第8話 あやしの魔の手
「今日はほとんどいないな」
「そりゃそうでしょ、みんなSLAYERに向かっているからね」
「とはいえ、ここまでいないのは初めてだね」
三人がたどり着いたRUNのルームには三人以外のプレイヤーは見当たらなかった。RUNはその気になればソロプレイ、つまり一人でもルームを作れるけれど、それでも誰もいないというのは不自然だった。
「今からでもSLAYERにいかね?」
「無理だよ。今からなんて、一番プレイヤーが増えるんだから。今更行ってもどこのルームも満員だよ」
尚也が言うのももっともだ。サモンバディーズのプレイヤー数が一番多くなるのは土曜日の午後7時から9時にかけての二時間。これは、夕食を食べ、支度を終えた子ども達が集いやすい時間だからだ。日曜日は月曜日に備えるため早く寝る子どもが多く、平日はそもそも親の監視が厳しいという事もある。
「即座に埋まるんだよね。特に★5ルームなんてそうそう用意するもんじゃない」
龍之介の経験上、運営が置いてあるルームは星の数が上がるにつれ減っていく傾向がある。★5ルームはあったとしても100かそこらが限度だ。それ以上作ると通信がパンクしてしまうらしい。
「っていうか、運営から何も連絡ないのが怪しいんだけど。こういうのって運営が一番嫌いなんじゃない?」
RUNではあるけれど、クリアは二の次なので三人で並んで話しながら歩いていく。
「たしかにな、そんな噂が出てくるなら、注意喚起してそうだけど」
サモンバディーズは常に監視されている。そこは官製ゲームという事もあるのだろう。不確かなうわさで多くのプレイヤーが★5という難しい所に挑戦する、なんて運営が差し止めて何らかの対処をするだろう。
「まぁ、運営が黙って居るからこんなに集中しているんだろうけど」
「やっぱりへんよ」
「だよな。そこはひなたに同意見だな。いつもはびっくりするくらい速いのに、何があったんだろうな。運営」
ちょっとのバグでも見つけて、すぐに解決するのに。
「あ、あそこにチェックポイント発見。とにかく進もうよ!」
たったと尚也が走り出す。それに合わせて二人も走り出す。と、そのとたんチェックポイントが目の前から消えた。
消えたんじゃない、自分達がひっくり返った。
「!?」
打ち付けられた背中を起こして足元を見る。そこには同じように倒れ込んでいる二人。そして、チェックポイントの前には黒いもやのような物が浮かんでいる。
「なに……あれ……」
ゆっくりとひなたのアバターが立ち上がる。黒猫の毛が逆立ち、警戒するように耳としっぽが立っている。
「俺が見たのと同じのだ……」
「嘘、だろ?」
「だって、★5SLAYERしか出ないって……」
もやはだんだんと集まっていき、黒い塊になる。スライムのようなそれの中央に切れ込みが真一文字に開かれる。グバァと開かれた口のようなそれから飛び出したのは、あの日見たものと同じものだった。
白の表面にまだらに灰色の紋が飛び散り、深紅のヒレをひらめかせそれは目を向ける。
「リュウグウノツカイ―――!」
「なんで、ここに!?」
【警告:これよりルームを変更します】
ビービーという警告音に合わせて龍之介たちの背景が変わっていく。RUNではなく、広い広い名にもない空間へと変わっていく。巨大な白いテントのような空間に書き変わっていく。
「ログアウトだ!!」
尚也が叫んだけれど、ログアウトするボタンが反応しない。
「やだやだやだ!!?? なにこれ!? なんでログアウトできないの!?」
泣きそうな声でひなたが叫ぶ。軽くパニックにもなっている。猫のアバターも、挙動がおかしい。ひっくり返ったり、尻尾を追いかけまわしたりしている。
尚也のナナホシテントウは警戒するように羽音を立てて、低空にとどまるように飛んでいる。
【ルーム変更:これよりSLAYERを開始します】
「嘘……だろ……」
書き換えられたまっさらな空間で3人は棒立ちになる。ルームが書き換えられるなんて初めて見た。SLAYERが始まる時にするテストを受けていないから、3人のポイントはすべて0だ。
「こんなの、アリかよ……」
ぎぃ、と龍之介は歯を食いしばった。足をついたまま3人とも動けない。なにせあの瑞貴をしても倒せないのだから、ポイントの無い3人が束になっても返り討ちに会うだけだ。
【警告:あと30カウント後SLAYERを開始します】
無機質な声が龍之介たちに刃を突きつけている。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。
そうだ、逃げないと。
【SLAYERを開始します。残り:20秒】
逃げる?
そうだ。この中であのリュウグウノツカイにあったのは自分だけだ。龍之介は開始のカウントダウンが始まるとゆっくりと立ち上がる。ポイントが無いから攻撃はできない。腰につけてある刀はただの飾りでしかない。
これがSLAYERなら、30秒間逃げ切ったら強制ログアウトができるはずだ。
(たった30秒だ。俺ならやれる!)
怖い、とは思う。
けれど、相手をひきつけて二人を逃がすくらいはできる。
「龍之介?」
「二人は逃げてくれ。俺が時間を稼ぐ」
「馬鹿言わないでよ! ポイント無いんでしょ!?」
「でも、あいつと戦ったことあるのは俺だけだ!」
【SLAYERを開始します。残り10秒】
すぅ、と息を吸う。カウントダウンが残り5秒を告げる。あいつの攻撃は見たことがある。昔お父さんがやっていたシューティングゲームを真似すればいいんだ。ビットとビットの隙間。当たり判定の隙間をくぐっていけばいい。お父さんもほめてくれたじゃないか。それが平面か立体かの違いだ。
0。
【SLAYERが開始されました】
ズガガガガッ! ガガガガガッ!
降り注いでくる氷の雨に龍之介は踏み込んだ。
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