第303話

 落ち着け、落ち着いて考えるんだ。


 シャルは小さくて可愛い。カルアは綺麗でエロい。どちらも俺にはあまりに勿体無いほど魅力的である。


 最終的にはどちらとも出来るわけだし、そもそもどちらとであろうとも俺に不満などがあるはずもない。

 そうなるとこれからの生活で後腐れがない方を選ぶことになるが……これ、絶対尾を引くよな。


 どうしたものかと考えていると、カルアはクルルの方を見て不思議そうに首を傾げる。


「マスターはいいんですか? ……結婚の順番の時もそうでしたけど、私達に気を遣っているんです?」


 クルルは灰色の髪を揺らすようにニコリと笑い、俺の方に目を向ける。

 その表情はシャルやカルアよりも大人びていて、久しく見ていなかった包容力のあるものだ。


「ん、気を遣っているというのは、その通りではあるよ。本音を言うと、やっぱりランドロスとの関わりをより深いものにしたいし、思い出も増やしていきたい。でも、シャルやカルアとは喧嘩したくないしね」


 そのあとクルルは「何よりね」と目を閉じて、手をギュッと胸の前に寄せて少し照れたように笑う。


「ランドロスが私のことを愛しているって、よく知ってるから大丈夫」

「……ま、まあ、そりゃそうだが……」


 よくそんな気恥ずかしいことを堂々と言えるな。

 俺がそう思っているとクルルはシャルとカルアに向けて続ける。


「私ね、ランドロスに助けられたよ。ギルドとしてもそうだけど……私のためにって頑張ってくれた。だから、ランドロスが私のことを好きって疑ってないし、疑うことはないよ」


 クルルの言葉を聞いたふたりは少し対抗するように口を開く。


「ランドロスさんがマスターさんのために頑張っていたのを知ってますけど、僕も僕を助けるために戦争を終わらせてくれたことを知ってますもん」

「私もそこに疑う余地はないです。いつも何でもワガママを聞いてくれて、心配してくれてます」


 対抗心の発露を聞いたクルルは頷く。


「そっか、じゃあそうなんじゃないかな。「先を越された」とか「エッチなことをしてないから」でランドロスからの好意は変わらないでしょ?」


 シャルとカルアは少しハッとしたような表情をしてから、けれど納得はしきれないのか俯いて呟く。


「でも、その……やっぱり一番がいいです」

「それもいいと思うよ。ダメだとは言ってない。ただ、一番最初にでも、二番目でも全く変わらないってことは考えておいてね」


 ああ……少しでも後腐れがないようにしてくれてるのか。

 ありがたいが……俺、こういう問題のとき人に頼ってばかりだな。もう少ししっかりするべきだろう。


 軽くシャルとカルアに目配せをしてから、ゆっくりと考えながら口を開く。


「まず……カルア、悪かった。軽率な気持ちで手を出そうとしてしまっていた」

「ん、んぅ……謝るのは、変かと。……悪いことをしてるわけじゃないです」

「いや、大切にすると約束したのに傷つけたからだ」

「……大切には、してもらっています」


 そのあとシャルの方に目を向ける。


「シャルも悪かったな。俺がもっとしっかりしているべきだった。あまり揉め事とか好きじゃないのに」

「えっ、い、いえ、僕が無理に誘惑したからで……」

「歳が倍も離れているのに、シャルのせいには出来ないだろ。俺がしっかりしているべきだった」

「そ、そんなランドロスさんが悪いなんてことは……」


 俺が謝ったことで少し空気が変わる。

 まぁ、状況は何も好転していないが。


「……それで、どうするんですか?」

「まだ決められていない。というか、すぐに決められそうにないから後回しにしたい」

「それは反対です。これから何があるのか分からないんです」

「いや、そんなに長いことじゃなくてな……明日には答えを出すから」

「……本当ですか?」

「ああ」


 カルアは少し考え込む様子を見せてから頷く。


「そういうことならいいです。シャルさんもいいですか?」

「……仕方ないですから、了解です」


 カルアは不自然な表情で一瞬だけニヤリと笑い、それから「ご飯食べにいきましょうか」と誘われるままギルドの方に向かう。


 もうメニューは全て覚えているので開く必要はなく、すぐに注文しようとすると、カルアが「この前食べて美味しかったのがあるんです」と口にする。


 そういうことならそれにするか。


「えっと、このウナギの料理とすっぽんのお鍋が」

「食べたことなかったな。量が多そうだが、腹も減っているしそれにしてみるか」

「お疲れでしょうから、たくさん食べて今日は休んでくださいね」

「ああ、悪いな。でも、勉強は大丈夫なのか? もうそんなに時間もないだろう」

「あ、もう全部覚えましたよ」

「十数年分の量と聞いたが……」


 やはりカルアはすごいな。などと思いながらやってきた料理を食べる。

 カルアが言うように旅で疲れているというのも事実だ。魔族は持久力がなく、半魔族の俺も旅慣れしている割にはそこまでの体力はなく、シャルを背負っていたことや地面がぬかるんでいたこともあって多少の疲れがある。


「あ、私は先程ご飯いただいたので先に戻ってお風呂の準備とかしてきますね」

「いや、そこまでしてもらわなくても別にいいんだが……」


 先程までの怒った様子とは一転して上機嫌そうな様子だ。

 少し不思議に思ったが、こういう形にはなってしまったものの、カルアの望んでいた子供を作ることが出来るからだろうか。


 シャルとふたりで食事をしてから、風呂のあるクルルの部屋に向かう。

 俺よりも疲労していそうなシャルに先に入ってもらい、先にリビングに戻るとカルアが服の袖をめくって細く白い腕にぐっぐっと力を入れていた。


「どうしたんだ?」

「あっ、シャルさんとランドロスさんがお風呂から出たらマッサージをしてあげようと思いまして」

「そこまでしなくていいぞ? どうしても疲れていたら回復薬を飲むなり、治癒魔法を使ってもらったりするしな」

「いえ、私がしてあげたいんです。……嫌じゃなければ、させてください」


 嫌なはずはないが……そんなに尽くされるのはなんだか悪いな。……まあ、代わりに俺の方も尽くせばいいか。

 お互い何もしない関係よりも、お互いが尽くし合う方がきっと幸せだろう。

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