大鏡とネコの想い 2
「ラ行・
少女ら三人が持つ
「これだのん!」
「何? この鏡……」
「かすかに……、光ってるような……」
少女らが取り巻き眺める
しかし、場にはどこか荘厳で、幻想の雰囲気が漂う。
それは、この大鏡が樹の内部という特殊な環境において、
「これが……、『
「あッ! 光が強くなったのん!」
「どういうこと……? ン……?」
何か思い当たったようなニクラは、「ちょっと離れてみて」とクミを見下ろす。
「私? 鏡から?」
「そう」
「何なのよ……」
しぶしぶと
すると――。
「あッ! 光が弱くなったのん!」
「クミ様に……、客人に反応してるのですね」
「ってことは……。私はやっぱり、『客人』で間違いなかったってわけか……」
「何を今さら言ってるのよ」
「いやぁ、実はまだ、半信半疑なトコロがあったのよねぇ……」
クミが居坂に現れてから、切っても切り離せなかったもの。それが「客人」である。
クシャの近郊で美名と出会う前は人々に追われた原因になり、それからのちも、危難を避けるため、わざわざ「客人ではない」との言い訳を繰り返したり、自分が何かしたわけでもないのに拝まれたりもしてきた。
そんなクミには心のどこか、「自分は本当に客人なのか」との疑いも残っていた。時折に「客人の威光」を都合よく利用してもきたネコだが、こんなちっぽけな自分が「神様の使い」だなんて、本当にそんな大層なものだろうかとしっくりこない部分があった。
しかし、この「
クミは客人。
伝承の道具がネコの素性を確かに証したのだ。
その事実を呑み込むように喉を鳴らすと、クミはフクシロを見上げた。
「……で、このあとはどうするんでしたっけ?」
「姿を映してください。それと……」
言葉を切って、フクシロは不意にお辞儀する。
「え? 何?」
今まさに「変理」を為そうというこの機に、クミにはその意図が判らない。
「どうかしたんですか? フクシロ様、お腹いたいの?」
「いえ、先にお礼を申し上げておこうと……。クミ様、本当にありがとうございました」
「え? え?」
教主のこの突然の感謝にはニクラとニクリも目を丸くする。
「どういうコトだのん、シロサマ?」
フクシロは膝を折り、身を屈め、慈しみ深い目でクミを見つめる。
「『変理』にて、もしも『
「え……?」
柔らかな笑顔に少しばかりの涙を浮かべ、フクシロは黒ネコの
「仮に、『居坂の争いを失くす』こととの二者択一であれば、その時はお気になさらず、ご自身の帰還を選択ください」
「え? え? 私、フクシロ様にそのこと、話しましたっけ?」
「モモノ大師から伺っておりました。だいぶ前にはなりますが、『
「あ、モモ大師と初めて会ったときかな……」
パチパチと瞬きをして、クミは顔を落とす。
(あの時は、そう思ってた。帰りたいって思ってた。ミユキにもユキにも、できるなら、また会いたいって……。その気持ちは今も同じ。でも、今の私はもう……)
「イヤだのん! クミちんいなくなるの、イヤだのん!」
ネコの思い悩みは、
「まだクミちんと話し足りないのん! フワフワ、もっと撫でたいのん! 尻尾も撫でたいのん! まだまだ、抱っこして一緒に寝たいのん!」
「リィ……」
ついに、ニクリは地団駄まで踏み始めた。
しかし、そんな少女に姉ニクラが近づいていく。
「んのぉ?!」
だが、平手はニクリの
幼く見える言動をとっても、ロ・ニクリは突出した才覚を持つ波導の大師。
姉が不意をついてきたとはいえ、迫りくる攻撃への対処は、少し意識を向けるだけでできる。
「
平手を自ら止めたような格好のニクラは、それでも妹をきつく睨む。
「馬鹿リィ。いい加減、分別を身に着けなよ」
「ラァ……」
妹から目を離し、ニクラはネコを見下げる。
「帰りたいなら帰らせればいいのよ。こんなアヤカム」
鋭く言ったニクラだが、少女の言葉尻はかすかに震えていた。
強がって、それを隠す素振り。
ふっと呆れ笑いを零すと、クミは「安心してよ」と言ってやる。
「私は勝手には帰らないわ。いや……、このままじゃ私、帰れない」
「……帰れない?」
クミは色違いの
「私ね。家族がいたのよ。もう、言うのも慣れちゃったけど、『神世』にね。とっても会いたい、大事な家族」
「クミ様にもご家族が……」
「うん」と小さなネコ。
「でもね、居坂で過ごしてるうちにこっちにもたくさん大事なヒトができた。私の家族に負けないくらい、素敵なヒトたちに出会えた」
「……どうせ、美名や
「また、ラァはそういう憎まれ口を叩く……。皆よ、皆。ニクラもリィもフクシロ様も、居坂で出会えた、皆……」
少女らを眺め渡す黒毛のネコ。
「私は、皆が大好き。居坂が大好きよ。居坂にきて、辛いコトやしんどいコトももちろんあったけど、楽しいコトもいっぱいあった。嬉しいコトもあった。モモ大師も言ってた気がするけど、居坂はホント、いいトコロよね」
クミは樹の
「『神世』に帰る……。日本に帰る……。それが可能でも、少なくとも今はそのときじゃないわ。このゴタゴタを終わらせて、アナタたちや、今この場にいない大事なヒトたち……、それこそ、美名や明良にもちゃんとお別れを言って、それから笑って帰るの。それが、今の私の正直な気持ちよ……」
「クミ様……」
「だから、ここでバイバイなんてことにはならないから安心してください」
「クミちん……」
「まぁ、一番いいのは、この『変理』で自由に行き来できるようになれたら、なんだけどねぇ~。ネコの体もだいぶ慣れちゃって、皆に撫でてもらえなくなるの、惜しい気がするし。あはは」
ネコに誘われて笑いを零す少女らのなか、ニクラが小さく息を
「『変理』と引き換えに命を失うとか、『神世』に強制帰還で二度と私たちのところに来れないとかだとしたら……、どうするつもりなのよ……」
ニクラの嫌な言葉に「あっ」と驚く残りの一同。
「そうですね……。伝承ではそこまで詳細ではないので、その可能性も……」
「ラァ、ヒドいのん! クミちんはゼッタイ死なない!」
「うん……。それは私もゴメンだわ。そのパターンだったら、ちょっと一回相談させて。考える」
「とんだ神様の使いね……」
もう一度少女らを眺め渡すと、クミは「よし」と意気込んだ。
「ともかく、なるようになれ、よ! 今は『変理』を成功させましょ!」
各々は目元を拭ってから、揃って頷いた。
「で、フクシロ様、次の手順は……?」
「はい。鏡に映るよう、前にお進みください」
促され、おそるおそると姿見に近づくクミ。
「そして、現れる者に『変えたい
続けざまに説明していたフクシロだったが――。
「クミッ?!」
「クミ様?!」
「クミちん!」
鏡がひと際強く光ったかと思うと、少女らの目の前から、黒毛のネコは姿を消した。
そして、不可思議なことに――。
「ちょ、ちょっとコレ……。どういうことよ……」
鏡の中にクミの姿は在った。
クミ本人は見当たらないのに、まるで鏡面寸前にいるようにちょこんと座ったネコの鏡像。背後でたじろぐ少女らを意に介さず、瞬きひとつせず、ヒゲひとつ揺らさない。
さながら、鏡面に描かれた絵画のようであった。
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