの止めて?」

「いいじゃないか。木とは違う良い音がするだろ?」

「落ち着かないから、ヤメテ」


 アクアハンマーは硬質な素材なので、岩を叩くと高くて澄んだ音がする。バルバラの訓練には岩を割る修行があったが、その応用で響かせるという技術もあるのだ。どこを叩けばいい音がするかは、振動をどう伝えるかにも通じる。水に浸かった岩は水面に波紋を広げるので目にも…ん?


「どうしたの?急に」

「いや、ちょっとな」


 急に歩みを止めて川に近づいた俺を不思議に思ったのか、エリエルが聞いてくる。ふと疑問に思ったのだ。アクアハンマーで敵と戦う時に魔力を込めて波紋を通しているが、どうなるのか。お試しなので、少しだけ魔力を込めて水面を叩いてみる。すると。


(ボワッワッワッワッ!)

(ビチッ!ビチビチビチッ!)


「おぉ!」

「えぇ!?」


 思った通り、いや、これほどとは思わなかったが。普段より威力を増した波紋が、川の中ほどまで通った。驚いた魚が飛び上がり、そのうち数匹は驚きすぎたのか着水したのち腹を見せて浮いている。驚かせて本当にごめんなさい。けどこの現象は水辺の戦闘では応用が利くかもしれないから、もう少し検証していきたいところだ。


・・・


 新たな発見があってからしばらくして、川辺にぽつんと人影を見つけた。


「あれは…」

「釣り人、かな?」


 釣り竿から伸びる釣り糸から、釣り人であることは分かるのだが…見た目に違和感がある。キャップ型の帽子、ベスト、ズボンといった服装が、転生者であることを大胆に主張している。と、釣り糸が激しく踊り、竿が急激にしなる。立ち上がり、力強い動作で竿を上げる釣り人。その瞬間、川面から大きな魚影が飛び出した!


「魔物!?」

「危な…もりィ!?」


 瞬きした次の瞬間には、釣り人が銛で魔物を一突きで串刺しにしていた。まさに電光石火といった風で、銛の先端では角のある大きな魚がビチビチと跳ねたかと思うと、青いエフェクトになって消えていった。


「おや?こんなところに旅人とは、珍しいね」


 大声を出したからだろう。俺たちの存在に気づいた転生者はこちらを振り返ったかと思うと爽やかな笑みを浮かべて、そう言った。


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