第315話

 なんだかんだと混乱しながらも話はまとまっていく。

 俺を困らせたくないということのため、案外すんなりと認めてくれた。


 だが……問題はシャルか……。シャル……真面目なんだよな。

 いや、それはいいことだと思うが……。真面目で優しく常識のあるいい子であるシャルの初めての体験が複数人での行為というアブノーマルなものでいいのだろうか。


 いや、ダメだよな。明らかに幼い上に異常な行為すぎる。


 だが……シャルの言い分とカルアの願いを両方叶えようとしたらこうなる。

 カルアに頬をぐにぐにと摘まれながらどうするべきなのか考えるていると、カルアはニコリと笑う。


「そんなに悩まなくても大丈夫ですよ。シャルさんは渋々ながら頷くでしょうし、実際にしようとしたときは怯えて服を脱がされる前にヘタレるでしょうから」

「……いや、まぁ……うん。それはそうかもしれないが」

「逆に、服を脱がそうとして素直に脱がされるシャルさんが想像出来ますか? そうやって怯えたところを襲えますか?」

「……そう思うなら、シャルからってことでいいか?」

「んー、それは嫌です。最終的には私の方になると分かっていても……そういうことを先にするってなるのは嫌です」


 難しいな……。まぁ、どちらが先とかどうかにこだわりを持っているのは、多分、誰が一番好かれているかの問題をそれに重ねているからだろう。


 クルルは「そんなことがなくても愛されているのは分かっている」と言ってくれたが、普通はそこまで自信を持てないよな。


「……でもな、そうなると服を着ているシャルを前にしてやることになるが……」

「それはそれでばっちこいです」

「ええ……」

「いや、変なことではなくですね。いずれはそうなるなら早い方が良くないですか?」

「世界はカルアの速さにはついていけないんだぞ」

「えっ、別に変なことは言ってなくないですか?」

「いや、まぁ……どうだろうか。俺にはおかしなことを言っているように聞こえた。……そろそろ帰るか」

「ん、まぁいいですけど。せっかく綺麗な夜空なのに私ばっかり見てもったいなくないです?」


 いや、もったいなくはないだろう。むしろカルアを見つめていられる時間に他のものを見ているのは……と思ったが、カルアに頬をぐにっと上げられる。


「……一緒のものを見て、感想を言い合うのも楽しいですよ?」

「なら、鏡とかでカルアを二人で見て感想を言い合うか?」

「……狂ってますね」


 カルアには言われたくない。仕方なくゆっくりと顔を上げて空を見る。カルアの冷えた手が俺の服の中に潜り込んできそうになったので手で軽くはたいてから、その手を握って暖める。


 満天の星空。

 冷えてきたおかげか空気が澄んでいて、星の灯りが普段よりもくっきりとした形で見えるような気がする。


「……秋は星も綺麗で好きです。それに、故郷で見た景色と変わらないですから」

「まぁ……そうだな、どこで見ても同じだ」


 カルアは昔どういう生活をしていたのだろう。

 手を握ったまま尋ねようとしたとき、外では常時張っている空間把握に人の足が踏み込んでくる。


 ベンチの上で寝転がっていたカルアを立たせて、軽く構える。


「どうしたんですか?」

「……人が近い」


 こんなところにわざわざやってくるような人は少ないだろう。

 ……俺達に用があるのか? 新しい触手型の空間把握でより詳細に確かめると、その人物は先程話題にしたばかりの奴だった。


「……管理者」

「トウノボリさん? なんでここに?」


 怪しい状況ではあるが、カルアがいるので逃げるのは難しいだろうと判断して警戒しながら立ち止まっていると、少ししてから花を持った管理者が以外そうな表情をしてこちらに来る。


「こんな夜更けに誰かと思ったら……あれ、何か用?」


 管理者のそんな言葉を聞いて、俺とカルアは少し首を傾げる。

 魔王への誘いか、もしくはカルアの進捗確認か、あるいはカルアが世界を滅ぼそうとしたことを怒っているのか……。と考えていたが、心底不思議そうというか、まるで俺とカルアが待ち伏せていたかのような言い方だ。


「いや、そちらが訪ねてきたんじゃ……」

「えっ、いや、花を手向けにきただけだけど……」


 花を手向ける? と、思ったが、ここはシルガが死んだ場所だったか。


「……なんで夜に?」

「それはこっちのセリフだけど、普通になんとなく行こうと思って塔から降りたら夜だったってだけだよ」

「そうか……。わざわざ来るって、シルガとは仲良かったのか?」


 管理者は小さく首を横に振る。


「いや、でも、珍しく話した人ではあったからね」

「……そう思うなら、利用なんてしなければいいだろ」

「そう上手くは出来ないよ。完璧な人間じゃないからね。君達は何をしてたの?」

「あっ、二人で星空を見てました」

「ああ、星か」


 管理者は花をベンチの上に置いて、少し顔を上げる。


「綺麗でいいですよね」

「……私はそんなに好きじゃないかな」

「えっ、なんでですか?」


 ……カルア、よくそんなに普通に聞けるな。

 管理者は好きじゃないという言葉を発するが、それはそれどころではなく嫌っているように見えた。


「……やっぱり、故郷の星とは違う。光の色も、大きさも、並びも。それにね、何より…….私の生きていたところだと、こんなにハッキリとは見えなかったから」

「見えないって、星空がですか?」

「うん。夜でも街は街頭やビルの灯りで明るくて、その地上からの光が大気で拡散して反射して、星よりも明るいから、見えるのはお月様ぐらいのものでね」


 そんなに地上からの光が強いなんてことがあるのか……ありえないことじゃないのかもしれないが、少し考えがたいな。


「それは、寂しくないんですか?」

「見上げたらね、夜でも雲が見えるんだ。周りの空よりも光を反射している分だけ少し白みがかってね。ふわふわと浮かんでいるのが、昼間よりも立体的に見えるぐらいで」

「へえ、それはそれで素敵ですね」

「んー、どうだろ。わざわざ星空を見に旅行したりする人がいるぐらいだから、やっぱり満天の星空の方が好かれていたし、素敵なのかも」


 でもね、と管理者は寂しそうに続ける。


「私にとっての夜空は明るいし、踏み締める地面はアスファルトなんだ」


 カルアは同情を寄せるような視線を向けた。


「帰りたいんですか?」

「……そんな場所はないよ。もうとっくにね。あっ、じゃあ、シルガにお花を渡してくるね。また後日」


 そう言って花を持っていこうとした管理者の手を、カルアが止める。

 俺は驚いて目を開けて、何があろうとカルアを守れるように身構える。


 そんな中、カルアは話す。


「お友達になりましょう」


 それは、いつもの裏や策略のある声ではなく、ただ純粋に発した言葉のように思えた。

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