第326話

 

 ──誘拐された第六王女についてお聞きしてもよろしいでしょうか。


「王女様ですか? ……そうですね。えっと、これって本当に私の身分は隠していただけるんですよね?」



「……そう、ですね。正直な気持ちを言うと、いなくなって安心しました。こんなこと言うべきではないのでしょうが」



「えっ、あっ、いえ、悪い子だったと言うわけでは……。むしろ何の手間もかからずこちらを気遣ってくれるいい子でしたよ。いつも笑顔で可愛らしい人気者でしたよ」



「……実は産まれた直後から彼女のことを知っていたのですが……普通の子とは違った様子で……。王族だから? というと、そういうわけでもなく……」



「そうですね。神童というのが正しい評価なのだと思います。生後半年も経たないうちに二、三語を話し始めて……一歳になるころには舌足らずではありましたが、こちらの言葉を全部理解して会話をすることが出来ていましたね」



「あ、それが話題になっていない理由ですか? ……二歳になる頃から「普通の子」になっていきまして」



「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの人。というのとは少し……いえ、大きく違うと言いますか。彼女は二歳になる以前には大人と同程度以上の知性を持っていたように思いますが、ある時をキッカケに急に『普通の子』に変わったんです。まるで今まで夢を見ていたかのようでした」



「キッカケですか? 大したことではないんですが……同年代の子供と初めて会ったんです。それからその子をじっと見たかと思うと……突然普通の子供になりまして。……私の勝手な主観なんですが、普通の子供を知って、その演技をしていたかのように見えました」



「はい。そうですね。それからずっと普通の子供のフリをしながら生きていたのではないかと……。王女様に、子供に言うようなことではないかもしれませんが、化け物が人間の子供に化けているようで……ずっと恐ろしく思っていました。だから、安心してしまって……すみません。そろそろ仕事がありますので」




 ◇◆◇◆◇◆◇



 世界を救うことを諦めたら時間が出来た。

 その空いた時間を使って、シャルとカルアに誘われるまま連れ込み宿に行きはしたものの……まぁ、うん、クルルの予想が当たっていて、俺の性欲は煽られるだけ煽られてから、ここぞというタイミングで待ったをかけられてしまった。


 予想はしていたさ……予想は。

 結局、事に至ることが出来ずに落ち込む俺を不憫に思ったクルルに下着を見せてもらったりは出来たので悪くはなかったが……。それはそれで俺に欲を溜めさせて我慢を溜めさせていた。


 モヤモヤとする気分を晴らすために、果樹林の中で剣を振るったりして体を動かしていると、迷宮鼠に所属している俺よりも少し若い男、魔族と獣人の混血のヤンが訪ねてきた。


「ランドロス、少しいいか?」

「ん? ああ、ヤンか。別に大丈夫だが……」


 何の用事だろうか。前のことから探索者パーティの相談だろうかと思っていると、彼は俺と同じ赤い瞳で俺のことをじっと見つめる。


 …….変な趣味じゃないだろうな。

 などと警戒していると、ヤンはゆっくりと口を開く。


「俺を弟子にしてくれないか」

「……弟子?」


 思いがけない言葉に少し驚くが、そう言えばクルルが「ヤンが稽古をつけてほしがっていた」といっていたことを思い出す。


 剣を異空間倉庫に片付けて、汗を服の裾で拭ってから尋ねなおす。


「弟子というには……歳が近くないか? 技を途切れさせないように継がせるって観点から言うと弟子を取る理由はないんだが」


 一般的に戦士が弟子を取る一番の理由である「技を受け継がせる」ということは俺とヤンでは意味がない。ほとんど変わらない年齢で、どちらが先に死ぬかは微妙なところである。


