目つきの悪い少年と冷息吹の洞蜥蜴 7

「ねえ、アンタ!」

「なんなんだ、お前は! 騒がしいッ!」


 いくら斬りつけても成果の上がらない少年は、肩の上の小さなクミを怒鳴りつけるようにした。


「あそこ!」


 そんな怒声など気にも留めず、クミは黒毛に包まれた腕をうろ蜥蜴とかげに向けた。

 例の、「アゴ」の下の「くぼみ」に、である。


「アレ! あのピンクのところがきっと『逆鱗げきりん』よ!」


 斬撃を放った後、少年は騒がしいクミの腕の先に一瞬だけ、目をくれる。


「……見えない! それに、『ピンク』って何だ!」


 上手く伝わらないことに、小さなクミは「あぁ、もう」と焦れてしまう。

 そうして、チラリと美名の様子を窺った。

 「れい息吹いぶき」の猛攻に、彼女の大切な友人はすでに片膝をついてしまっており、あれほど熱く洞蜥蜴を睨みつけていた深紅の瞳の光が、どこかかげりを帯びている。


(もう、いくらの猶予もないッ!)


「いいから、早く! 私を信じて!」

「怪奇極まるアヤカムの言葉を……」


 叫び返しながら、少年はクミを肩に乗せたまま駆け出す。

 そして、「冷息吹」を吐き続ける洞蜥蜴の頭部の真下、白雪の上に仁王立った。

 ギラリと、切れ長の目を頭上に向ける。


「……信じてみるほか、手立てなしか! クソッ!」


 叫んだ少年は跳ぶ。

 刀を突き出し、クミを乗せて。


「見えた! あの『へこみ』かッ?!」

「そう!」

「通れぇッ! 幾旅いくたびざんッ!」


 洞蜥蜴の頭部真下、その間近まで跳び上がった少年は、白光の刀を振り抜いた。

 閃光のようなその一撃は、例のごとく、ひと振りがいくつもの斬撃となって、洞蜥蜴の「逆鱗」に集中する。

 剣閃をいくつも浴びた「逆鱗」は、小さな血飛沫しぶきを噴いて、裂けた。


オォォオン

 

 直後、洞蜥蜴がひときわ大きな鳴き声を上げる。

 痛さのためか、「逆鱗」を失った哀しみか、洞蜥蜴の鎌首が天を仰ぐように上方に向けられるのを、少年とともに落下しながら、クミはその色違いの双眸で捉えた。

 雪の上に着地した少年は、頭上の洞蜥蜴を見遣る。

 少年の身体にしがみつくクミは、美名を見遣る。


「やったか?!」

「美名?!」


 美名への「冷息吹」の集中は止んでいた。

 彼女は片膝をつき、遠目にも肩で息を吐いている様子が見て取れる。その様子が「冷息吹」が障ったためでなく、呼吸を整えているだけであってほしいと、クミは願った。

 洞蜥蜴は「冷息吹」を噴き出していた。

 だが、それには定まった標的などなく、上下左右、無茶苦茶に吐きつけているものだ。その乱雑ぶりが周囲の風雪の勢いをかき乱し、無軌道な冷風と雪嵐が先ほどよりも強くなっている。


「……もっとひどくなってるじゃないか!」

「違うわ!」


 クミは、少年の言葉を断ずるように返す。


「アイツは『目』を失った! 『逆鱗』ってのは私たち、獲物を見ている『目』だったのよ! これで私たちが、美名が、直接「息吹」にさらされることはなくなった! 事態は好転したのよ!」


 「美名のところへ!」と小さなクミに命じられるまま、少年は美名の許へと駆け寄った。ひとつだけ舌打ちを鳴らしたものの、怪奇なアヤカムの言に従うことへの抵抗は、彼の中にいくらも残っていないようだった。


「美名ぁ! ダイジョブ……?」

「ふぅ……ふぅ……。な、なんとか……」


 「かさがたな」を杖代わりに、美名は立ち上がる。

 上げたおもてには、洞蜥蜴に対する怒りが、むしろ、より強固に表れているようだった。


「美名、アイツを切れる?」

「やってみる……。やるしかない!」


 深紅の瞳で暴れ狂う洞蜥蜴を見据えると、大きくひとつ深呼吸をし、美名は「嵩ね刀」を横一文字に構えて駆け出した。


他行ほかぎょう詠唱えいしょうだ!」


 美名の姿を目で追いながら、少年が叫ぶ。

 

「『幾旅金いくたびのかね』でも鱗に阻まれて刃が通らないというのに、あんな鈍そうな刀で!」

「『嵩ね刀』なら……!」


 少年とクミ、ふたりに見守られながら美名は、雪上で足を踏み切り、跳び上がる。


不全ふぜん……裁断さいだんッ!」


 柄を両手で引き絞り、切先の刃を立てた「嵩ね刀」。

 洞蜥蜴の首と頭部の付け根を目掛けて、美名は空中で刀を振り下ろす。

 刀と洞蜥蜴が交わる――。

 暴風雪の轟音の渦中にありながら、金属がかち合うような甲高い音が辺りに轟いた。

 だが――。


「そんなッ?!」

「やはりッ!」


 洞蜥蜴の首と頭は、繋がったままだった。

 超質量の「嵩ね刀」の斬撃でも、洞蜥蜴の鱗の鎧はち切れなかったのだ。


オォォオン


 勝ち誇るように、巨大なアヤカムは天上に向け、「絶息ぜっそくれい息吹いぶき」を吹き荒らす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る