ヒロイン は 逃げ出した!

さかさま宇宙猫

序章【ノビレスプロジェクト】、始動

「という訳だね。氷河期の地球では人は生きていけない。いいかい、君たちは人類生存のキーパーソンなんだ。何のために選んだか、監視はないとはいえしっかりと天命を全うすことに善処してくれたまえ」


長すぎる話しの末、やっと解放された私たちは待機室にはいって、僅かな休憩をとる。


「同じことばっかりよ、あのおじいさん」


私は退屈だったが、聞かない訳にもいかず大人しくしていたせいか、苛立ちが抑えきれなかった。横の彼女はほんとにね、と疲れた様子で頷き、向かいのソファに座る男ふたりは寡黙を貫いたままだった。


「高校生の私たちに種の保存とか生殖が最優先とか言われても困るよ…私は鮮花ちゃんと学校でお喋りできたらそれでいいんだけどな…」


私たちが参加する【ノビレスプロジェクト】は能力と資産に優れた子どもたちのクローンの受精卵をつくり、記憶を保持したまま異世界に転生させるプロジェクトだった。その目的は偉大なるこの世界の人間の遺伝子を残すこと。だからこそ私たちは男女ペア2組で同じ異世界に飛ばされ、純粋な血統を保ちながら技術発展を目指し、やがては地球に再移住することまでを視野に入れていた。


「異世界がどんな世界かも分からないのよ。先が思いやられるわ…」

「私は鮮花ちゃんと一緒に平和に過ごせる世界がいいな」


異世界に転生できるのは一度に4人が限度な上に、同じパラレルワールドは二度と観測出来ないと言ってもいい。つまりこの4人で転生してしまえばもう二度とこの世界の人と交流することは不可能になる。死ににくい環境かつ4人は近い場所で生まれ育ちをし、見た目もほぼ一緒に育つらしいが、それ以外はなにも分かっていない。死にこそしないものの戦乱の世の中である可能性や、扱いの酷いの身分に生まれる可能性もある。不安しかなかった。


「そもそも決められた人生を歩むなんてごめんよ。死ぬのも恋愛も全部自分の手で決めてこそでしょう?大人たちの良いように使われてるのが気に食わないわ」

「私もお母さんの跡を継いで獣医になりたかったのに…もう二度と会うことすらできないなんて…」


涙はもう出ない。ノビレスプロジェクト参加が決められて2年間、2人で泣き続けてきた。でも未だにもう二度と親に会えないことが悲しくて仕方ない。


「…そういうもんだ。生きられるだけ儲けものだと思うしかない」


私のペアの男は静かに口を開く。この悟ったような口ぶりが堪らなく癪に障る。


「まぁあなたはせいぜい楽しく生きてなさいよ。私はあなたとは違うの。言われたことに従うのはお坊ちゃまの得意分野ですものね」

「…」


男はそれ以上応えようとしない。横のもう1人は居心地の悪そうな顔をして縮こまる。


「…まぁこれから一緒にやって行くんだしどうか仲良く…」

「あいつそうする気ならしてあげてもいいけど?」

「…」


相変わらず応えずに手帳か何かを見続けている。向こうは仲良くする気はないようだった。


「ほらね、仲良くしてほしかったらそいつを説得でもするのね。今更手のひら返されるのも御免だけど」

「…俺は地球に戻るために尽力する。それだけだ。今のことしか見ることが出来ない人間とは話が合わない」


日葵は不穏な雰囲気に臆したのか私の袖をきゅっと握る。彼女を怖がらせたのと私たちを馬鹿にしたのが許せなくてバン、と机を叩く。


「あらそう、人類の英雄サマは随分意識がお高い事で。あなた一人でそれが成せるとでも思っているのかしらね。一匹狼サマは自信たっぷりでそれはもう羨ましいこと」

「お、お願いだから仲良くしてよ…どんな世界に行っても僕達は協力してやっていかなきゃならないんだから…」

「俺にはやるべき事がある。協力するかしないかはお前ら次第だ」


私は日葵を連れて外へ出ていく。あんなやつと一緒に居るのは限界だった。なんて自己中心的なやつ。自分のことしか見ていない。


「ど、どうなっちゃうんだろ鮮花ちゃん…私こんなのやだよ…怖いよ…」

「日葵には私がいるから。あんなやつ居なくても私と2人で一緒にいればいいのよ」

「…うん。鮮花ちゃんが一緒のチームに居てくれてよかった。ありがとう、鮮花ちゃん」


優しく頭を撫でる。彼女が居れば私には別に何もいらなかった。家族との別れも割り切れたのは彼女が居てくれたおかげだった。拒否権を全く貰えない私たちの唯一自由なときは2人だけの時間だった。


「どんな世界に生まれ変わってもずっとそばに居るからね。大きくなるまではしばらく別の場所で育つかもしれないけど、必ず見つけるから、私のこと覚えていてね」

「当たり前よ。日葵が隣に居ないなんて考えられないわ。あなたこそ、私が迎えに行くまで変な人に騙されるんじゃないわよ」


日葵はぎゅっと抱きつく。小さい頃からこうやって何度も何度もお互いを支え合ってきた、本当に姉妹のような存在だった。大切なこの子をなんとしても守りきる、そう強く誓う。


「白金さん、神楽さん。そろそろ時間のようだよ。若宮君はまだ拗ねてるみたいだから先に行っておいてくれないかな?」


若宮真代。こんな時にまだ拗ねているのか。お坊ちゃんというのは大概子どもなものだと呆れる。


「八雲君はあいつを待つの?」

「うん…1人だと心配だからさ、彼と会ってまだ数日だし正直彼からは鬱陶しがられているけど…ほっとけなくてね」

「やさしいことね。彼もあなたくらい柔軟ならどれだけ楽なことか」


ははは、と困ったように笑う。資産家の子どもと言っても性格は様々だ。世間の思うような我の強い人もいれば日葵や八雲君のようなやさしい人もいる。


「あんまり遅いと怒られちゃうよ。行っておいで」

「あなた達のことは説明しておくわ。機嫌が直らなければ呼んで頂戴、ぶん殴って引きずっていくわ」

「が、頑張って…ください。私たちは失礼します…」


私たちは彼が部屋に戻るのを見届けると、呼ばれたミーティングルームへ向かう。


「遅いぞ。それに来たのは2人だけか」

「人選ミスだと思いますよ」

「ふん、それを想定した上で選んでいる」


そういう割には苛立ちを隠していないおじいさんに私たちはどうすることも出来ず彼らを待つ。10分程すると、八雲君とその後ろに少し開けて若宮が来る。


「申し訳ありません」

「弁明はいい。早速記憶のコピーをクローンに取り、君たちの身体を冷凍保存する作業にうつる。つまり君たちが気がつく頃にはもう向こうの世界という訳だ」


私たちは神妙な面持ちに変わる。もう後戻りは出来ない。どんな世界であれ受け入れて、生きていく義務がある。ここからが運勝負だ。


「準備はいいかね?」

『はい』


私たちはばらつきながらも皆頷く。スーツの男たちが私たちを誘導すると、無駄に厳つい機械の中に寝転ばされる。そこからは記憶が曖昧だ。冷凍保存する前に睡眠状態にされるのか、みるみるうちに意識が閉ざされていく。ほとんど視界が見えなくなる中、頭に響いたのは別れる直前の彼女の言葉。


「待っててね、鮮花ちゃん」

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