放浪の名づけ師と消し去られた町 4

「エマエマたち……、『少女三人』はすでに亡くなっていて、私やシアラの罪業には一切の関わりがない」


 「マ行・正偽せいぎ」のため、幻燈げんとうの教会員も場に加わったなか、トジロはそれだけを告げた。

 さらなる言及があるものと待ち受けるクミたちだったが、しばらく経って続きがないと判ると、幻燈術者に振り返り、確認する。

 彼女が返してきたのは、「首振り」――「トジロの発言はウソである」との答えだった。


「……どの部分が虚偽なのかな?」


 ニクラは、呆れてたずねる。


「『関わりがない』のところかと……」

「……ふぅ」


 あからさまなため息を吐いてから、ニクラは、トジロに向き直った。

 相手は悪びれもせず、無表情を保っている。


「『正偽』の効果は知ってるはずだよね? 、それを見極める魔名術じゃない。君の自意識に『ウソ』を吐いたという……。自覚あって『ウソ』を吐いたとき、幻燈術者は、君に青色の光をる」

「……」

「『叛徒はんと』の不名誉は、死後も永遠に残り続けるよ。教史の黎明れいめい期に魔名教会を私物化したズグ。大都だいと戦争の発端になったワイガル王。身勝手な理由で輩を大量に殺戮さつりくしたリミア……。しっかり言葉を尽くして弁明しないと、『エマエマ』や『残りの少女ふたり』は、彼らのあとに魔名を連ねることになる」


 味方ながら、あくどい取引を続けるニクラ。

 しかし、彼の端折はしょられた言葉では、なにも得られるものがないのも事実。それも、虚偽が含まれているとなればなおさらである。

 トジロにはまだ、故意に隠す事柄がある――。

 レイドログやシアラに繋がる手掛かりをどんなに些細なことでも手に入れ、これ以上の凶事を避けたい一同は、黙って見守るよりほかになかった。

 やがて、トジロは観念したのか、深く長い息を吐く。


「話すのは……、エマエマたちと私たちとがどういう関係にあったか、それと、までだ。それでいいんだな?」

「内容にもよるね」

「……モモノがいてくれたら、このような屈辱……。いや……。モモノがいたからこそ、か……」


 それから、名づけ師トジロは、「少女三人」について語り出した。


 *


 かつて、第八教区北部、東大洋とうたいようを臨む沿岸に「オンジ」という町が

 「あった」と過去の話になるのは、すでにこの町は存在していないためである。今より三十年前、この町に大火があり、このときに住民のほとんどが死亡。建物の損壊もはなはだしく、町としての機能は復旧困難。したとしても住み着く者がいないとみなされ、放棄されていた――。


 三十年前のトジロは、この町に「家族」を持っていた。


 名づけ師になったばかりの頃、彼は、たまたま訪れたこの町の荒々しい海の景色に魅せられ、逗留とうりゅうが少しばかり長く続いたらしい。そのあいだ、トジロは住人の娘と「よき仲」となり、夫婦となり、子もできた。生まれた女児は、父親自身の附名ふめい術により、「エマエマ」と名付けられる。

 家族ができたとはいえ、彼は名づけ師。居坂いさかの各地を旅して回り、「未名みな」の子に名を授ける責務があった。

 生まれたばかりの愛娘に後ろ髪をひかれつつ、トジロは、この海沿いの町に家族を残し、旅を続けることにした。 


 もちろん、まったくの離別というわけではない。

 名づけ師としての旅の折々、オンジの町に戻れる機会は何度もあった。

 それでも、年に一、二回程度である。文通を絶えず交わしてはいたものの、遠く離れるあいだ、残してきた家族をトジロが心配しないわけがなかった。


 だが、小さかったエマエマは、父親の心配には及ばず、再会するたびにひとまわりもふたまわりも成長しており、同年代の娘たちとも交流を深めていくようだった。

 「少女三人」とは、エマエマとこの友人ふたりのことであり――トジロも町に帰るたび、少女らに手を引かれ、あちこちを連れ回されたりしたものである。


 そうこうするうち、エマエマの誕生から十三年のときが経った――「三十年前の大火災」の直前である。


 この頃、エマエマを含む「三人娘」といえば、ちょっとした有名人になっていた。


 オンジの町は、陸地での農業や狩猟、東大洋とうたいようでの漁業を主な産業にしており、過去にはそれで栄えた時期がありはしたものの、この当時、長らく続いた不漁、不作にあえぎ、困窮極まる財政状況にあったらしい。町全体がどうしようもない閉塞感に包まれていたのだ。

 そこをいくらか明るくしたのが「三人娘」である。 

 不景気を嘆く住民に対し、少女らは無邪気なイタズラを仕掛け、笑いを呼び込む。家の稼業の手伝いにも出れないほどに年少の子らは、彼女らが主体となってひとところに集め、遊んだり、読み書きや簡単な魔名術を教えたり、おおいに面倒を見てやる。頼まれれば、憎まれ口のひとつを零しはするものの、住民の仕事を手伝ってやりもしていた――。

 少々天真てんしん爛漫らんまんが過ぎるところはあるものの、明朗快活、町を活気づけてくれる華として、「三人娘」は住民たちに愛されていたのだ。


 そして、「三人娘」が面倒を見ていた子どもらのなか、とある少年もいた。

 孤児堂に身を置く赤毛の少年――のちのホ・シアラである。

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