第1章-9
家に着くと、恵太は靴を脱いだなり目の前の階段へ向かった。階段の左脇に伸びる廊下の先には、台所で慌ただしく過ごす母親がいるだろう。確認もせず二階の自分の部屋に上がるのはいつものことだが、今はなおのこと歩みを止めたくなかった。制服を脱いで部屋着に袖を通す間も、唯からもらったメモのことが気になっている。
部屋の中にはベッドに机に本棚にテレビとゲーム機。必要な物以外はクローゼットの中にしまってある。異質なものといえば中学時代にしつこく誘われて買ったギターぐらいだ。誘ってきた当人が早々に飽きてしまい、インスタント式の軽音部は数日で自然消滅した。自分が弾いている姿を想像するたび、軽音部を存続させるよう手を尽くせばよかったのかもしれないと思い、釈然としない感覚が湧いてくる。未だに見えるところに置いてあるあたりが、未練の表れなのかもしれない。
恵太はベッドになだれ込み、仰向けでスマホをかざした。一、二回操作すれば、つい数十分前に唯からもらったばかりの番号が表れる。意図することなく、唯の言った通り誰もいないところでかけることとなっていた。恵太からすれば普段通り放課後を過ごしているだけだが、この状況なら唯も幽霊とやらも文句はないだろう。あとは目の前にある画面の、受話器のマークに触れるだけで電話がかかる。
恵太は念のため非通知の設定にして、受話器のマークに触れた。ごく平凡な、耳慣れたコール音。見知らぬ相手に繋がった場合は平謝りするしかないだろうと考えたが、その心配を嘲笑うようにコール音が続く。だんだん耳元から気持ちが離れていく中、突然音が止み、恵太は身構えた。だが、すぐに拍子抜けに変わった。第一声を聞いただけで分かる、ありふれた留守電のアナウンスだ。恵太は反射的に通話終了の操作をし、仰向けに転がって脱力した。
「誰も出ないじゃねえかよ」
想定していた結果のひとつとはいえ、実際に目の当たりにすると徒労感が一気に押し寄せてきた。ようやくヒントを掴めると思えば、結局また唯に振り回されたという結果だ。
かけたばかりの番号を消そうとしたところで、恵太の指は動きを止めた。唯の言葉が頭をよぎる。確か唯は、なかなか繋がらないと思うと言っていた。
『きっと恵太の知りたい答えが見えてくるから』
と言う、唯の訴えかけてくる顔。結論を出すのは、まだ早いのだろうか。恵太は小さく息をつき、スマホを脇に置いた。
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