11 女神達との遭遇(1)
クラウスに案内してもらった『宿屋メーベルト』は、外見は石造りだが内装には木材をふんだんに使い、素朴な落ち着いた雰囲気で安らぎを感じる。宿代はギルドの奢りで一泊2食付き銅貨5枚、日本円で500円とかなりリーズナブルだ。これでやっていけるのなら物価はかなり安いのだろう。
「あー、疲れた…」
ベッドに寝転がりながら軽く伸びをする。部屋の壁にある時計を見ると9時半過ぎ、もちろん夜だ。この町の冒険者ギルドで、ギルマスのベルノルトにこの世界の事や転移者について教えてもらっていたらこんな時間になってしまった。
「転移者支援で金貨20枚貰えたのはラッキーだった。これで暫くは生活できる」
自分一人なら月に金貨3枚あれば生活出来るらしい。もちろん最低限で贅沢は出来ないだろう。だが、支援金のおかげで約半年の猶予が出来た。早いところ職を見付けよう。ギルマスに勧められて冒険者ギルドに登録はしたが、魔物の討伐なんて戦闘経験のない自分がやる事ではない。クラウスは案内を兼ねて周辺の狩場を教えると言ってくれたが、そもそも自分は冒険者になるつもりはない。
「それにしても、飯は思ってた以上に美味かったな。異世界物の小説だと塩味だけとか薄味とか書いてあったけど」
ギルマスが夕食をご馳走してくれるとの事で、ギルド近くの食堂から出前を取ってくれた。本当は食堂に赴いて食べたかったが。
メニューはニンニクの効いたトマトソースのパスタで、生麺が使われており、もちっとした食感とたっぷりと絡んだソースとで、食堂と言うよりちょっとしたレストラン並みの味だった。付け合わせのサラダやパンも美味かった。
「しまった、店の場所聞くの忘れた」
料理が趣味だったせいか食べる事も好きで、若い頃は評判の店を調べて食べ歩きを楽しんでいた。年を重ねる毎に食べる量が減り嗜好も変わり、昔に比べれば食への興味を失いつつあったが、それでも料理はストレス解消にも役立つ大事な趣味だった。
「どこか食堂で調理補助とかの募集はないかな」
(飽き性の俺でも30年近く毎日の様に食事を作ってきたんだし、役に立たないなんて事はない…と思いたい)
今後の事を真面目に考えていたのだが、やはり慣れない環境に思っていた以上に疲れていたのだろう。いつになく強い眠気に襲われた。
「ふぁぁぁぁ〜…寝るか」
ベッドサイドのランプを消して目を閉じる。
(あ、風呂…まぁ明日でいいか…眠い…)
気付いたらやたらとファンシーな部屋にいた。途轍もない場違い感に居た堪れない気持ちだ。ぐるりと顔を巡らせると、これまたファンシーな扉が。
「お菓子の家みたいだ…童話のタイトルなんだったかな」
待ち構えるように扉をジッと見ていると背後から声が掛かる。
「あのぅ、『根笠瑛斗』さんですよねぇ?」
(扉の意味!!! このツッコミのデジャブ感…)
「わたしぃ、ここでぇ管理神してるぅイエナですぅ。実はぁお話しってゆぅかぁ、そのぅ…えぇっとぉ…」
先程までは自分しかいなかった部屋に、とびきり美人な女性がいる。白に近いプラチナブロンドの長い髪をクルクルと巻いており、肌の色は小麦色で健康的なイメージだ。真っ白でゆったりとした長衣を着ている。
(あれだな。喋ったらダメなやつ)
見た目は完璧だ。世の男性の大半は美人だと評すだろう。なのに、そこはかとなく漂うアホっぽさが実に残念だ。
「なぁんか失礼なことぉ思ってるでしょぅ?」
(おや…意外と鋭い)
「いやいや、そんなことは…で、どこのどなたでしたっけ?」
プクッと頬を膨らませていた美人は、表情を改めると勢い良く頭を下げた。
「ごめんなさいぃ!!!」
「嫌だ」
即行で拒否すると、下げた時と同じ勢いで頭を上げる美人。
「なんでぇ!?」
(面倒くさそうだからだ)
「なんでって。いきなり謝られても、何についてか分からないだろう? ヘタにいいよとは言えないと思うが?」
転移者となったのはこの残念美人が原因なのだろう。そして謝っているという事は、転移そのものが間違いだったというオチだな。
「それはぁそうかもだけどぉ…なんかぁムカつくぅ! なによぉ…わたしみたいなぁ可愛い子がぁ、ごめんなさぁいって言ったらぁ、いいよってぇゆーもんでしょぅ??」
(あー、本当に残念過ぎる…)
「わたしだってぇワザとじゃぁないのよぉ? つぃ? うっかりぃ? 手がぁすべったってゆぅかぁ?」
(その喋り方はどうにかならんのか?)
