秘密集会の地下室と黒頭巾 1

「……おい、ゲイル。ちゃんと説明してくれ」


 明良あきらは友人の肩口を掴む。

 相手は顔だけは振り向いたが、目線はキョロキョロと定まらず、気もそぞろな様子である。


「……ああ。どこに密偵みっていがいるか判らないからな。ここに入るには符丁ふちょうが必要だ。『ンノミコで予約してる』って言えば断られるから、『席はどこでも構わないから濁り酒と芋酒の合わせ酒』って頼めばいい」

「そうじゃない……。この状況を説明しろと……」


 友人の言葉の途中でゲイルは黒い垂れ幕の方に目を向けると、「しっ」と仕草をつけ、明良に沈黙を促す。


「『定刻』だ……」

「『定刻』……?」


 明良も前方へと目を遣る。

 周囲の人々もささやき合いをめ、ふたりと同じように垂れ幕の方へと注目を集め始めている。壁際は段が設けられているのだろうか、衆目しゅうもく環視かんしの中、垂れ幕の前で頭ひとつ飛び出させた者があった――。


(なんだ……? アイツ……あの格好は……)


 その者は頭部すべてをすっぽりと覆うように、黒頭巾を身に着けていた。

 白く縁どられたのぞき穴から、鋭い眼光で群集を見渡す黒頭巾。

 ひとしきり見渡した後、黒頭巾から「みんな」と声が発せられる。地下にある部屋で、聴衆は息も止めたように静まり返っているため、その低音はよく響く。声音からすると黒頭巾の内容なかみは男のようであった。


「……今宵こよいの参集も感謝に絶えない。まずは定例通り、祈りを捧げよう」


 事態が掴めない明良と、いくらかのヒトを除いて、室の者たちは瞑目めいもくする。


「……神世かみよに主神あり」


 黒頭巾の言葉のあと、周囲がそれを復唱する。

 ひとりひとりの声量は小さいものだが、揃えられた言葉の重なりは、室の地面を揺らすかのように響いた。


居坂いさかに我ら、主神の御子みこがあり」


 ふたたびの復唱に囲まれながら、明良は辺りを見回す。


(……どういうことだ?)


 皆、揃えたように瞑目し、揃えたように「襟手きんしゅ」の半分の形――

右手を左胸に当てた格好をし、揃えて「祈り」をあげている。

 

……?)


 似ているが、違う。

 一見、魔名教の集会と同じようだが、異なる。

 魔名を持たず、地域の魔名教会に所属しているわけでもない明良でも、魔名教集会に参加した経験は少なからずある。大体において、集会の始まりは、今まさに行われているように、進行の者の先導によって祈りが捧げられる。

 では、このひそやかじみた場は、「魔名教の集会」であるのか。

 違う。

 似ているが、「祈りの言葉」の内容がまったく違う――。

 

「主神――『ン』の名と寵愛ちょうあいもと、御子たちに自由と平等を」

「自由と平等を――」


 魔名教の「祈り」では、明良が知る限り、「主神」という言葉は出てこない。「自由」と「平等」などという言葉も、聞いたことがない。

 進行するヒトにより、場合により、さまざまに言葉は違うが、大抵において「魔名」、「響き」、「ともがら」という単語が「祈り」には含まれる。それが一切ない――。


(魔名教じゃ……ないのか……?)


 目をみはる明良は、ちょうど瞑目を明けた黒頭巾と視線がかち合った。

 少し距離があるが、自身が黒頭巾に値踏みされたことを、少年は鋭敏に感じ取った。


「……直ってよし」


 黒頭巾の言葉により、聴衆は「襟手」の出来損ないを解き、目を開く。


「……毎度のことではあるが、今宵も新たな御子がいるようだね」


 予め定めていたかのように、黒頭巾は聴衆の中の特定の者を見つめる目線を送る。

 三、四のヒトをその目線でビクリとさせたあと、黒頭巾は明良にもふたたび視線を寄越した。少年は目つきをさらに険しくすることで応える。


「……結構。主神の御心みこころを悟る者が増えるのは、いいことだ」


 「さて」と仕切り直すと、黒頭巾は明良から目を離して、聴衆の全体を見渡すようにする。


「諸君、喜んでくれ。烽火ほうかの日程が定まった」


 黒頭巾の言葉に、静まり返っていたはずの群集が色めき立つ。


(烽火……? 狼煙のろしを上げるのか……?)


「四日後の夜、うしの刻に入り次第、烽火を決行する」


 続く言葉で、群集のどよめきはさらに勢いづいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る