第327話

 どうしたものか……。同じギルドの仲間として応援はしてやりたいが、間違いなく片想いのストーカーである。

 思い込みが強すぎてビビってしまう。


「……あ、あー、ヤン、俺も妻がいるからな。協力してやりたいのは山々だが……一応、時間の使い道として妻にも相談したいんだが、いいか?」

「ああ、無理を言って頼んでいるのは分かっている」


 なんでこんな時に限って常識的な反応をするのか。むしろもっと狂人っぽい感じだった方が「ああ、こんなにおかしい奴なんだからおかしいことを言っても普通だな」となれる。


 マトモな対応をされるとこちらも反応に困る。

 とりあえず「お、おう」と言ってから、ギルドに戻ることにする。


「あー、一応聞くが、あんまり人には話さない方がいいのか?」

「まぁそうだな。彼女も立場があるから、正式に婚約出来るまでは、最小限にしておきたい。あー、だが、ランドロスに話したように必要があれば問題はない」

「そうか。……まぁ、妻たちには話をしておくな。変な誤解を招きたくない」


 とりあえず、カルアはギルドの中にいるだろうから話すことは出来ない。シャルは今の時間だったら部屋の中で家事をしていそうだな。

 そちらから先に話に行くか。と思っていると、ヤンは俺を軽く引き止める。


「そういえば……マスター、クルルちゃんと付き合ったりしてるのか?」


 ヤンは何気なさそうにそう言い、俺は突然秘密を暴かれたことで勢いよく咳き込む。


「な、なんで……」

「いや、なんでって……お前、普通にかなり好意的な目で見てたし、クルルちゃんもどう見てもホの字だしな」

「い、いや……それは、そのな……」

「ああ、秘密にしてるのか。ネネとは?」

「……それも内密に」


 ええ……雰囲気だけでそんなに分かるものなのか。クルルも俺もそんなに分かりやすい反応をしたりはしていないと思うが……。ネネに至っては罵倒しかされていないぞ。


 もしかして、めちゃくちゃ勘がいいのか? それで目が合った瞬間に好意を感じ取ったとか……。

 いや、でも、自分がギルドの若いやつの中でモテモテなことに気がついていなかったしな……。


 どうなんだ、鋭いのか鈍いのか分からないぞ、ヤン。


 クルルのことをちゃん付けで呼んだことに少し違和感を覚えたが、よく考えたらクルルもヤンも同じくギルド員同士の結婚で産まれた子供だから幼馴染なのか。

 ……もっと幼い頃のクルルを知っているのはずるいな。


「はぁ……師匠になってくれる人に言うのはあれだが、ほぼ人間の子供だな……だいぶ性癖が偏ってるな」

「ほっとけ……お前も大概だからな」


 とりあえず、クルルとのことはバラすつもりはないらしいので大丈夫か。心臓に悪いな。


 一度別れてから自室に戻ると、シャルが洗濯物を持って動きを止めていた。

 何をしているのだろうと思って覗き込むとシャルは小さな鼻をすんすんと鳴らして洗濯物の匂いを確かめているようだ。


「はふう……えへへ……」


 などと惚けているシャルに声をかけると、シャルはバッと手を挙げて「ひゃあっ!?」と大きな声を出す。


「ど、どうした」

「な、なな、何でもない、何でもないです。そ、それより、帰って来ていたんですね」

「ああ、シャルにちょっと話があって……。あれ、俺の服がどうかしたのか? もしかして臭かったりしたか?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「やっぱり、自分の分ぐらいは自分でしようか? 三人のは嫌かもしれないが、自分のなら大丈夫だろ」

