第30話 ハンスとラベルと本部長
「お前は【オールグランド】のギルドマスター代理だな? さっきから騒がしいが、何をやっているんだ?」
「ちょっと目の前のポーターと話していただけだ」
「それにしては、声が大きかったな。俺の所まで聞こえてきたぞ」
「もう話は終わったんでな。迷惑を掛けたみたいだが、俺達も帰る所だ」
こうなってしまっては分が悪い。
ラベルの事は一旦置いておいて、ハンスはこの場から去る事を選んだ。
「ちょっと待ちな。こっちから出向こうかと思っていたんだが、お前から来てくれたんなら都合がいい」
「出向く? 俺に何か用があったのか?」
「あぁ、アニール。資料を寄越せ」
「はい」
アニールと呼ばれた女性は抱えていた資料を本部長に渡した。
資料に目を通した後、本部長はハンスに視線を向けた。
「どうやら、俺の庭で随分と悪さをしてくれてたみたいだな。お前はギルドの影響力を利用し、中小ギルドを恫喝し、一個人に対して嫌がらせを行った。間違いないな?」
「何を言っているんだ? そんな事は知らん」
睨みを聞かせる本部長を前にして、ハンスはとぼけて見せた。
「俺を舐めるんじゃねぇーぞ。証言は十分とれているんだ。認めないのなら、証言をとった者達を今から全員呼び出しても俺はいいんだぞ? 」
ハンスの背中に冷や汗が流れた。
「ご丁寧に賄賂を渡して、口封じもしていたみたいだが、もう全員吐いてるぜ」
本部長が睨みつけていた眼孔を更に細めた。
その目力は強く、S級冒険者のハンスといえども息を飲む迫力があった。
証拠もつかまれており、ハンスは逃げ切れないと悟る。
「何が言いたい? ちょっと口利きをしただけで、俺は直接危害を与えたりしていないぞ。それが違反だっていうのか?」
「アニールどうなんだ? ギルドの規約に違反しているのか?」
「難しい所ですね…… ほぼ黒ですが…… 真っ黒ではありません」
アニールは冷静に質問に答えていた。
「違反じゃないか…… 小賢しい奴だな」
「ふん。違反じゃないなら、あんたには関係ないだろ? なら話はこれで終わりだな。俺達は帰らせてもらう」
乗り切った!!っとハンスは胸を撫でおろした。
しかしハンスの想いとは裏腹に、本部長は止まる気配が無かった。
「アニール!! 俺はこいつが気に入らねぇんだ。どうしたらいい?」
「はい。今回の場合、処罰は無理ですが、注意勧告として本部権限で指導を言い渡す事が出来ます。指導内容は運営状況の改善要求や問題行動に対する償いとして奉仕活動の指示などが一般的です。指導を言い渡されたギルドは指導に従う義務が生じ、無視すれば本部が各ギルドに提供しているサービスを停止する事が可能です」
本部長はニヤリと笑みを浮かべた。
「お前はやり過ぎたんだよ。俺の権限で【オールグランド】には奉仕活動を言い渡す。【オールグランド】に所属しているメンバーは毎日交代で、街の清掃作業をしてもらう。そうだな毎日五人で期間は一ヵ月間だ」
「指導? 俺達に街を清掃をしろだと!? なにを馬鹿な事を、違反じゃないなら従うつもりはない。俺達を誰だと思っているんだ? この国最大のギルド【オールグランド】だぞ」
ハンスも強気に拒絶する。
「アニール!! 冒険者組合の指導に逆らった場合はどういう処置がとれるんだ?」
「はい。指導を無視した場合。本部が提供するサービスの停止として、魔石の購入の拒否が出来ます」
「だそうだ。もし拒否すれば奉仕活動と同じ期間。本部は魔石の買取を拒否する!!」
「なっ!?」
それは困る。
【オールグランド】は大ギルドだ。
毎日、誰かが必ずダンジョンに潜っている。
一ヵ月間も魔石の売却が出来なければ暴動がおきかねない。
「ぐぬぬぬ。俺はおっさんを見に来ただけだと言うのに…… 何故!!」
「さぁ、どうする? お前が今決めろ。お前はギルドマスター
奉仕活動を認めれば、ギルドメンバーからかなりの反感を喰らうだろう。
しかし魔石の買取拒否の方が反感は高いとハンスは判断した。
最悪の場合は生活を保障しろとまで言ってくる奴が出てくるかもしれない。
「明日から五名回せばいいんだな!!」
ハンスは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた後、リンドバーグ達を引き連れ、その場から逃げ去って行った。
