ゴーストライター
@asyurara
青年と母親
男は憔悴仕切っていた。
顔は、亡者に間違うほど生気が失われていて、目には光が灯っていない。健康的だったはずの体も、今では肋骨が浮き出ている。
そうなってしまった理由は、もう長いこと水以外口にしていないのもあるが、何より、男の母親が旅立ったことがもっともの原因だろう。
男は母親を愛していた。
男が母親に愛されていたからもあるが、今までの人生の中で、もっとも多くの時間を共有しているからだろう。
彼にとっては、人生で欠かすことの出来ない人物だった。
だから、だからこそ彼は壊れてしまった。
どんなものにも興味を示さず、ただ、日々が流れていくのを待つだけだった。
ここで少し未来の話をしよう。
彼は今、元気に暮らしている。たとえ母親がいなくても、元気に。
その理由は、彼が『彼女』に出会ったからだろう。
女がステンレス製のドアの前に立っていた。
中に入ろうとせず、立ち止まっている。
ドアに虫が張り付いていて動けないのではなく、何かを考えているようだ。
少しして、意を決したようにドアをノックする。
反応がない。
なんの反応がなかった場合は、勝手に入っていいと言われているので、事前に渡されていた合鍵を使い、中に入る。
そして女が、さっきまで考えていたことを思い出す。
なんて名乗ろう……。
女は少し特殊な仕事をしている。一般的には、あまり知られていないので、どう名乗ったらいいか考えていた。
「お母様から依頼を受けた者です。望月啓太様はいらっしゃいますか」
反応がない。声をはりあげてもう一度同じことを言うが、やはり反応はなかった。
リビングに上がる。そこには、1人の男がいた。
手元にある写真と見比べ、風貌こそ変わったが、その男が望月啓太だと確信する。
「お母様から依頼を受けた……」
その後の言葉は、続かなかった。
啓太が、続くはずだった言葉を遮ったのだ。
「母さんが、かえってきたのか……?」
その声は小さく、細かった。
女は、小さく首を横に振った。
それが伝わったのか、啓太は、また無気力に前を見始めた。
啓太とコミュニケーションを取ることを諦めた。
そこで部屋を見渡す。思ったほど荒れてはいなかった。しかし、生活した後がないかのように、匂いがなかった。
女は啓太に一言、
「儀式をする準備を始めますね」
儀式なんてものはない。ただ言ってみただけだ。
相変わらず、反応はなかった。
数分後、女が、リビングに戻ってきた。
その手には、白米と味噌汁と、簡単な料理がのった盆がある。
「ここに食事があるので、召し上がりください」
啓太はちらりと横目に置かれた食事を見て、すぐ前の状態に戻った。
その反応にしびれを切らしたのか、箸で食事をすくい、強引に啓太の口にいれてくる。
今まで無反応だった啓太が、このままではまずいと本能で感じ取ったのか、少しばかり抵抗をする。
口に入れられたものを吐き出し、手を押しのける。
そこで初めて、入ってきた女の顔をみた。
「それでは、お母様から、貴方様へのメッセージです。
『啓太、元気にしてる? 言いたいことはいっぱいあるけど、多すぎるとこの人に迷惑かもだから、ひとつにするわ。
生まれてきてくれてありがとう。これからは、幸せに生きてね』
メッセージは以上です 」
啓太はぽかんとしていた。
言われた言葉の内容が理解できなかった。
しかし、一言、やっとの思いで絞り出した。
「俺を……馬鹿にしてんのか……?」
女は首を横に振り、否定する。
「今のは、紛れもなくお母様からの言葉です。死んだ人は、いかなる方法を使っても、こちらに思いを伝えることはできません。しかし、思いを伝えられなかったから浮かばれない人は、沢山います。その中で、こうしてあなたに思いを伝えられたことは、非常に幸運と言えるでしょう」
啓太の顔が崩れていく。母親が死んだという実感が、今さらながら湧いてくる。
「その言葉をどう受け取るかはあなた次第です。どうか、お母様が願ったように生きてください」
女が、玄関のドアを開け、退出した。
ゴーストライター @asyurara
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