第14話 探偵チーム退勤せよ
「連絡が取れない?」
「はい。教えていただいた連絡先に賭けても一向に繋がらなくて……」
調査の報告を終えた私に古森がおずおずと告げたのは、依頼人に関する予想外の情報だった。
「じゃあ調査はキャンセルってこと?」
「それが……報酬が振り込まれてるんです」
「嘘っ。まだ報告書を出してないのに?報告が要らないなんて、調査そのものが無意味になるってことじゃない」
「浮気問題が解決したので、調査の必要がなくなったということでしょうか……」
「でも、浮気はしっかりしてたわよ。もしあれがお芝居なら……」
そこまで言いかけて、私ははっとした。……お芝居?
「お芝居だとしたら、依頼そのものが別の目的のダミーということも考えられますね」
「ダミー?」
「浮気は口実で、依頼をすること自体が目的だったということです」
「どういうこと?私たちに無駄足を運ばせるためだけに二百万も払う?」
「それは……わかりません。とにかく連絡がつかないのと、お金が振り込まれたことだけは現実みたいです。……どうしましょう?」
「仕方ないわ、受け取っときましょ。どうせ私たちのために使うお金じゃないし、苦労した分、早めに使って厄払いをするっていうのもありかもしれないわ」
私がため息と共に決断を下すと、古森が「では報酬じゃなくて寄付ということで処理します」と経理の顔に戻って言った。
「あーあ、だけど思ったよりダメージの多い調査だったな。コンゴは自信を失っちゃうし、ウルフは丸一日、元に戻らなかったし」
私は天井を見上げると、大げさにため息をついてみせた。
大神の能力――これには多少の説明がいるだろう。我が探偵事務所の調査員、大神は興奮したり丸い物体を見たりすると黒い犬に変身する特殊能力を持っているのだ。
これが他の人から聞いた話なら、私はそんな馬鹿なと即座に笑い飛ばすだろう。人間が犬に変身するだなんて、実際にその目で見ない限り到底、信じられるような話ではない。
だが、私はその現象がどれほど非科学的であっても、疑問に思ったりはしない。私の部下たちの能力は彼らが彼らであるために必要不可欠なものだし、何度も私やほかの調査員たちの危機を救っているとても重要な能力なのだ。
「――でも結果的に大家さんに渡せるお金が用意できましたし、私はこれでいいと思います」
古森の珍しくポジティブな発言に、私は張りつめていた気持ちが少しだけ緩むのを感じた。
「……そうね、そう考えればまあまあの仕事ができたと言っていいのかもしれないわ。……よし、じゃあ今日はお昼までで事務所を閉めましょう。午後からは全員、オフにします」
「えっ、本当ですか?」
私の唐突な決定に、その場にいた全員が目を白黒させた。
「本当よ。あ、テディと石さんから連絡が来るかもしれないから、携帯の電源だけは入れておいてね」
私は自分の机に戻ると、退室の準備でばたばたし始めた部下たちの様子をぼんやり眺めた。
※
早く帰宅して母から雑用を仰せつかるのも鬱陶しかった私は、通勤時に脇を通るカフェに衝動的に入った。お茶を飲みたいわけでも読書をしたいわけでもなく、ただぼうっとしたかったのだ。
――それにしても高いお金を払ってまで依頼者がしたかったこととはいったい、なんなんだろう?
家賃の立て替えにめどがついた勢いでオフにしてしまったが、この数日不倫とお化けのことばかり考えていた私の頭は仕事場にいるのとたいして変わりがなかった。
――ああ、こうなるんだったら事務所で謎のノートと取っ組み合いでもしてればよかった。
私がラテを啜りながら取り留めもない考えにふけっていた、その時だった。窓際のカウンター席にいた女性がつと立ちあがり、私の前を通り過ぎた。
――あの子……『麗華』でマミカに取り次いでくれた店員さんだ!
私は頭の中に火が灯ったように、調査の過程で膨らんだ疑問を整理し始めた。やがて女性がカウンターに戻ると、私は何かに突き動かされるように女性の傍に歩み寄った。
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