第302話

 シャルはよほど俺に手料理を振る舞いたいのか「うーん」と迷い始める。


「……でも、僕がご飯を作る意味ってほとんどないです……。お金も結局同じぐらいかかりますし、時間をかけるだけ……その時間があったらもっと皆さんにくつろぐ時間を作れます。でもランドロスさんが喜ぶ……。前もめちゃくちゃ喜んでくれましたし……」


 俺としては普通に休んでいてほしいんだが……。シャルが休んでも退屈しないように子供用の本とかを集めた方がいいだろうか。

 いや、しかし……物語のようなものって恋やら何やらの話が多く、そういう格好いい男のような存在に憧れられて捨てられたら……。


 うん。読むのは邪魔しないが、自分から勧めたりするのはやめよう。


 シャルが悩んでいるのとよそにして、クルルがクウカを見て言う。


「あの、今更なんだけど、この寮は一応プライベートな空間だからギルド外の人は基本的には……ね? 私達は全然大丈夫だけど、ギルド以外の人間には警戒心が強い人が多いから。ギルドハウスの方になら幾らでもいていいんだけど」

「えっ、勧誘? でもなぁ、お世話になってるからなぁ」

「いや、勧誘ではないんだけど……寮の部屋足りなくなっちゃうし……」

「一緒に住むなら大丈夫だよね?」

「その警戒心が強い人のトップに立つのがランドロスなんだよね……。本当に臆病な人だから、あまりグイグイ来られると……可哀想だから止めてほしい」

「……仕方ないね。今回だけだよ。あっ、これ、三人にお土産の果物だよ」


 お土産? と俺が首を傾げると別に珍しくもない果物の盛り合わせを屋根裏から取り出して机の上に置く。


「あ、これはご丁寧に……ありがとうございます」

「いや、気にしなくていいよ。じゃあまたね」


 クウカはそう言って天井裏に帰っていく。ちゃんと帰ったか空間把握で追おうとするが、途中で見えなくなる。


 ……どういう仕組みだ? 雷による魔法自体の破壊……はないだろう。

 イユリの魔法ハッキングの技術……あるいはカルアが作った属性変換の技術で空間魔法の魔力を無くした?

 それともネネのような純粋な体術の一種か?


「……すごい人ですよね」

「昔の俺と同程度の成長速度だな。傍目から見るとこうも凄まじいものだったのか。それより、土産か……変なものが入っているってことはないだろうが……何の土産だ?」

「旅行にでも行ってたんですかね? あっでも生物ってことは近くですね」


 近く、旅行……。先程、クウカは三人にお土産と言っていたな。

 どの三人に土産だ? 結婚している厳密な意味でウムルテルア家の俺とシャルとカルアか? いや、流石に不自然か。俺を除いたこの場の三人……もおかしいな。


 そうなると…………俺とシャルを除いた三人? ……クウカは俺達の後を付けていて…….同じ街に行ったから俺とシャルには土産を買わなかった……とか?


 嫌な想像に冷や汗が流れる。

 いや、流石にな。うん。流石にそんなことはない……よな?


 シャルとクルルは不思議そうに俺を見て、カルアは真剣そうな目を俺に向ける。


「ら、ランドロスさんは私が守りますよ!」

「……い、いや……まぁ、お互い無理はしない程度にな」


 気にしないようにしよう。うん。速さ自体は大したことないので、万が一襲って来られても対応は出来るだろう。

 寝ていても敵意を感じたら起きれるしな。

 大丈夫。まだ、負けることはない。


 俺がそう自分を慰めていると、シャルは不思議そうに首を傾げてから、顔を赤らめて話しはじめる。


「えっと、それで……一番大切な、ランドロスさんとの……ことを。えっと、多分ネネさんはいつものように「どうでもいい」と言うと思うので、とりあえず後で聞くとして……どうしたいですか?」

「私はランドロスさんの赤ちゃんが欲しいです。名前ももう考えてます」

「……どんな名前だ?」

「ニューランドロスV2です。女の子だったらシンカルア2ndです」


 名前のセンスが酷すぎる。二世でいいだろ。普通に。


「…………俺も一緒に考えていいか?」

「えっ、嫌ですか?」

「……俺が嫌というか、生まれてくる子供が嫌がるだろ」

「いい名前だと思うんですが……。マスターの意見はどうですか?」


 カルアに尋ねられたクルルは、少し考えてから首を横に振る。


「私は二人ほど焦ってないよ。運良く、まだ子供の時にランドロスと会えたから、これから時間はたっぷりあるしね。ルールは緩い方がいいけど」


 歳の差があることを「運良く」か……。そうは考えたことがなかったな。

 恋や結婚をする障害としか思っていなかったが……。


 クルルは後でいいということなので、そうなると……シャルとカルアか。結婚のときのように平和に終われば……と思うも、どうにも互いに譲ろうという姿勢ではなさそうだ。


 微妙な空気が流れて、クルルが俺の方を見て口を開く。


「……二人で話しても決着はつかないだろうし、ランドロスが決めるしかないんじゃないの?」

「えっ、お、俺が決めるのか?」

「当事者なんだしね」


 それはそうだが……俺が決めたら不平等な感じがしてカドが立たないだろうか。

 断ろうとするも、シャルとカルアの視線が俺を捉えていた。


 シャルは幼い瞳を不安げに揺らしながら、カルアはパチリと瞬きをして気丈に振る舞いながら俺を見つめる。


 どちらもとても可愛く美しく、最愛の存在である。

 だが……多分、シャルもカルアも俺の初めての行為を欲しがっているのだろう。どちらかしか選べない。

 選ばなければ離れていくなんてことはありえないだろうが、きっと傷つけることだろう。


 シャルかカルアか……。

 どちらもあまりにも可愛すぎる。

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