内証室の誓いと大師の策謀 2

「乗ります」

「……だろうねぇ」


 ハッキリと言い放った美名の言葉に、モモノ大師はニヤリとする。


「ニクラと争って私は……、変な言い方かもしれないけど、彼女もなんだって思いました。思えば……、サガンカのスッザも、サメのために一生懸命だったのかもしれない……」


 美名はチラリとクメン師に目を遣ると、「クメン様、ごめんなさい」と謝った。

 クメン師は微笑み、ゆっくりとかぶりを振った。


「……私の心が、彼女たちの心とまったく同じになることはないと思います。けれど、同じじゃないからって、違うからって、突き放したり、悪いコトだと決めつけるのも本当にそれで良いのかって……、私の心は思うんです」


 二色にしきがみの少女は小さなネコを見下ろす。


「……クミが私に『美名』の名前をくれたように」


 モモノ大師に目を向ける。


「……モモねえ様が私を救ってくれたように」


 傍らの明良を見つめる。


「……明良あきらが私の魔名を祝福してくれたように」


 少女は皆を見渡す。


「ヒトは……思いって、判り合うことができる。『主神しゅしん一尊いっそん』も『魔名解放党』も、皆で納得できる形があるかもしれない。取り返しがつかなくなる前に、そういう可能性を残してあげれるなら……。そのために私も、乗ります」

「……殊勝しゅしょうだねぇ」


 笑みを浮かべていた大師だったが、ふいに彼女はその笑いを消した。


「もうひとつ、確認しとこう……」


 モモノ大師の厳格で鋭い目つきが皆に注がれる。


「アタシらの死線ってことは、相手の死線でもある。『傷付けたくない』、『殺したくない』なんて甘いコトを言ってられない場面もあるだろうよ。……そうなったら、やれるかい?」


 少しの間があって、示し合わせたように皆は頷いた。


「そうなったら、あとになってグチグチ悩まずにいられるかい?」


 ふたたび、皆が頷く。


「よぉし……。なら、いいだろう」


 皆の覚悟は決まった。

 誓いの心を、お互いに確認し合うことができた――。


「さて……、『手短に』と言っといて、長くなっちまったね……。もう、明日の夜中には『烽火ほうか』が決行されちまう。ぼんは念のため、トモダチの身近みぢかに戻らないといけないから、『中策ちゅうさく』の内容なかみをさっくり話すよ?」


 これより先は、大師の言う「死線の先」となる。

 一同は、これも揃えたように固唾かたずんだ。


「……『中策』は、おおまかに言えば、『烽火』は。ただし、福城ふくしろの住人に害が及ばないよう、――」

「騙す……?」

「ああ。街中にある『大橋』が落ちる、そのために『解放党』の血気けっきはやった連中が集まるってンなら、橋の近隣の住民、河の下流の住民が危うい。だから『烽火』の決行時には、その『大橋』の『幻』を見せる。だ」


 皆が判じきれない中、「夢映むえいか」と真っ先に声を上げたのは明良であった。

 大師は「正解」と言わんばかりにうなずく。


「……幻を見せる『マ行・夢映』。アタシの幻燈を放って、『大橋』が全然別のところにあるように、福城全体を。『烽火』は深夜だ。そんな時間に『大橋』に用があるヤツはすべて『解放党』とみなしていいだろう。一網いちもう打尽だじんさ」

「でも……こんな大きい町の全員になんて、モモ大師は……」

「できるさぁ。これでもアタシは全盛期、福城より広い一帯の住民全員を騙くらかしたコトもあるんだよぉ?」

「……バケモノだわ……」


 クミの驚嘆に可笑しそうに微笑むと、大師は明良に目をくれる。


ぼんの役目は、『解放党』とギリギリまで一緒に行動して、『幻の大橋』付近に集まった『解放党』連中をひっ捕まえることだ。これが一番、力量と判断力が要る。できるだけ捕らえやすいような場所に『幻』を置いて、仕掛けも施すが、相手は何人か見当もつかない中、ひとりも逃がしちゃいけない。小娘程度の者が、おおいに紛れてるかもしれない。……できるかい?」

「……やるさ。幻燈げんとう大師が、俺ならできると見込んでくれたのだろう? 上々だ」

「……いいねぇ。ぼんはホントにいいオトコさぁね」


 大師は続いて、クメン師に目を向けた。


「クメン。アンタはその補助だ。片手を失くしちまってるが、短刀術をふるう心積もりはいいかい?」

「……はい。未熟でも、お役に立てるのであれば」

「……それについては、少しは助けになるだろうと思って、さっき蔵ン中からくすねてきたんだ」


 幻燈大師は「ほれ」と言って、ふところから取り出した物をクメン師に投げて寄越した。

 彼が受け取った物は、黄金色のかな細工ざいくさやに収まった短刀のようである。


「……これは?」

神代じんだい遺物いぶつ、『六指むつおよび』。使い方はあとで教えてやるよ」

「……なんと……」

「それでもアンタは、元がそんなに戦闘向きじゃないんだ。を相手にすることに努めるんだよ」

「承知しました」


 引き続き、大師は教主フクシロに目を向ける。


「スピンはこの主塔で待機」

「……それでよいのでしょうか?」

「よい。アタマはデンと構えてるのが格好つくんさぁね。それに、アタシの読みでは……」

 

 大師は言いかけて、頭を振る。


「何か……?」

「いや、何でもない……。塔の守りにはアタシが就く。『幻』を見せるため、できるだけ福城の中心にいないといけないこともあるしねぇ」


 モモノ大師はもうひとつ頭を振ってから、寝台の上の美名とクミを見遣った。


「美名嬢たちは『本物の大橋』に詰めとくれ」

「……え。けど、モモ姉様の幻燈が……」

「自信はある。司教相手だろうが『大橋』の幻を見せるくらいの自信は、アタシにもある。だが、万が一、すり抜けたヤツがいるとしたら……。美名嬢とクミネコとで迎え討つんだ」

「……判りました」


 美名とクミの頷きに自身も頷きを返して、モモノ大師は一同を眺め渡した。


「各々の持ち場が大丈夫そうだったら、明良坊とクメンの元に集うんだ。『幻の橋』が一番の危険地帯だ」


 一同は頷いて答えた。


「念のため、も準備してある」

「助っ人……?」

「ああ。とびっきりの、小娘相手ならうってつけの助っ人さ……。それと……」


 大師は意味ありげに笑った。

 そうして、そのままゆっくりと、教主フクシロ、クメン師、クミ、美名、明良にと、視線を流していく――。


「……いいかい? さっきは『死ね』みたいな覚悟をただしたが、アタシは、アンタらの誰にもいなくなってもらいたくはない」


 その目はとても穏やかで、優しい光をたたえていた。


「死なないでおくれよ。美名嬢の言葉じゃぁないが、傍にいる仲間とたすけ合って、身の安全を一番にしておくれ。こんなトコロで魔名を返すには、アンタらは惜しいヤツらだ」


 一同はお互いを見遣ってから、最後に視線を大師に集め、頷いた。

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