第1話:出会い

 初めて恋をしたのは小学校の頃。だけど、相手は一人では無かった。あの子も好きで、あの子も好き。好きな人はと聞かれて男女数人の名前を挙げるあたしに、友人達は呆れていた。


「結局誰が好きなの?」


「みんな好きだよ」


「そうじゃなくて。恋の話」


「分かってるよ」


「じゃあ、その中の誰と結婚したいの?」


 友人の問いにあたしは答えられなかった。結婚できる相手がたった一人だけであることは、幼いあたしでもわかっていた。だけど、誰か一人に絞ることはできなかった。友人達は『まだ本当の恋というものを理解していない』と小馬鹿にするように笑った。

 恋をしていい相手は一人だけ。そのルールに、あたしは長年苦しめられてきた。

 中学生になり、好きな男の子から告白された。恋人になってほしい。そう言われてあたしは、思い切って疑問をぶつけた。『君のことは好きだけど、他にも好きな人が居る。そんな状態でお付き合いをするのは不誠実なのかな』と。彼は首を振って『付き合うからには、俺だけを好きになってほしい』と答えた。断ると『必ず、俺だけに夢中にさせるから。だから付き合ってほしい』とあたしの手を握った。好きな人に手を握られて、情熱的なセリフで口説かれて、普通はときめく場面なのかもしれない。だけどあたしがその時抱いた感情は恐怖だった。彼に対する恋心は、その瞬間に砕け散った。

 それから、複数の男子から告白を受けたけれど、全員に対して同じ疑問をぶつけ、同じ答えを返された。いつしか、陰でビッチだとか淫乱だとか囁かれるようになった。だけど、その頃はまだセックスの意味も知らないほど純粋だった。ある日一人の男子に『頼めばセックスさせてくれるって本当?』とニヤニヤしながら聞かれ、そこで初めてセックスという言葉の意味を知り、あたしを好きではないけどセックスはしたいという彼に興味を持ち、興味本位で一線を超えた。だけどその後付き合いたいと言われ、断った。


「お前、マジでビッチなんだな」


「けど君だって、あたしのこと好きじゃないのにしたじゃん」


「……元々好きだったんだよ。順番が逆になったけど」


 目を泳がせながらいう彼。嘘をついているのは明白だった。


「嘘吐き」


「嘘じゃねぇよ」


「嘘つかなくて良いよ。あたし、君のこと気に入った。付き合わなくていいならセックスさせてあげる」


「……お前、マジでビッチなんだな」


「そうらしい。君も他の人として良いけど、あたしも好きにするからね。あたしの身体だもん。どう扱ったっていいよね?」


「……分かった」


 そんなわけで、高校生に入る少し前、あたしに初めてのセフレが出来た。だけど高校生になると、彼女が出来たことを理由に関係を解消したいと言われた。


「意外に真面目だな君」


「うるせぇ。……マジで、好きなんだよ。こんなことしてるって知られて、幻滅されたくない」


「分かった。じゃあね」


「……お前は好きな人とか居ないわけ?って……お前んとこ女子校だったな」


「バイト先にセフレが何人かいるよ?」


「うわっ」


「引くなよ。君もその中の一人だったくせに」


「いや……うん……。……誰かと付き合いたいとかないの?」


「好きな人とセックスしたいとは思うけど、付き合いたいとは思わないかな。独り占めしたくないし、されたくない。いやじゃん。束縛するのもされんのも」


「……理解できんわ……」


「あたしには君の方が理解できないけどね」


 こうして彼との関係はあっさり終わった。バイト先で知り合った男性達との関係も長続きはしなかった。長く続くと向こうから付き合いたいと言ってくるか、恋人が出来たから終わりにしようと言われるか、恋人に関係がバレて修羅場になるかの三択だった。

 そんなあたしには、友達が居なかった。仲良くすると彼氏を取られると噂されていたから。

 一年の冬。浮いていたあたしに突然話しかけて来たのが、鈴歌だった。


「佐々木さん、だよね。私、五組の加藤鈴歌」


 当時のあたしは二組。他クラスの彼女とは一切接点がなかった。部活が一緒なわけでもない。そもそも部活はやっていたが、居心地が悪くてすぐにやめた。


「えっと……確かにあたしは佐々木だけど……なんであたしの名前を?」


「噂になってるから」


「噂知ってて近づいて来たの?なんで?哀れみ?」


「いや、興味があるんだ。君に」


「は?」


 口説かれているのかと思った。あたしが通っていたのは女子校で、校内の生徒同士で付き合っている子もそこそこいた。女性経験は無かったが、正直、興味はあった。


「あたしとセックスしたいって解釈で良い?」


「!?なんでそうなる!?」


「いや、あたしの噂知ってて興味あるとかいうからさ……そういう流れかなと」


「違う違う!けど……その様子だと噂って本当なんだな」


「本当だよ。超ビッチなの。あたし。女の子としたことはまだ無いけどね。……引くでしょ」


「いや、ますます興味が湧いた」


 あたしの話を聞いて目を輝かせた子は初めてだった。


「私さ、漫画を描いてるんだ」


「漫画?」


「そう。少女漫画。でね、君に、今描いてる漫画の悪女キャラのモデルになってほしくて」


「ふっ……なにそれ。あたしに興味あるってそういうこと?」


「うん。……流石にちょっと失礼だったかな」


「……悪女じゃなくてヒロインが良いなぁ〜」


「ビッチなヒロインかぁ……うーん……悪くはないけど、個人的に筆が乗らない」


「ふっ……ふふふ……なにそれ」


 今まで出会った人の中で一番面白い子だと思った。モデルの話を引き受けると彼女はパッと目を輝かせて、手を握って少し興奮した様子でお礼を言った。


「代わりにセックスさせてくれる?」


「それはすまん。無理だ」


「冗談よ。見境無いけど、嫌がる子と無理矢理したりはしないし、誰かの恋人を奪ったりもしない」


「そうなんだ」


「……信じるの?」


「悪い人には見えないし」


「……ふーん。やっぱり変な子だね。君」


「よく言われる。で、さっそく色々聞いても良い?」


「良いよ。なにが知りたい?経験人数は数えたことないからわかんないよ」


「流石ビッチ」


「褒めてんの?それ」


 これが、あたしと彼女の出会いだ。ビッチだと噂されるようになって孤立していったあたしにできた、高校入って初めての友達。そんな彼女と肉体関係を持つようになってしまうのは、もう少し先の話。


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