第7話 笑う令嬢


「しかし本当に怪しまれませんかね、ボス」


 『令嬢カフェ・麗華れいか』の看板を見上げながら、金剛が不安げな口調で私に囁いた。


「わからないけどカップルは出入り禁止ってわけでもないでしょ。お嬢様を一目見に来ましたって感じで堂々としてればいいんじゃない?」


 私は自分が疎いのをいいことに、さあ入ってと金剛の広い背中をどやした。


「――いらっしゃいませ、お二人様ですか?」


 私たちを出迎えたのは意外にもきつそうなお嬢様ではなく、普通のメイド喫茶あたりにいそうな侍女風の女の子だった。


「あの……マミコ様っていう店員さんは、今日は?」


 金剛が遠慮がちにターゲットの名を口にすると、途端に女の子の表情が硬くなった。


「……お嬢様のことですか?」


 女の子の眼差しがきっと険しくなり、金剛は「ひっ」と叫んで後ずさった。どうやらこの調査では、私が金剛を守る立場になりそうだ。


「そ、そうですはい。お嬢様にひと目、お目にかかれないかと……」


「身の程という物を知らない方たちですね。……まあいいでしょう、一応、うかがってまいりますのでお席でお待ちください。……ただし、決して期待などなさらぬように」


 女の子は眼鏡を押し上げながら厳しい口調で言うと、私たちを席へと誘った。


「うーん、この段階からすでに冷たいんですね。……これもサービスのうちなんですかね、ボス?」


「さあ。でも需要があるからお店があるんでしょ?きっとここまでやらないと納得しないお客さんがいるんだわ」


 私は自分を納得させるように言うと、案内の子がこれでは真打ちの『お嬢様』はどれほどきついのだろうと席の上で身を固くした。


『あちらのお客様です』


『ああ、あれ。本当に身の程知らずだわ。……でも暇つぶしに行ってあげようかしら』


 少し離れたカウンターのところで聞こえよがしにやり取りを始めたのは、幼い顔をした小柄な女性店員だった。


 ――あの子が川渕真美子か。見たところ普通の女の子みたいね。


 もっとも『お嬢様』になっている時点で、もう何が普通なんだかよくわからないのだが。


「いらっしゃい。庶民が一体何をしに来たのかしら?」


 『令嬢』マミコはコップを置くと、つんとした表情のまま私たちを見下ろした。接客の手際こそウェイトレスのそれだったが、オーダーを聞いている間のポーズはトレイを持った手を腰に当てているというまさに『お嬢様』然としたものだった。


「あの、私たちH医大の学生なんですけど、ここで同じ学校の生徒さんが働いてるって聞いて、それで……」


 私は即座に用意してきた口上を口にした。私は二十三、金剛に至っては二十九だがこの際、大いにサバを読ませてもらおう。


「あらっ……じゃなかった、ふうん、そうなの。――でもそんなこと、どうでもいいわ。下々の身の上なんて、私に関係ないもの」


 役作りが上手い、と私は思った。もしかしたらここは女優の卵が集う店なのかもしれない。


「――で?注文は何なの?早くしてくれないかしら。私、暇じゃないのよ」


 『お嬢様』の勢いに気圧されながら金剛の方を見た私は、なぜかぼうっとしている部下を見てぎょっとした。コンゴ、まさかこういう対応がストライクだったの?


「ええと、あのオムライスを……」


 金剛が消え入りそうな声で言うと、マミコは「ふっ、つまらない物を頼むのね。そんな物で本当にいいの?」とぶれることなくオーダーを再確認した。


「はい、お願いします」


「ふふ、たかがオムライスでそんなに卑屈になれるなんてやっぱり庶民ね。……いいわ、特別に用意させるわ」


 マミコはくるりと身を翻すと、奥のキッチンに向かって「オムライス一つ、用意して」と叫んだ。


「お嬢様が召し上がられるのですか?」


「違うわ。庶民のエサよ」


 マミコがやや過激なお嬢様を演じながら奥に消えると、金剛は気が抜けたようにふうと息を吐き出した。


「コンゴ、なんだか楽しそうね」


「えっ……そんなことないですよ」


「ふうん……まあいいわ。これで地ならしは成功よ。後は後日、偶然を装って外で会うだけ」


「上手く行きますかね?」


「多少、強引でも個人的に近づくにはそれしかないわ。……だって十日しかないのよ?」


「はあ、しかし……」


 金剛が口ごもる理由もわからなくはない。今回、私のお供として彼が選ばれたのはターゲットが忽然と消えたというのが主な理由なのだ。消えた――そう、金剛は我が事務所の調査員中ただ一人『消える』能力を持つ人物なのだ。


「―ーさあ、お望みのオムライスよ。こんな待遇、二度と受けられないでしょうから私がじきじきににケチャップをかけてあげるわ。……どう、嬉しい?」


「は、はい。身に余る光栄です」


 金剛の合わせっぷりに私は吹き出しそうになった。やっぱり気に入ってるんじゃないの。


「――なに、当たり前のこと言ってるの?嬉しいならもっと表情に出しなさい」


 なんだかお嬢様に一部、女王様が混ざってるな。私がそんなことを考えているとマミコはケチャップのボトルを金剛に持たせ、自分の手で包みこんだままドクロの形に絞りだした。


「こ、これは……」


「あら、ちょと歪んじゃった。……さあ、さっさと食べて感謝の言葉を口になさい」


「――はいっ」


 金剛は私にもしたことがないようないい返事をすると、オムライスを口にし始めた。


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