「い、いえ、大丈夫です。好きでしているので」


 それならいいが……と引き下がる。俺の服、臭かったのだろうか。結構運動して汗をかいているしな……。

 シャルは気を使ってくれていたが、やはり自分でやった方がいいかもしれない。


「……あれ? まだそれ洗ってないよな? 部屋で洗濯するわけじゃないよな。取り出して何してたんだ?」

「えっ、あっ……な、なな、何もしてないですよ? そ、それより、ランドロスさんは何か用事でもあったんですか?」


 シャルに尋ねられて簡単に先程のヤンの話をしていく。シャルはうんうんと頷きながら少し微妙そうな顔をする。


「ん、んー、ランドロスさんが協力するのは構わないんですけど……。私、ヤンさんのことを好きな女の子と仲良しですし、応援もしているので……」

「ああ、いや、そんなに真剣に考えることでもないだろ」


 俺がそう言うと、シャルは不思議そうにこてりと首を傾げる。


「何でですか?」

「いや……普通に考えて、一度会ったことがあるだけの奴に突然求婚されて頷く奴はいないだろ……」

「!?!?」

「むしろそれで了承する奴はだいぶおかしいし、問題あると思うぞ?」

「!?!?」


 シャルは驚愕の表情を浮かべて可愛らしい瞳をパチリパチリと瞬かせ、恐る恐るとした様子でゆっくりと喉を震わせる。


「え……えっと、その……いないわけじゃ……ないんじゃないですか? いえ、その……その場ですぐというわけではなく、それをキッカケにして仲良くなる……みたいな? それはそれでロマンチックなのじゃないかなぁって」

「シャル……流行りの恋愛小説の読みすぎじゃないか?」

「!?!?」


 あまりシャルの趣味は否定したくはないが、現実を見てほしいと思う。


「そ、それは、そうとして……まぁ、言いたいことは分かります。フラれるから大丈夫だろうってことですね」

「ああ、言い方はあまりよくないかもしれないが、名家の娘と育ちの悪い男がくっつくなんてことはまずないだろ」

「!?!?」


 シャルはさっきから表情がコロコロ変わって可愛いな。もしかして天使なのか?


「お、おほん……でも、じゃあ協力する必要もなくないですか?」

「あー、まぁそうなんだが、迷宮鼠のレベルが上がるのはいいことだしな。ヤンが強くなれば周りの連中も張り切るだろうし、あと可能かどうかは分からないが騎士爵ってのが本当にもらえたらギルドの立場も良くなるだろ」

「ん、んー、難しい気はしますけど……」


 ヤンは簡単に言ったが、一応貴族は貴族だしなぁ。魔王を討伐したシユウやグラン並みの活躍となると厳しいと思う。

 まぁそれが出来なければ出来ないでいいんだが。

 諦めてギルドの奴とくっついてくれた方が手っ取り早いしな。


「まぁ爵位がどうのはカルアの方が詳しいだろうから聞いてみる」

「そうですか。えっと、稽古をするんでしたら、疲れが取れるものでも持っていきますね。甘酸っぱいものとか」

「気を遣わなくてもいいんだぞ?」

「えへへ、僕がランドロスさんに何かしてあげたいんです。……そ、その……昨日は、その、してあげられなかったですし」

「いや……昨日は俺も無理にがっつきすぎて怖がらせたし、悪かった」

「いえ、そんなことは……。本当に申し訳ないです。好きな人同士で拒否されるみたいなのって辛いですよね。……昨日の、僕が「いや」と言ってしまった時の顔が、とても悲しそうで……」


 本当にお詫びとかそういうことは考えなくていいのに。シャルが緊張しているのを分かっていたのに、その場の空気に負けて押し倒してしまった。

 拒否されるのも仕方ないだろう。


 少し微妙な空気になり、あまりシャルの家事の邪魔をしない方がいいかと思って廊下に出る。それからカルアのところに行こうとして、言い忘れていたことを思い出して部屋に戻る。


「シャル、愛している。だから、無理をしなくてもいいんだぞ」


 扉を開けながらそう言ったとき、シャルは何故か再び俺の服を両手で持って嗅いでいた。


「へあっ!? あ、ぼ、僕もです」

「……何してるんだ?」

「な、何でも、なんでもないんです。気にしなくていいです」


 いや、気になるだろ……。とは思ったが、シャルが聞いて欲しくなさそうだったので問い詰めるのはやめてカルアの元に向かう。

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