幾旅金と人世哀 3
斬り下ろしをいくつも放った疲れか、それとも、いまだ
バリの
(彼が力尽きるのが先か、僕の刀が保たなくなるのが先か……)
同じ
「見ろ」
少年は観衆に向けて、血を垂らす手を拡げた。
「
「……それが『真名』とやらかい?」
「そうだ。俺の『真名』だ」
「同じ口で僕を
「軟弱などではない」と言い返すと、明良はゼダンに向け、「
「悪逆があれば、俺は即座にアイツを斬る」
オ・バリは、細く開いた眼からチラリと大都の王を見遣った。
頭上にて見下ろしてくる風雪のなかの人影は、地に在り、言い合う者らを嘲笑っているかのよう、バリには感じられる。
「……なるほど。
「だが」と続け、バリは少年を
「それでは遅い。
「ゼダン以上の統治を大都に
「……それは
「……ならば、この決闘は完遂せざるをえない」
正眼に刀を構え、柄にも血を
その様の何かがきっかけとなったのか、このとき、再会してより初めて、
「彼を
「……なんのことだ?」
「統治者さ。明良くんが大都の為政を担ってみたらどうだい?」
「……」
「やってみないと判らないものだよ?」
「それこそ……、
叫び返した少年は、気迫に任せて飛び込んでくる。
バリもまた、即座に刀を鞘走らせ、斬撃を弾いた。
それからはふたたび、乱れ吹雪のなか、刀が何合も打ち鳴らされるのが続く。
もはや、ふたりともに口は利かない。幾百、幾千もの瞳に見守られながら、少年と大師とは、ただ己の剣に集中し、相手の刀に気を張る。
少しでも隙があれば、バリには攻勢に転じる余裕があり、それを知っている明良は、少しの隙も与えんと乱打する。ただただ、そればかりが長かった。
しかし、不可避の限界はやはり、訪れた――。
(来たなッ!)
明良の足運びは徐々に鈍くなっているようだ、とバリは気付いていた。一方、大師の「居合」のブレも少しずつ大きくなってきてもいた。
両者の限界が間近であると感じていた矢先の
「
これまでとは、技の型が違っているよう。構えも、これまでよりやや大振りである。バリにとり、どこか既視感のある振りかぶり。
だが、いずれにせよ、大きな問題ではない。
この斬撃を受けることは、あり得ない。大振りがためにできたわずかの
バリは見切った。
(両腕を斬るッ!)
ダンッ!
オ・バリは、地を踏み
「
迫り来る「幾旅金」と、それを支える少年の腕しかバリには見えていない。それのみを見ていなければ、両腕だけと定めた標的をしくじる。
だが、見ていないがゆえ、バリは気付けなかった。自らと少年との
バリ大師がこの場、この一合の異変に気が付いたのは、刀を鞘より抜ききり、「居合」を少年に目掛けた、まさに刹那――。
(速過ぎるッ?!)
剣速が、バリの思惑以上に速い。
腕が前へと引かれる。自らの長髪が流れている。まるで、強烈な突風に背後から襲われているかのよう、バリを前に引っ張る力が今、この場に存在する。
いや、バリを「引く力」ではない。
黒髪が流れる様からすると、相手もまた、引かれている。少年と大師とをより近づけようとでもするかのよう、中心に向かう不可解な力がこの場に働いているのだ。
(何だ、これはッ?!)
「居合」の一閃は、目測から外れた。速すぎたがため、振り下ろし途中の少年の腕を
当然のこと、その程度の負傷で明良は止まらない。
このままでは、まともに剣撃を受けてしまう――。
「クッ!」
バリは
カァン!
「合わせ筒」の防ぎに弾かれ、少年の刀身が浮く。
少年の渾身の「幾旅の裁」は、すんでのところで防がれた――はずであった。しかし、バリは相手に向けた左の前腕に悪寒を覚える。
(……まだかッ?!)
浮かされた刀身がピタリと止まる。
少年が近い。
二撃目が来る。
「
「合わせ筒」の盾さえ意に介さない、少年の一意。次が初撃より強いことは明白。
バリにはもはや、手を抜く余裕はない。刺し貫くよりほかにない。少年の命を奪うしかない。
即断さえすれば、「居合」でなくともバリは速かった。
「
しかし――。
「ッ?!」
前方より飛来した何かによって、バリの左目が貫かれる。
「く、ぁアァあッ!」
それは、指。明良の左手の中指であった。
度重なる
そして、その指は、斬撃の勢いと、先ほどより場に存在する正体不明の引き寄せる力により、大師の
あまりに不測がすぎる凶弾。意表を
バリのひと突きは、致命の狙いを外れ、少年の脇腹を削ぐだけに陥った。
少年の突撃は、止まらない――。
「
「ッ?!」
カァンッ!
振り下ろされた剣撃は、少年の初撃とまったく同じ軌道であった。
増幅の一撃がいまだ残るところに重ねられた、さらなる増幅。強力な斬れ味となった剣閃は、「神代遺物・合わせ筒」を斬り抜き、オ・バリの左腕に至った。
「っうぅ?!」
雪中に、血飛沫が噴く。
バリの手より、刀鞘の半身が零れ落ちる――。
「勝負あったな」
高みより、ゼダンが
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