 弟子を取るならもう少し年少か、あるいはエルフのような長命種でなければ意味がない。


「弟子……という形に拘りがあるわけじゃないんだが、強くなりたいんだ」

「はぁ……そうか。なんでまた」


 話が長くなるならギルドに戻りたいんだが……などと考えてから、そう言えば朝食のときに普通にギルドの中にいたことを思い出す。


 他の奴には聞かれたくないことがあるのかもしれない。ボリボリと頭を掻いてからヤンの方に向き直る。


「……騎士爵が欲しくてな。学のない俺は手柄を立てるのが一番いい」

「騎士爵?」


 聞き慣れない言葉だな、と思っていると、木の上からぶらりと人影が落ちてくる。

 木の枝を脚で引っ掛けて逆さまの状態で現れた少女クウカは俺が突っ込む暇もなく逆さまのまま説明を始める。


「騎士爵ってのは準貴族の一種だね。成果を挙げた人を世襲権のない一代限りの貴族にするみたいな。ロスくんの知り合いだったら勇者くんとかグランくんがそうだね」

「ああ……なるほど」


 もう突っ込むのはやめておこう。

 クウカはスカートが捲れないように器用に手で押さえながら、木の上に帰っていく。


「貴族になりたいのか? 意外だな」


 あまり親しいわけではないが、そういうことに拘りがあるようには見えないというか……人間の文化や権力構造には無頓着なように思えたが。

 ヤンはボサボサの黒い長髪を気まずそうに弄り、狼の耳をへたれさせる。


「あー、そういうわけじゃなく、あくまで手段というかな。……ちょっとな、名家の娘と結婚することになったんだが……流石に何もなければ厳しいかと」

「名家の娘? そんな繋がりがあったのか、意外だ。というか、ギルドの奴はいいのか?」

「ギルドの奴? 何の話だ?」


 モテモテと聞いていたが……もしかして自覚がないのだろうか。結婚の話もあるようだし、なんか腹立つな…….。

 まぁ、同じギルドのよしみなので少しは話も聞くか。


「ああ、つい三日前に知り合ったばかりだからそうも思うだろうな」

「……ん? 三日前に会ってもう縁談が決まったのか?」

「いや、縁談というわけではなく、ただ単に両想いになったというだけだ。ふたりの願いを叶えるには両親を納得させる必要があるが、ただの探索者だと厳しいだろ。だが、あちらも貴族というわけでないからな、何とかして騎士爵をもらえば釣り合うだろうというわけだ」


 名家の娘と結婚するために叙勲してもらうか。まぁ分からない話ではないが……三日前に会ってもう両想いというのはすごい早いな。しかも結婚を決めるほどとは。


「まぁ、そういうことなら出来る範囲で協力はしよう。俺も好きな子と結ばれない悲しさはよく分かるからな。フラれたと勘違いしたときは死のうと思ったほどだ」

「ありがとう。……正直、無理な頼みだから断られるかと思ったんだがな。何も返せるものはないしな」

「大したことは出来ないから期待するなよ」


 出来るのは適当に稽古を付けてやるぐらいだ。あとはカルアに相談して騎士爵とやらを取るのに効率のいいやり方を探すぐらいだろう。


「それで、どんな馴れ初めなんだ?」


 何か一発で女の子を落とせるような口説き文句があるのなら聞いておいて、クルルにでも使おうと考えてヤンに尋ねる。


 彼は少し気恥ずかしそうな表情を浮かべ、照れた様子を見せながら俺に言う。


「あー、少し恥ずかしいんだが、俺が道を歩いていたらその子が馬車で同じ道を通ってな。馬車の中から俺に微笑みかけてくれたんだ」

「ほう、それで?」

「……? それだけだが……?」

「いや、どんな話をしたとか、どんなことをしたとか」

「そういうのは特にないな」

「……ん、んんっ?」


 今の話を聞くと、三日前に道ですれ違っただけである。そして、会話をしたとか行動したとかはない……。

 トントンと自分の額に指を当てて考える。……んんん?


「えーっと、結婚の約束はしたんだよな?」

「いや、約束まではしていないな。ほら、女の方から求婚するわけにもいかないし、身分が下の俺がどうこういうことも出来ないだろ」

「……何か会話をしたか?」

「いや、会話はしていない」

「…………そうか」


 ヤンは真っ直ぐに俺を見ている。

 俺は混乱する頭の中を整理していき、ひとつの結論に到達しようとしているが……。もしかしたら俺の常識がおかしいのかもしれないと考える。


 パンパンと手を叩くと木の上からぶらりとクウカが垂れ下がってくる。


「今のヤンの話を聞いてどう思う?」

「ほとんど会話もしたことがないのに突然一方的に好きになって、両想いだと思い込んでるヤバめのストーカー」

「だよな……。お前もそう思うよな。普通、ちょっと構われただけで好きになって、求婚するため必死に頑張るって……。だいぶおかしいよな」


 クウカの言うようにただのストーカーではないだろうか。

 ヤンは俺達の話を聞いて不思議そうに首を傾げる。


「いや、両想いなのは明らかなんだが……?」

「いや、微笑みかけられただけなんだよな? 会話もなく」

「ああ、そうだが」

「……言っちゃあ悪いんだが、ヤンを見て微笑んだわけじゃないんじゃないのか?」

「いや、間違いなく目が合っていた」


 いや……うーん、同じギルドの仲間なので信じてやりたいが……クウカの方を見ると、彼女もぶら下りながら微妙そうな表情を浮かべていた。


「……ストーカーじゃない? 常識的に考えて」

「だよなぁ……。常識的に考えて」

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