第7話 バルバラ

 シンアルと雑多な話をしながら、街の外を歩いていく。比較的大きな街道から小さな横道にそれて、少し急な坂を丘の上へと向かう。見晴らしが良くなったせいか遠くまで広がる草原の所々に、濃い緑色をした森がぽつんぽつんと見える。元の世界では味わえなかった風景に胸が躍る。


「ここから入るんだよ」

「え?ここ?」


 シンアルが指し示したのは唐突に現れた森、その茂み。うっすら空間らしきものがあるが、断言しよう、道ではない。


「転生者とか入ってきたらうっとおしいからって、入口を隠してるんだよ」

「うっとおしぃて」

「バルバラは人混みが苦手って言っただろう?転生者は群れで押し寄せることが多いからね」

「まぁ分かりますけど」


 まるでモンスターか野生動物の群れのような言われっぷりだが、さっきも教会へ向かう転生者の波を見ちゃったからな。とはいえバルバラは少し変わった人なのかな?


 シンアルが茂みをかき分けてガサゴソと分け入るのに、ガサゴソと続く。茂みを抜けると少し分かりやすい獣道が森の奥へと続いていた。一気に道悪になったが、シンアルは慣れた様子で踏み入っていく。しばらく進むと道が開けて、こじんまりした空間に小さな家が見えて…ちょっとマテ。


「シンアル、煙突から紫色の煙が出てますが?」

「あぁ。在宅のようで何よりだ」

「いや、そういうことではなく」

「バルバラー、バルバラー、居るかーい?」

「自由かお前」


 微妙に話が通じないシンアルへのツッコみが徐々に雑になりつつある。見た目のわりに豪快な勢いでシンアルが扉をたたき始めると、中から年老いた女性の声がした。


「扉が壊れるだろが!デカい声ださなくったってちゃんと聞こえてるよ!」


 扉を開けて出てきたのは、何と猫獣人だった。子ども体型の俺よりもさらに小さい、背中を丸めたおばあちゃんといった様子。いや、猫背といった方が正しいのか?


 身長よりも大きな杖を手にして、薬師というよりは森の魔女といった雰囲気のローブに身を包んでいる。耳をぴくぴくさせながら、大きな目でシンアルと、その横に立つ俺をジロリと見つめてきた。何か圧が凄いな、このばあちゃん。


「バルバラ、久しぶりだな。家に居たようで何よりだ。今日は頼みがあってやってきた」

「シンアル、久しぶりに来たってのにやっかいごとを持ち込んだのかい?」

「そう言うなよ。前に腰を悪くしたっていってたから、身の回りの世話をしてくれそうな子を連れてきたんだ。この子はルイ。身寄りがないから、世話をする代わりに面倒を見てあげてほしいんだ」

「ふん!あたしゃまだまだ現役だよ。それにこの子は…家事妖精じゃないか」


 家事妖精?俺が?


「あぁ。だが完全な家事妖精というわけではなさそうだよ。少しとがった耳、整った顔立ちなど特徴はあるが。妖精のチェンジリングに何らかのトラブルがあった、とかなのかな。おそらく、それが理由で…この子は…クッ…ウゥウゥゥ…」


 もはやお約束のように泣き出すシンアル、鼻の上にしわを寄せて、顔をしかめるバルバラ。何か衝撃的な事実が開示されたようだが、二人のやり取りのせいで深刻に考える暇がない!


「あー、もう、泣くんじゃないよ。相変わらず、うっとおしい男だねぇ!分かった、分かったよ。面倒を見ればいいんだろう。まったく」

「おぉ、そうか!良かったな、ルイ。バルバラは口は悪いが優しいやつだ。きっと悪いようにはしないよ」


 泣き止んだかと思うと花のような笑顔を浮かべるシンアル。お前の表情の変化はホント、顔芸に近いと思うぞ。バルバラも大きめの目と耳のせいか、かなり表情豊かな方だが。


「ハッ!誰が優しいもんかね。家事妖精ってことは家事が得意なんだろう?奴隷のようにこきつかってやるよ。こんなとこじゃなんだから家にお入り、あんたもだよシンアル。作りすぎた薬があるんだ、アタシには要らないやつだから持っていきな。あと茶が余ってるんだが、場所をとって仕方がないよ。邪魔だからついでに処分してっておくれ」


「な、優しいだろ?」

「えぇ。これがツンデレというやつですね」

「何をごちゃごちゃ言ってるんだい!さっさと入りな!」

 バルバラに叱られ、シンアルと二人で慌てて家に入った。

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