十字の墓標群と指針釦 2
「魔名教のお葬式は、魔名教会のヒトがいなくてもいいのね」
「私も初めて弔いには参加したけど……そうみたいだね」
「そういえば、ラ行の教会堂師の取り調べに来るはずだった、『ヘヤからの魔名教会のヒト』は、どうしたんだろう……」
クミが不思議に思って
ふたりはフモヤの人々が帰村する行列の中、立ち止まって振り返る。
「俺はこっちだ」
そこはちょうど、西に向かう――フモヤを経由して港町ヘヤへ続く道と、内陸を南北に向かう道との
「私たちと一緒にヘヤに行くんじゃないの?」
「行くんじゃないの?」
「……俺は『名づけ師』には用はないからな。用があるのは、『
「行くアテは……あるの?」
心配そうな瞳を向ける美名に、明良は目を背けてふん、と鼻を鳴らす。
「俺もこれまで遊び歩いていたわけじゃない。『使役者』がいる町のアタリはついている。俺はそこに戻って、引き続き探索するさ」
「『使役者』……」
美名の呟きに、明良が横目を寄越す。
「『使役者』はどうして、クシャを
「……判らない」
美名に正面を向け直した明良は、自身の首から提げていた円形の装飾を外した。
シャラシャラと、
何をする気なのかとふたりが見守る中で、明良は装飾を手に乗せると、もう片方の手で装飾の上部をつまむようにねじった。
すると、カチリと音がして、貝が開くように装飾がふたつに割れる。
「ロケットだったんだ、それ……」
呟いたクミは、美名の肩を目指してその身体を登っていく。
クミも美名も、この「美名
そうして肩上に身を落ち着けたクミとともに、美名は明良の手の内を覗き込んだ。
割れた装飾の中、底がある側には、白い光沢を放つ楕円の何かが一枚、収められている。
「……洞蜥蜴の鱗だ」
「あ……」
「明良が手に持ってたっていう、アレ……?」
少年が頷く。
「この『
明良は、開いていたフタ側を美名とクミに見せてやる。
「対象がいる方向を指し示す」
装飾の表、フタの中央には透明な覆いがあり、その内部で小さな針がクルクルと回り、ほのかに青く光っていた。
「対象が死んでいたり、『よく判らない』状態だと、こうなる」
「『よく判らない』って……なに?」
「『よく判らない』から、『よく判らない』んだ」
要領の悪い回答に、ふたりは小さく噴き出した。
ふん、と鼻を鳴らして少し機嫌を損ねたらしい明良は、洞蜥蜴の鱗を取り出すと、自身の髪の毛を一本抜き取り、装飾の内部に収めた。
そうしてまた、表の「針」をふたりに見せる。
今度は針先が奥に――「指針釦」をもつ明良の方に向いて、真っ赤な光を放っていた。
「対象との距離が縮まるにつれ、青から紫、赤へと光る色が変わっていく。経験上、紫が歩いて四日分ほどの距離で、赤が一日分くらいの距離だ。近づけば近づくほど、赤みが強くなる」
言い切ると、明良は美名の手を取り、少し乱暴に手を開かせた。
その小ぶりの手のひらに、彼は「指針釦」を乗せる。
「お前に……やる」
「……やる? 私にくれるってこと?」
明良は「そうだ」と頷く。
「それで俺を追ってこい。お前が追いつくまでには『使役者』を捕らえて、クシャを襲撃した理由を吐かせておく。お前は追いつくなり、そいつに平手を張ってやればいい。身に着けた魔名術付きで、な」
「これを……私に……」
戸惑うように言葉を失っている美名の肩で、小さなクミが「ふ~ん」と、訳知り顔をする。
「明良、私たちのコト……。いや、美名のこと、気に入ってるでしょ?」
「……何を言いたい?」
「アクセサリーのプレゼント渡して、『俺の後についてこい』だなんて、まるで愛の告白じゃない。あ~あ、若いっていいにゃ~」
クミのからかいに顔を赤くした明良は、まだ美名の手のひらの上にあった「
美名とクミは呆気にとられ、明良と、クミの首にだらりと提がった円い銀装飾とを交互に見る。
「……クミに、だ! クミにやる!」
「えぇぇ……? ちょっとぉ、からかったのは悪いけどさぁ……。こんなんでムキになってたら女の子に……美名にモテないよ?」
「うるさい! 初めからクミにやるつもりだったんだ! これで『遺物』がひとりにひとつずつ! ちょうどいいだろう!」
ふたりのやり取りに、美名が噴き出す。
クミは呆れた様子でため息を
「それに、これじゃあ私には鎖が長すぎて、引き
「……そこは、私がお手伝いしましょう」
三人に割って入って来たのは、クシャの弔いに参加していたフモヤの村人のひとりであろう、口ひげを蓄えた中年の男だった。
「すみません。他意はないのですが、しばらく耳に入っておりました。失礼しますよ……」
男はクミの頭から装飾を取り、鎖紐に手をかざすと、「ナ行・軟化」と魔名術の詠唱をした。
「……ナ行?」
「『ナ行
美名の説明の合間に男は、金属の鎖を外し、鎖の大部分を一本の棒にし、それを三重ほどに巻いて円形にしてしまう。
その工程をすべて素手で、泥粘土を扱うようにいとも簡単に、瞬時に為してしまった。
なんとも流麗な男の手際に、三人は見惚れる。
「ナ行・
詠唱後、ナ行魔名術者の男はクミの首に鎖を回し、その両端を、作った輪に通した。
今度の「
「スゴいわね……。キーホルダーの、あの輪っかにしちゃったのね」
「稼業が金属細工でしてね。美名さんの手で取り外しもできましょう」
「ありがとうございます」
「いぃえ。『
ナ行魔名術者が意味ありげに目線を送ると、男子はまたも顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
美名とクミ、ナ行魔名術者とが辻の中央で笑い合う。
もう一度、美名とクミが礼を述べると、
いくらか顔の赤らみが収まった明良はふう、とため息を吐き、美名を見据える。
その強張るような面差しに、美名も表情を固めた。
「魔名を貰うのはいいが、魔名教には気を付けろ」
「……魔名教に?」
「『
明良の言葉に、美名も息を呑みこむ。
「どういうこと?」と判っていないのは、クミだった。
「それで、なんで魔名教に気を付けるって話になるわけ?」
「……『王段』の魔名術者は、その多くが魔名教会に属するヒトたちなのよ……。ましてや、『大師』は
美名の言葉に、クミにも合点がいったようだった。
(魔名教の内部に、クシャを襲った犯人がいる可能性が高いってこと?)
「判った」と頷く美名に、明良も頷きで応じる。
「明良も、気を付けてね!」
「クミも……美名もな!」
「美名以外に浮気しないようにね、少年!」
お互いに手を振り合って、美名とクミ、明良とは辻で別れる。
魔名を持たない者たちは、それぞれの道を歩き出した。
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