第10話 勝利の為に 前編②

 ――2時間前。駅前のホテルの一室。ミレイヌに部屋を取らせ、また、ミレイヌがホテルのボーイに“交渉”を行う事で、不能者であるフリントたちはその隙に部屋に入り込んだ。


「とにもかくにもクーデリアの奪取。これが第一目標だ」


 フリントは第3区画の地図をテーブルに広げながら言った。シェリルはタブレットを取り出し、地図の写真を取るとデータの解析を行う。その様子を見てゴーダンは額から汗を流しながら言う。


「なんじゃそりゃ……?光ってる板……?」


 ゴーダンの反応にシェリルは嬉しそうに答えた。


「おっ、そういう反応が欲しかったのよ~。フリント君たらこういうの見てもやけに落ち着いてるんだもん」


「お前はな……」


 フリントはシェリルにしかめっ面をしながら言うが、咳こんで場の雰囲気を整える。


「……オホン。ティファニーがクーデリアをどうするつもりかは知らないが、俺から奪った以上、元に戻すっていうのが第一目標のはずだ。シェリルが話していた通り、クーデリアは存在するだけで周囲に死をまき散らす超危険物だ。……となるとそのままにしておくわけにはいかない。今まで保管していたナタール家本邸に戻すはずだ」


 フリントは第3区画の駅を指さした。


「ならその行動は向こうも迅速に行うはず。……こちらが最短ルートを使って待ち伏せされたように、こっちも最短経路に待ち伏せを行ってやるんだ」


「でも……あっちだってそんなの予想していないわけじゃないでしょう?」


 シェリルが手を挙げて質問する。


「そうだ。だからまず事前に敵の数を把握するためにこの高台を確保した。まず街中に出られない俺とゴーダンがここから敵の位置を把握する。ミレイヌ、お前は先に現場に行ってルートの確保を行ってくれ」


「私は?」


「…………頼みづらいことを頼むことになるが、大丈夫か?」



 フリントが立てた作戦はナタール家の屋敷につながる道だけを残した状態で、ほかの道を爆破。そして群衆が大混乱に陥ったところでクーデリアを回収という方法だった。確かに直接爆発で被害を出すわけではないものの、間接的にパニックでけが人や死人が出かねない、危険な方法であった。相手も武器を持っている兵隊相手とは違う、一般人に被害が出るこの作戦の、直接の引金を引く役割をさせることにフリントは躊躇をしたが、シェリルは引き受けた。ここまでやってきて今更自分を無罪の人間だとは言うつもりは無かったからだ。


× × ×


 ――そして作戦は成功した。クーデリアを抱えたミレイヌは屋根に着地すると、フリントにクーデリアを預ける。クーデリアを渡した後、ミレイヌは手を握ったりを繰り返し、自分の体調を確認した。今の一連の動きで魔力がどこまで吸われてしまっていたか、確認する必要があるからだ。


「……大丈夫です! 問題ありません!」


 ミレイヌは少し魔力を吸われた感覚はあったものの、特に行動に支障はないことも確認した。やはり化身の状態では、そう極端に魔力を吸収はしない。元々の紋章を運び出す予定が化身の状態で運ぶことだったのと、ナタール家が紋章を管理している間は常に化身の状態で幽閉していたことから考えても、その想定は間違っていなかった。逆に言えば、こうやって魔力を吸われたということは、彼女が紋章の化身であることの証明だった。


「クーデリア! 大丈夫か!」


 フリントはクーデリアを抱えながら屋根の上の走っていく。シェリルは先に合流地点で待機するよう指示しているため、今はこの3人でこの場を切り抜けなくてはいけない。だが――。


「クー……デリア? ……お兄さん、誰?」


「……クーデリア?」


 クーデリアの無感動な反応に、フリントは足を止めた。


「私……あのお姉さんから離れちゃいけないって言われてるの……とても危ないから……。お兄さんは大丈夫なの……?」


 フリントは高速で頭を回転させた。ここで考えるべきことは2つ。この少女が偽物か、もしくはナタール家に何らかの操作を受けたクーデリアそのものであるか。


 前者である場合、ティファニーは大博打を打ったことになる。もしくは自分が把握していない信頼できる部下がいるか否か。その可能性は否定できない。そして後者である場合、よくよく考えると紋章の化身の状態であるクーデリアをどうするか、フリントは余り知らない部分が多かった。そこまで考えが及ばなかったわけではないが、どうするかというのは後で考えるしかないと思っていたのもあった。


