放浪の名づけ師と消し去られた町 6

 一同は、幻燈げんとう術者へ一斉に顔を向ける。


「他は? 他の箇所は?! コイツの娘やシアラのこと、オンジの住民全員が死亡したこと……、墓のことはどうなの?!」


 ニクラの急き込んだ問いに、相手は首を振って返した。

 すなわち、――。


 オンジの町は、三十年前、確かに消えた。

 トジロの家族や住人らも、確かに死んだ。

 だが、それは「大火」があったためではない。


「どういうコトよ……? だって、火事があったのは間違いないって、フクシロ様が……」

「フクシロ。さっき言っていた、オンジの件は事実なのね?」

「……事実です。モモノ大師の習慣のことは確実ですし、調べれば、教会に残る記録にも……」

「ちょ、ちょっと聞かせてほしいのん!」


 ひと際に大きな声を張り上げたニクリ。彼女は、片手を高く上げると、自身も立ち上がり、幻燈術者に向かった。


「リィは、実は、気になったトコロがあったのん。トジロちんが、『』って言ってたトコロだのん! そこは、『ウソ』だったのん?!」


 術者からの答えを待つまでもなく、その質問の意味するところを察したクミやフクシロ、ニクラの三人は、一様に、背筋も凍るような感覚に襲われる。


「『』? 『消えた』や『死んだ』じゃなくて……、『消された』……」

「まさか、オンジが焼けて無くなったというのは、……」

「そ、そんなこと……」


 そこに、「いかがですか?」と、しわがれた声が投げかけられる。


「あのとき……、失意のなか、シアラに真相を告げられ、私が味わった想い……。あなたたちが、今、味わってるのと同じものだ。吐き戻したくなるほどだろう?」

「こ……、この、ほざきジジイが!」


 吠え上げたニクラの平手から、光が放たれる。

 「ラ行・風韻ふういん」――。

 耳障りな音と空気を揺るがせる風が、トジロに迫りゆく。

 だが、座ったままの相手は、波導はどうの魔名術にひるむ様子もなく、その場の床を

 床板が割れ、木っ端が弾ける。――。


「なッ?!」


 「風韻」の魔名術は、トジロを襲っていった。

 だが、白髭と白髪が風に揺らされただけで、彼は、平然と座ったままである。

 トジロは、床を踏み抜いたことで「風韻」の効果を上書きしたのだ。より大きな騒音を立てることで、「身体の自由を奪う音」をかき消したのだ。

 咄嗟とっさの術を的確に対処され、唖然とするニクラ――。


「なんてヤツ……」

「守衛手司のお嬢さま」


 乱れた頭髪や髭を整えつつ、トジロは、静かに語りかける。

 

「君は、居丈高いたけだかになって言ってくれたな。『マ行・正偽せいぎ』は、を確かめる魔名術ではない、ウソかどうかを見極める……。ただそれだけだ、と。私は、魔名教が真実として記録に残す『オンジの大火』を、私自身の視点から語ったに過ぎない」

「何を……、何を言いたいの……?」

。私が、あのたちのために話せるのは、ここまでです」


 言いざまに気圧されるようになり、静まり返った室内。

 宣言どおり、トジロにはさらに語り出す様子はなく、微動だにもしない。

 息も止まるような静けさが長かった。


「ふ……、復讐ですか?」


 そんな静寂を破り、おずおずと訊くのは、クミである。


「オンジに火事を起こしていったへの復讐が、今、居坂で起きてることなんですか? それが、トジロ様たちの目的なんですか?」


 声を震わせて訊くネコだったが、トジロには答える気配がない。


「襲われた町のヒトたちが、オンジの町をメチャメチャにした犯人なんですか? 魔名を奪われたヒトたちが、トジロ様の家族を死なせた張本人だって言うんですか? 違いますよね? 三十年も前なんて、明良あきらが生まれてるわけない……」


 トジロは、やはり見向きさえしない。

 「まるで独り言を言っているようだ」と、クミは空しくなった。


「三十年前に起きたことの解明は、解決への手助けとなりますか?」


 言葉を失ったクミに代わり、フクシロがあらたに問いかける。


「『オンジの大火』について、私たちが全力を挙げ、真実を明らかにすれば、彼らは止まりましょうか? 譲歩の余地が作られるとお思いになりますか?」

「……」

「……考えたくもありませんが、に魔名教会は……、モモノ幻燈大師は関わっておりますか?」


 問いかけるも、当然、すべてが無駄に終わる。

 これ以上、何も語ることをせず、何も答えはしない。

 名づけ師トジロは、その強固な意志をまざまざと見せつけ、沈黙に徹している。

 「少女三人」の顛末てんまつを知った以上、もはや、「叛徒はんと認定」で脅しつけるような真似もできない。それ以前に、少女らにはそのような考えが浮かぶ余裕さえない。

 

 こうして、一同の胸に苦々しいざわめきを残し、尋問じんもんは終わりを迎えたのだった。

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