第29話 ハンスとラベル

 リンドバーグにラベルを調べさせてから三日後、リンドバーグは調査報告書をハンスに手渡していた。


 その報告書にはギルドの名前、ギルドホームの場所、所属しているメンバーの情報なども記載されており、詳細に作られた報告書の完成度を見ただけでもリンドバーグの優秀さが伺えた。


「ご苦労だったなリンドバーグ。最近調子が悪そうにしていたな? これは報酬だこの金で美味い物でも食べて精をつけろ」


 ハンスはそう言うと金貨を一枚手渡した。

 情報取集の報酬としては破格の金額である。

 

「いえ、私は結構です」


 しかしその報酬をリンドバーグは辞退する。

 その理由はレミリアの脅迫に屈した後ろめたさから来ていたものだった。


「いいから受け取っておけ。お前の謙虚さは十分理解しているつもりだ。しかし仕事に対する正当な報酬を支払う事は上に立つ者の役目でもある。俺に恥をかかせるな」


「そこまでおっしゃるのなら……」


 リンドバーグは金貨を受け取る。

 リンドバーグが恭しく金貨を受け取る姿をみて、自分が上手く飴と鞭を使い分け部下を手懐けているとハンスは思った。


「ふん。やっぱりだ!! 俺の予想通りの内容じゃないか!? ラベルのギルドにいる冒険者って、たった二人だけな上に両方がC級冒険者にもなっていない屑じゃないか!! ふはははは。いやこれはこれで、おっさんにはお似合いの仲間だな」


 報告書を見て、ハンスはラベル達を小馬鹿にし突然大声で笑い始める。

 リンドバーグはハンスが初めて見せる姿に驚きを隠せずにいた。


 実際にはリオン達はC級ダンジョンを攻略しているが、ラベルがダンジョンコアを売っていなかったので、現状C級冒険者とは認められていなかったのだ。


 翌日、冒険者組合のロビーでハンスはレミリアとリンドバーグを引き連れてラベルを待ち伏せる事にした。

 ラベル達が毎日冒険者組合に立ち寄っているのは報告書にも書いてあったからだ。

 



★   ★   ★




 その日のダンジョン攻略を終えたラベル達は手に入れた魔石を売る為、冒険者組合に来ていた。

 受付カウンターが設置されている本部の一階ロビーに入る。

 ロビーは日頃と変わらず冒険者達で溢れかえっていた。

 繁殖期が終わってからフェイスガードは着けていない。

 もう顔を隠しても仕方ないからだ。


「お前達はここで待っていてくれるか? 魔石を売ったらすぐに戻ってくるから」

 

「うん。了解した 」


「へーい」


 二人の返事を確認したラベルは回れ右をし、カウンターに向かい始めた。

 しかしその瞬間、背後から声を掛けられる。

 その声には聞き覚えがあり、ラベルは体を硬直させた。


「よぉ~!! ラベルのおっさん、元気そうじゃねーか?」


 声を聴いて分かっていたが、振り返ると予想通り一番会いたくない奴が立っていた。


「ハンス…… 一体俺に何の用だ?」


「おっさんが、ギルドを作ったって聞いたからよ。見に来たって訳だ。そこの二人がギルドメンバーみたいだな。C級冒険者にもなれない雑魚しか居ないギルドって存在する価値があるのか?」

 

 リオンとダンの事を悪く言われたラベルは一瞬だけ、顔を強張らせた。

 しかし心を落ち着かせ、平常に戻した。


 だがハンスはラベルの心の変化を見逃してはいなかった。

 鋭く見抜き、ラベルのウィークポイントに当たりを付けた。


「ラベルさんこの人は?」


 一連の流れを見ていたリオンが、ラベルに話しかけた。


「お前達は関わらなくていい奴だ。相手にしたら駄目だ。解ったな」


「でも!?」


 リオンとラベルのやり取りに気付いたハンスがリオンに話しかけた。


「お前、おっさんの仲間だろ? そうだ、いい事を教えてやろう。このおっさんはな自分は戦わない癖に、後ろから指示だけだす。卑怯者なんだよ。解ったら、さっさとギルドから抜けた方がいいぞ。そうしないと命が幾つあったとしても足りねぇからな。何ならこの国最大の俺のギルド【オールグランド】にスカウトしてやってもいいぜ。もしそうなったら、おっさんは一人ぼっちになっちまうけどな」


 腹を抱えてハンスは笑う。

 レミリアはその様子を少し離れた場所から、面白そうに見つめ、リンドバーグはハンスの醜悪な態度に戸惑いを覚えていた。


「なんだよこいつ。ムカつく奴だな」


 ずっと黙っていたダンが文句を言いはじめた。


「何だぁ? 小僧、俺が誰だかわかっているのか?」


「知るかよ。でもラベルさんの敵なんだろ?」


「ダンも相手にするな。言わせたいだけ言わせればいいんだ」


 するとハンスはラベルの耳元に顔を近づけ、周囲に聞こえない様な小さな声でささやいた。


「俺に逆らったら、二度とダンジョンに潜れなくしてやんぞ。お前を潰す程度の事は簡単なんだからな。解ったらこの街からさっさと消えろ!! この腐れポーター野郎がぁぁぁ」


 言い放った瞬間、ハンスは高笑っていた。


「私もう我慢できない」


 そう叫んだのはラベルの隣で黙って成り行きを見守っていたリオンだった。

 リオンはラベルとハンスの間に割って入る。


「リオンやめろ。相手にするな」


「嫌!!」


「リオンねえちゃんがやるなら俺だって!!」


 ダンも負けじと、前に躍りでる。


「冒険者になりたてで階級もない雑魚が誰に楯突こうとしてんだ? 死にてぇのか?」


「貴方が何者かは知らない。だけど全然凄みを感じないから怖くない」


「リオンねえちゃんの言う通りだ。ガリバーさんに比べたら全然だぜ。迫力がたりねーんだよ」


「なにをぉぉぉ、雑魚の癖に生意気な!! この俺に楯突きやがって!! いい覚悟だ、ご希望なら懲らしめてやる!!」


「ハンス様、相手は女、子供です。ここはハンス様が大人の対応を!!」


「五月蠅いぞリンドバーグ!! この国、最大のギルドのマスターがコケにされたんだぞ。ここで引いてはギルドの沽券にかかわる」


「ですが!!」


 リンドバーグが必死にハンスを止めようとしていた。


「そこまでだ!!!」


 するとホールに大きな声が聞こえた。


 人垣を割りながら一人の男が、眼鏡をかけた女性を引き連れて近づいてきた。


「お前…… いや、あなたは……」


 ハンスは相手に気付き、声色を変えた。


「あっ、おっちゃん。前は話を聞いてくれてありがとう」


 ダンも気付き、親しげに話しかけた。


「おっ、少年。報告は受けているぞ。間に合って良かったな」


 ハンスの前にやってきたのはギルドの本部長だった。

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