ハンスがギルド会館から出る姿を見送った組合長は、振り返るとラベルに向けて笑顔を見せる。
「ラベル、久しぶりだな」
「オスマン…… 迷惑をかけたな」
「いや。俺の方こそ謝らせてくれ、まさか俺の目が届く場所で、こんな酷い不正が起こっていたとは。今後はギルド関係でお前に手出しはさせねぇと誓うから安心してくれ」
「悪いな。助かるよ」
「だーかーらーよぉ!! 前から言ってるだろ? お前は本部に毎日来る癖に、用事だけ済ませたらすぐに帰りやがって、たまには俺の所にも顔を出せって!! 俺達は昔からの付き合いじゃねーか。それにお前には命を助けて貰った借りがあるんだからな」
オスマンはそう言いながら自分の傷を指でなぞった。
「昔の話だろ? それに俺は貸しがあるとは思ってないぞ」
オスマンは元A級冒険者で、ラベルと組んで毎日ダンジョンに潜っていた時期がある。
ある日、魔物に殺されかけたオスマンはラベルに命を助けられた。
その時の怪我のせいでオスマンは冒険者をやめる事になり、その後冒険者組合の職員になって組合長まで成り上がった。
勿論オスマンはラベルから受けた恩を忘れていない。
「よし。今日は久しぶりに飲みにいくぞ。いいな」
「まぁ、ちょっと位なら? だから離れろって!! お前といい、ゴリラといい、馴れ馴れしいんだよ」
仲良さそうにラベルの肩を抱く、そのオスマンの姿は多くの冒険者に目撃された。
これによって、ラベルはオスマンと親しい間柄だと広く認知される事になる。
今後はラベル達を蔑ろにするギルドは存在しないだろう。
大声で笑うオスマンを見つめていたアニールはクスっと笑いながら呟いた。
「本当に不器用な人、わざとらし過ぎです…… でも最高の援護射撃ですね」
その日から【オラトリオ】は少人数のギルドでありながら、冒険者達から 一目置かれるギルドへと変わっていった。
この場には当然、【オールグランド】に所属している冒険者もいたので、ハンスが行った汚い行為は瞬時にギルド内にも広がっていく。
ハンスの尻拭いをするギルドメンバーからは不満の声が広がった。
残る幹部達も激しくハンスを責め立てた。
しかし奉仕活動をしなければギルド運営自体が成り立たない為、仕方なくギルドメンバーを奉仕活動に派遣する事が決定した。
当然、ハンスの支持率は急激に下がり続けていた。
多くの冒険者から退任要求の声も上がったが、カインが治療中で不在な事、そして全権を委任されているシャルマンが何も言わない事により、ハンスは首の皮一枚を何とか繋ぎとめていた。
もちろんハンスに対して処罰を行わないシャルマンにも不満の声が上がったが、実力者であるシャルマンに直接言う冒険者は少なかった。
不満を抱きながらも事態は少しづつ沈静化へと向かった。
だが反ハンスの火種がギルド内部で着実に大きくなっているのは確かだ。
★ ★ ★
「あの二人が怪しかったから、今日まで泳がせていたが…… これ以上は限界だな」
自室で手紙を書いていたシャルマンが覚悟を決めた。
ハンスが余りにも無能過ぎて、ギルドに所属している冒険者達を抑える事が難しくなってきた。
怪しい動きは何度も確認しているが、有力な情報はまだ見つけられないでいた。
しかし状況が状況だけにシャルマンも覚悟を決め、今まで集めた情報を書き記した手紙をカインへと送った。
一方、いよいよ後が無くなったハンスにとって、ギルドマスター代理という地位に居続ける方法はもうSS級ダンジョンを攻略する以外ない。
しかしその目的が叶う確率は極端に低いとしか言えない状況でもあった。
執務室に戻ったハンスは、先程の件をギルドの幹部達に糾弾され、疲れ果てていた。
「どうして上手く行かない。こんな筈じゃなかったのに……」
嘆くハンスの傍にはレミリアが付き添っていた。
そしてハンスの耳元で優しく囁く。
「大丈夫。私が付いているわ。貴方は間違っていない」
「やはり、俺を解ってくれているのはお前だけだ」
ハンスはレミリアに縋る様に抱き着く。
レミリアはハンスに抱かれながら、醜悪な笑みを浮かべ、口角を吊り上げていた。
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