「ちょっとぉ! 聞いてるのぉ??」
(聞いてはいるぞ? 聞き流してはいるが)
「はぁ…だからな、突然謝られても困る。何に対しての謝罪か、きちんと説明して欲しい」
それから残念美人の話しにちょくちょくツッコミを入れながら、状況説明という言い訳を最後まで聞いた。こちらに対する失望感や愚痴なども一緒に。
要約すると、残念美人は光の女神イエナで、闇の女神ウルムと一緒にこの世界を管理しているらしい。ウルムが優秀な転移者を呼ぶ時にイエナが邪魔をして、結果どちらも望んでない無価値の俺が来てしまったと。望んでなかろうが自分達が呼び出したというのに、すっかり俺の事など忘れて長時間放置した挙句、時間切れで地上に落ちてしまっていたと。スキルの希望も聞いていない、加護も付けていない状態で。気付いて俺を探すと第一イエナウルム人と遭遇中。慌ててスキルを詰め込んで殺し掛ける…と。
(へぇ…なるほどね)
「それはそれは。どーもすみませんでしたねぇ、役立たずで。クローンを作るのも面倒な位の特技なしおじさんで。ええ、そりゃあなんちゃらの間に放ったらかしますよねぇ? 俺は被害者ではなく加害者だったんですねえ? 知らなかったとはいえ、女神様方が怒るのも無理はない。申し訳ありませんでしたねぇ?」
「あっ、や、えぇっとぉ、あのぅ、はぅ!」
自分の目付きが過去最高に悪くなっているのが分かる。日本ならヤのつく自由業な人と間違えられるだろう。
「どのようにお詫びすればいいですかねぇ? なにせ今初めて事の顛末を聞きましたのでねぇ?」
「あぅぅ…ちがっ、わたしがぁ謝ってぇ、それでぇ…ぐすっ」
「ああ! そうでしたねぇ。俺はいいよと言えば良かったんでしたねぇ。分かりました。はい、いいよ!! これで宜しいですかぁ??? おおん??」
(凄む時って何故かアゴがしゃくれるんだよな…)
「ひぃぃ…ごっごめっ…うぅ」
「何をやっているのよ…」
「ウルムちゃぁぁん!!」
新たな女神の登場だ。黒に近い紺色の長いストレートな髪。肌は白く、イエナと同じゆったりとした長衣、色は髪色と同じ紺だ。イエナは溌剌美人だったが、こちらは清楚な美人だ。疲れているようだが。
「イエナ、あなたちゃんと説明したの? 謝って終わりじゃないんだから。報告書だってまだ書けてない。私達は暇じゃないのよ?」
こちらにチラリと視線をよこし、泣きつくイエナに微かな苛立ちを見せる。
(こっちの女神は謝る気もないらしい…泣けば済むと思われるのも癪だが、残念女神にだけ押し付けるのも気に入らんな。自分は何も悪くありませんってか?)
ウルムの登場で一旦落ち着きかけた怒りが再燃する。
「ウルム様、この度はご迷惑をお掛けしたようで、誠に申し訳ございませんでした!」
「えっ…」
驚き目を見開いているが、気にせずイエナに言ったことを若干のアレンジを加えて繰り返す。手違いで転移させられて、フォローが無いどころか手間が掛かったと愚痴を言われたんだ。最後は怒りを込めてアゴをしゃくらせて凄む。
「あ…」
捲し立てる様に話したため、荒く息を吐く。ウルムはそんな状態のこちらを…やっと俺自身をしっかりと見た。ウルムの顔からは血の気が引いていた。
(一番悪いのはイエナかも知れんが、じゃあお前はなんも悪くないのか!? 立場的に頭を下げるなんてしたことないんだろうがなぁ、今回はあかんだろうがよ。ここはちゃんと誠意を持って謝罪するところだろうがよ)
いい年のオッサンが自分より年下(に見える)の女性にそんな目くじら立てて言わんでも…と頭の片隅に浮かぶが、思っていたよりも腹を立てていたらしい。もう一言ガツンと…と息を吸い込んだところで、ウルムから謝罪がきた。
「ごめんなさい。私がイエナに苛立ち、怒りをぶつけることと、貴方にそれを向けるのは違う。貴方へのそれはただの八つ当たりだわ」
そこまで一気に言い切ると、先程のイエナのように勢いよく頭を下げた。
「えっえっ? ウルムちゃん?」
イエナは絶賛動揺中だ。ウルムはまだ頭を下げ続けており、そのままの姿勢で話し始めた。
「貴方の怒りは当然。こちらの世界の住人と会ったところ、見ていた。貴方の対応は理性的だったわ。混乱し不安だったはずなのに…貴方は何も悪くない。悪いのは私達。それなのに言い訳ばかりで…今思うと謝罪するという気持ちも形だけだった。疲れていたから…いえ、これも言い訳ね。本当にごめんなさい。貴方に言われてやっと気付くなんて…情けない…」
「ウ…ウルムちゃん…うぅっごめんなざぃぃぃ! ウルムちゃんがぁ…ヒクッ…わるっ…ないのぉわたしがぁ、わだじがぁ…うぅぅーっ」
(あー、やり過ぎたかなぁ…これ、俺が虐めてるみたいになってないか? 居た堪れないこの空気…)
だが、ウルムはこちらが何に対して腹を立てているか、正確に理解してくれたらしい。
最初に…ウルムが来る前、イエナが泣き始めた時に、ちょっと美人だからって泣けば済むと思ってるんだろうと、世の中そんなに甘くねぇんだよと、苛立ちの方が強かった。これまでの人生で何度も経験した気持ちだ。
だが、今は違う。泣きじゃくりながら謝るイエナと、そのイエナを互いの責任だと慰めるウルム。それを見ていたらスゥっと気持ちが落ち着いた。もう殆ど怒りの感情は無い。そして思い出した。昔、コールセンターの仕事をしていた時のことを。客は時に理不尽な怒りをぶつけてくるが、それに対し正論よろしく説明するなんてことはしちゃいけない。まずは相手の話しを聞き、相手に寄り添うことが大事なのだ…と教わった。その辺りのことがヘタクソでよく注意をされた。説明してみろとか言われると、つい、これこれこうで…と言いたくなるのだ。こちらは説明したつもりだが、相手は言い訳と捉えることも多かった。
(人の振り見て、だ。オッサンだって反省くらいするさ。自分も出来てないんだ、誰を責められるんだってな)
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