 ミレイヌは魔力を吸われたことで本物と確信してはいたが、この状況で二人はまだそれを伝え合うというところまで至っておらず、不能者であるフリントにはミレイヌやクーデリアの魔力を確認しようがなかった。


 ――次に会う私は私じゃ無くなっている。フリントはふとそんな言葉が頭をよぎった。どこで話したか記憶が全くないのだが、なぜかそんなことをクーデリアと話したような気がしたのだった。そして少女の顔をもう一度見て、決断をする。


「…………大丈夫だ。俺はお前を助けに来たんだ。……クーデリア」


「クーデリア……それ私のお名前……?」


 怯えるクーデリアをフリントは抱きしめながら言った。


「ああ、そうだ。お前に外を見せてやる。俺はそのために来たんだ」


 その言葉を聞き、クーデリアは頭痛がして頭を抑える。何か忘れている、そんな感じが頭を、そして胸を駆け巡った。


× × ×


「もう誰も食べなくていい。俺が外に連れてってあげる。クーヒャドルファン」


 薄暗い部屋で枷をつけられ幽閉されている白髪の少女に、赤髪の青年が優しく手を伸ばす。少女は怯えてその青年から離れるように後ずさる。


「誰……! 近づかないで……私は……!」


 だがその青年はそんな少女にあくまで優しく接し続けた。


「大丈夫。俺が君に触れても、食べられたりはしない。大丈夫だよ」


 あくまで少女を気遣うように手を伸ばす青年の手を、少女は恐る恐る掴んだ。今まで、自分が触れた人間は悲鳴をあげながら干からびていくように倒れてしまっていた。少女はそんな自分の行為に恐怖していたが、2月に1度、このように誰かから魔力を吸収しないと、強烈な飢餓感を感じ耐えることができなかった。もう何十人、何百人もそうしてきて慣れてしまっていた。そして慣れている自分が途轍もなく嫌だった。


「おじさん……どうして……!?」


「お……おじさん……」


 おじさんと呼ばれた青年は少しショックを受けるが、気を取り直して話をつづけた。


「俺は君を外の世界に連れて行くように頼まれているんだ。……外の世界はこのイシスニアより魔力に溢れてる。君も、人から魔力を吸収しなくても、生きていけるような世界なんだ」


 少女は一瞬目を輝かせるが、すぐにその目をやめて俯いた。


「……ダメ。なら私は外に行けない」


「……どうして?」


「そんなところに行ったら、私は……すべてをダメにしてしまうかもしれない。怖いの……私がどんな酷いことをしてしまうか……!」


 少女は自分の両腕で自分の肩を掴むように丸まり、外に向かいたいという自分の感情を、むりやり理性で抑えようとしていた。青年はそんな少女の様子を見て、自分の妹の姿が重なって見えていた。余りに強い才能を持ってしまい、殻に閉じこもっていた妹を。青年は怯える少女を安心させるように、優しくその肩に手を乗せる。


「……大丈夫。君が本当に自分が抑えられなくなったら、その時は俺が助ける」


 青年の言葉に少女は驚いたように顔を上げる。


「……どうしてそこまでしてくれるの?」


「正直に言えばそれが任務だから、になるのかもしれない。けど、この部屋に入って君を見たとき思ったんだ。“助けなくては”って」


「……本当に信じていいの?」


「ああ、こちらからもお願いさせてくれ。信じてくれ、って」


 青年は右手に魔力を込めると、少女に付けられていた枷を破壊して外した。そして少女を担ぎ上げ、部屋の出口に向かう。


「おじさん」


 出口の前で、少女は青年に尋ねる。


「ん?なんだ?」


「名前……教えて」


「…………俺の名前は"タイレル"。タイレル・コーミズだ」


「……ありがとう。タイレルおじさん」


 そしてタイレルは外に出ようとするが、またしても足を止めた。


「あ、そうだ」


「どうしたの?」


「君の名前、クーヒャドルファンじゃかたっ苦しいだろ?だからさ、君のこと“クーデリア”って呼んでいいかい?」


「クー……デリア?」


「そう、クーデリア。君の名前だ」

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