VR迷宮サモンバディーズ!

一色まなる

第1話 ようこそVR迷宮の世界へ!

「すごいぞ! 文香選手追い上げる! おおっと!? 大悟選手ここでガードスキルを繰り出した! これで文香選手は最短ルートを閉ざされることになります!」

「文香選手は最短ルートを駆け抜けることが得意ですからねぇ。ガードスキルに重点を置くのは有効ですね」

 テレビ越しに大げさなアナウンサーの声が聞こえてくる。テレビに映るのは巨大なゲーム画面を映したスクリーンとその下のテレビ局のステージ。そのステージに立っているのは龍之介の姉である文香と、対戦相手である大悟という少年だった。

 二人とも相手の方は見ずに、大きなゴーグルで顔を覆っていた。そしてその手足は画面に映し出されたキャラクターに合わせて大きく動いている。

 文香が右手を挙げれば文香と繋がった天使のようなキャラクターの腕が上がった。天使の羽根はついているけれど、その体には西洋の騎士のような銀色の鎧をまとう。対する相手は顔を赤い仮面で覆った戦国時代風の武士だ。二人ともガチャガチャと金属音を響かせながら、暗く狭い道を縦横無尽に駆け巡る。

「姉ちゃんがんばれ! あせるなー!」

 夏休みの宿題をリビングのテーブルにほったらかしにして、龍之介はテレビの前に座り込んでいる。いつもなら怒るお母さんも、今回ばかりは仕方ないと見逃してくれている。

「あー! 待って文香! そっちはだめだって! 妨害壁があるから……ってそこでブレイクスキルを切るのか! 大胆だな!」

「お父さん、ブレイクスキルは3分のクールタイムを挟めば使えるようになるんだよ」

「そ、そうだな! いけー、文香―!」

 龍之介の隣で龍之介以上に盛り上がっているのがお父さん。さっきまでリビングで寝そべりながら見ていたというのに、今は起き上がってぐいぐい見ている。


 ゲームの名前は『VR迷宮サモンバディーズ』。プログラミング教育の一環として政府と学校機関が連携して開発された、世界でも類を見ない「官製ゲーム」だ。VR、つまりバーチャルリアリティを体験的に学ぶために考えられたそれは、今や子ども達の一大ブームになっている。公式大会も年4回ほど行われ、今年でなんと50回を超えている。

 ルールは様々あるけれど、今文香がやっているのは一番基本となる「RUN」だ。入り組んだ迷路のような場所で相手よりも早くゴールにたどり着くというもの。

(RUNは姉ちゃんの得意ジャンルだから、行けるはず!)

 ソーダアイスを口に含んで、龍之介は前を向く。ひんやりとした氷が気持ち良い。

 

 文香はサモンバディーズの有名選手で、今年で小六。だからこの大会が最後の全国大会の舞台だ。去年は全国大会の準々決勝までコマを進めたけれど、相手の妨害を読み切れずに敗退してしまった。

(あの時の姉ちゃん本当に悔しそうだったな……)

 龍之介はまだサモンバディーズに登録して間もない小3の冬だったから、それがどんなに悔しい事なのか全くわからなかった。けれど、一年サモンバディーズで遊んでみて、全国大会に進むことがどれだけ難しい事か、そして負けるとどれほど悔しい事なのか、分かってきた。

「文香選手、ここでコールスキルを発動します。これは一試合に一度だけ、30秒間あらかじめ登録した相手にヒントをもらえるスキルです。文香選手、誰を呼びますか?」

「家族で」

 足踏みだけだけれど、体を動かした分だけ息切れを起こしている。家族、という事は―――。

 ジリリ! ジリリ!

 けたたましいベルの音がお父さんの携帯電話から鳴った。

「来た!」

「俺が出る!」

 間、髮入れずに龍之介は携帯電話を受け取った。テレビ電話機能にして、受話ボタンを押す。

「ね、姉ちゃん?」

「龍之介? お父さんは?」

「いるよー! 文香―! 頑張ってるねー」

 ふとテレビを見ると自分の顔が映っているのが何となく恥ずかしく思えた。数週間前、このスキルの事をテレビ番組から伝えられた時、文香は使わないと思っていたから不思議に思えた。

「では、お父さん。30秒間、ヒントを伝えられます。30秒後自然に切れます、いいですね?」

 アナウンサーが低い声で言う。お父さんに向けた言葉なのに、龍之介はゴクリとつばを飲み込んだ。

 はい、とアナウンサーが開始の合図をした。

「文香、ブレイクスキルを使ったね。そのまま進めばいいけれど、ゴール付近に敵アイコンが3つある。そのうち一つはデンジャー、つまり強敵がいるって事だ。落ち着いて迂回をしてもいいし、相手の出方を伺ってもいい。文香の事だから誘導してデンジャーを相手にぶつけることも考えてもいいよ」

 す、すごい。お父さんがこんなにすらすら喋るのは不思議だ。でも、よく見ると手元になにやら小さな紙があるし、なんだかチラチラ見ている。

(見なかったことにしよう)

「10……5……3……2」

 アナウンサーがお父さんのヒントの終了をカウントしていく。うずうずしていた龍之介は叫んだ。

「姉ちゃんがんばれ! 勝って!」

 それだけを言うのが精いっぱいだった。その時、ゴーグルに顔の半分を隠された文香がニヤッと笑った気がした。


 文香はその後は淡々と進んでいき、見事全国大会優勝を掴んだ。

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