第49話 (閑話) 幻のプリン

 私は今、緊張している。


 これまで幾多の戦闘を乗り越えてきたが、これほどの緊張感は大規模レイド戦でも味わったことが無いと思う。


 私の目の前にあるのは、プリン。


 そう、やや黄色みがかったクリーム色のプルプルボディに、焦げ茶色のカラメルがとろりと乗っかった、アレである。


 運命の出会いは突然訪れた。甘いものが食べたいけれど近場では売っていない、けど、どうしても食べたい。そんな気分だったので、味は落ちるけど取引所で調達するかと料理カテゴリを眺めていた時。その瞬間。


 私の目は、金枠の料理が売りに出されるその刹那、そう、まるで一瞬と一瞬のさらにその間に存在するかのような、ごくごく短い瞬間を捉えた。


 脊髄反射と言っていいだろう。脳が感知するより前に身体が反応した。敵の攻撃に稲妻のごとき動きで反応し、逆に相手の急所を刺し貫くかのように、私の指は買い注文ボタンを押していた。


 売買が成立した瞬間、信じられないという思いで少し放心状態になった。買えたのだと実感するにつれて徐々に胸の奥底から喜びが湧き上がる。さらには購入した料理がプリンだった事実が判明した時には興奮のあまり狂喜乱舞した。


 転生者の料理は良くて銅。地元民の料理はたいてい銀である。金のプリン、いや、もはやその姿から黄金のプリンといっても過言ではないだろう。この希少性は計り知れない。


 さてどこでこれを食すか。悩みに悩んだ末に私はクランハウスを選んだ。そこらの道端や街の食堂では落ち着いて食べることはできない。クランハウスならメンバー以外は出入りしないし、場合によっては少し味見させてやってもいい。小指の爪の先ほどの量までなら譲歩してやらんこともない。


 しかし、だ。いざ、このように目の前にすると緊張する。見た目は普通のプリンに見えるが、ふるふるとふるえる弾力、光を受けて輝くツヤ、そしてほのかに発する甘い香り。それらが視覚と嗅覚を刺激して、期待感をこれでもかとばかりに高めていく。


 さて、覚悟を決めよう。黄金プリン、その実力を私が見極めてやるのだ。スプーンを手に取り、一すくい。かすかな手応えと、ほどよい弾力がスプーンの先をくすぐる。そうしてすくわれたプリンは黒と黄色のハーモニーがまるで警戒色のようだ。


 これはいけない、食べてしまえば二度とこちら側へ戻ることはできない。そんな警告が頭の中に響きわたるようだが、恐れてはいけない。私はこのような危機を何度も超えてきた。きっと今回も乗り越えられるはず。


 そうして口に含む、その瞬間!


「ぉ美味し~ぃ!!!」


 口の中でほどけるようにプリン特有の牛乳と卵の風味、そしてカラメルの甘さが広がっていく。それらは決してケンカすることなく、まるでお互いに手をつなぎ、仲良くダンスを踊っているかのようだ。たった今、私の口の中に楽園が誕生したんだ。間違いない。


 ほど良い弾力の、幸せのかたまりが、喉の奥をくすぐりながら落ちていく。その感触を全身で感じるべく目をつぶり、しばしこの悦楽の時に酔いしれる。あぁ、この一瞬が永遠になればいいのに…。


「お?プリンか。一口くれよ。(パクッ)」

「Σ!?!?!?」

「お、おぉー?美味いな、これ。どこの?」


 …こいつは。こいつだけは、生かしてはおけない。こいつを生かしておくことは、世界のためにならない!いや、生かしておくこと自体が、もはや罪悪であると言っても過言ではない!!むしろ世界が許してもワタシガユルサナイゼッタイニダァ!!!


「え?どうしたお前、そんな怖い顔して。何?何で剣抜いてんの?いや、ちょっと待てって本当に、その構えは、ここで、使って良いスキルじゃ、ないか・・・るうぁあああぁヤメロォォォォ!?」

「どうしました!?え?どうして?何が起きてるの?ちょっとみんなー!ご乱心、ご乱心よー!このままじゃリーダー死んじゃうぅ!!」

「え?何?謀反?決闘?何が起きてるの?」

「いいから抑えるの手伝ってー!?」


 ・・・


「なぁ、聞いたか?クリムゾンガーディアンズの件」

「あぁ、聞いた聞いた。何でもサブリーダーがクランハウスで大暴れして、リーダーが死にかかるわハウス内がめちゃくちゃになるわで大変だったんだろ」


「そうそう。暴れた方のサブリーダーはめちゃくちゃ強くて美人さんで、普段は真面目な上に面倒見もいい、完璧超人で有名な人なんだけど、今回の件の動機はクラン内で極秘事項に指定されてて、メンバー以外には完璧に秘密にしているらしい。謎だよな」

「何か、よっぽどのことがあったんじゃないのか」


「あぁ、極秘事項ってくらいだから、並大抵の理由じゃあないだろう。それと関係あるか分からないんだけど、同じくらいの時期からクリムゾンガーディアンズのやつら、毎日メンバーを交代で取引所に付け始めたらしい」

「何か狙ってる品物でもできたのかな」

「かもしれんな。けど、その担当は ”プリン番” って呼ばれてるらしいぜ」

「何でプリン?」

「さぁ?あそこのメンバーみんな、プリン好きなんじゃね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る